僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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 それから皆で、文化祭のクラス展示への印象を発表しあった。猛と真山と芹沢さんは、やはり今年の文化祭へ物足りなさを覚えていた。というか、事実上の前期学年長である北斗は各組の前期委員長に協力を要請し、この件を既に調べ終えていた。それによると、
「旧十組の四十二人で今年の文化祭に充分な手ごたえを感じているのは、俺の一組と眠留の二十組の、計四人だけだ」
 との事だったのである。台所に降りた沈黙を跳ね除ける準備時間を設けるように、北斗は調査結果をもう少し詳しく話していった。
「湖校生は六つの委員のどれか一つを年度中に務めねばならず、そしてクラスは四十二名で構成されるから、単純計算で一つの委員に七名が振り分けられる。旧十組のクラスメイトで文化祭実行委員に今年なったのは計算どおり七名だったが、内二名は眠留と香取さんだから、この話題における対象者は五名。その五名の中に、議長以上の役職を拝命した者はいなかった。もしその五名が、HRをけん引する委員長かパワーランチを切り盛りする議長に就任していたら、その組の文化祭への印象は違っていただろうと俺は考えている」
 北斗がそう推測を述べるや沈黙を蹴り飛ばし、僕らは活発な議論を始めた。ファンクラブの失態がらみで後期委員にならねばならない真山を除き、旧十組の夕食会メンバーで委員活動をまだしていないのは五人。その五人はクリスマス委員かプレゼン委員のどちらかに立候補し、議長以上の役職に就いて、旧十組のクオリティーに負けない行事にしてみせると決意表明した。京馬と昴はクリスマス委員に、猛と芹沢さんはプレゼン委員に元々なるつもりだったらしく素直に応援できたが、後期委員を目指していた輝夜さんには申し訳なさが募った。それは僕以外も同じで皆こぞって協力を約束するも、輝夜さんはニッコリ笑って首を横へ振った。
「旧十組のネット会合を近いうちに開いて、みんなに協力を呼び掛けるんだから、私一人じゃないよ」
 その途端、
「「輝夜!」」
 昴と芹沢さんが輝夜さんを両側から同時に抱きしめた。続いて右側の昴はクリスマス委員になるよう、左側の芹沢さんはプレゼン委員になるよう、輝夜さんを半ば脅した。輝夜さんは二人の脅し文句をにこにこ聞いたのち、頭を掻き掻き「プレゼン委員かなあ」と答えた。その瞬間の、昴の落ち込みようと言ったらなかった。幼稚園入園日から付き合いのある僕でも、これほど気落ちした昴を見たのは、かつて一度もなかったのである。すると、
「そう、それよ昴!」
 輝夜さんは昴が百点満点の対応をしたかのように褒めちぎった。呆ける昴の手を両手で包み、輝夜さんは胸の内を明かした。
「去年のクリスマス会を、私は心の底から楽しんだ。仮に去年の私が、クリスマス委員の議長や委員長を務めたとしても、クリスマス会の楽しさは変わらなかったって言い切れる。けど今のクラスで議長や委員長になったら、クリスマス会を楽しめないと思うの。今のクラスで議長や委員長になっても行事を楽しめるのは、私の性格ではプレゼン委員なのね」
 輝夜さんは芹沢さんに向き直り、清良が楽しめるのはプレゼン委員よねと問うた。芹沢さんはくっきり頷き、そして上体を傾けて昴をのぞき込み、昴が楽しめるのはクリスマス委員よねと語り掛ける。二人の意図を理解したのだろう、昴は呆け顔を改め、柔らかな笑みで首肯した。同じ柔和さを湛えて、輝夜さんは先を続ける。
