僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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 研究学校は、平均すると三年に一度の割合で、一年時と六年時がまったく同じクラスになる。文科省はその理由を公表しておらず、よってそれは研究学校最大の謎とされているが、湖校だけはその頻度が二年に一度なため、それを解く鍵は湖校にあると考えられていた。だがその湖校生をもってしても十年以上解明されなかった謎へ仮説を立てたクラスが同学年にあり、しかもそのクラス以外で仮説を明かされたのは自分達が初めてと知ったのだから、智樹と那須さんの狼狽は当然と言