「私たち三人が自分に合う委員を選んだように、旧十組のみんなも、自分に合う委員を選ぶと思う。自由意志を用いて、自分自身で決めるはずなの。それは正しいことだって、頭では理解している。それでも、二人が躍起になって私を誘ってくれたのが、私は嬉しかった。一緒の委員になれず昴が落ち込んだのも、たまらなく嬉しかった。だって、それが昴の本音なんだって、私は知ってるから」
 昴はどうも、この手の打ち明け話を輝夜さんにされるのが、滅法弱いらしい。幼稚園入園日から数えても、こうもあっさり昴が涙ぐむのを見たのは、今日が初めてな気がした。
「相手の気持ちをおもんばかって行動するのは、人の美しさの一つだと思う。でもそれ以上に美しい絆を、人は築くことができる。去年の十組は、それ以上に辿り着けたクラスだった。昴と清良が自分と同じ委員になるよう私を両側から説得したのも、私達が去年築いたことだったから、嬉しくて仕方なかったんだ。二人とも、ありがとう」
 輝夜さんの話の途中なので昴はどうにか涙を堪えていたが、会話に加わっていない僕はどう足掻いても無理だった。そんな僕と同じ状態に昴をさせてあげるべく、輝夜さんは話を締めくくった。
「去年のクラスは慮る以上に辿り着けたけど、今年のクラスはまだ、慮る段階に留まっている。でも私は、昴と清良が見せてくれた去年の絆を、今年のクラスでも築きたい。今年も築けたら、来年のクラスでもそれが出来ると思うの。すると再来年もできて、そして五年生でもそうなれば、私達は六年生できっとまた同じクラスになれる。さっきの昴と清良に、私はそう信じられたんだ。という訳で、私の話はおしまい。昴、もう我慢しなくていいからね」
「きゃぐや~~」
 盛大に噛み、昴は輝夜さんに取り縋った。女の子は全員ハンカチを目元にあて、男達もあらぬ方角へ目を向けてまばたきをしきりと繰り返していた。ただ男達の中で僕だけはハンカチ派だったように、昴も輝夜さんのブラウスをハンカチ代わりにするという一人だけの行動をしていた。そんな昴を見ていたら、ある推測が脳裏をよぎった。
 昴がこうも容易く泣くのには、特別な理由があるのではないか?
 ことによると、昴は知っているのではないか?
 あと数年で地球を去る決意を、僕と輝夜さんがこの夏にしたことを。

 台所の湿度がもとに戻る直前。僕は冷蔵庫に歩いて行き、デザートのアイスクリームを前倒しで持って来た。僕の意図を悟った野郎共がアイスを一斉に一気食いし、頭痛にのたうち回る。女の子たちの笑い声が響き、場の空気が明るくなったところで、
「あ~、ゴホンゴホン」
 眉間を押さえた北斗がわざとらしく咳をした。コイツがこういう場面にいてくれるとホント助かるなあ、という視線を一身に集めた北斗が、僕に顔を向ける。
「眠留、旧十組の大望を智樹と那須さんに説明したいんだ。協力してくれ」
「了解。関連ファイルを全員の手元に出すね」
 僕は2Dキーボードを操作し、十組の大望と書かれた3Dファイルを皆の手元に映した。その表紙にある「大望」の説明を、北斗が智樹と那須さんにする。だが、 
「あの難問を、旧十組は解いたのか!」
「述べ三百万人の研究学校生が見つけられなかった正解を、見つけたの!」
 驚愕の余り二人は早合点してしまった。こういう時、よく通る低い声は大層役に立つ。北斗は聞く者を落ち着かせる声で、それを訂正した。 
「俺達はまだ、仮説の立証をしている段階だ。そしてその仮説を公表するか否かを、俺達はこの半年間議論してきた。智樹と那須さんに今回こうして、自然な形でそれを知ってもらえたのは、大きな転換期を迎えた証なのではないかと俺は考えている」
 しかしそれでも、二人は狼狽を隠せなかった。それはある意味、仕方ないことと言えた。なぜなら今ここで話されているのは、全国に六十ある研究学校の、
 ――最大の謎
 とされている事だったからだ。
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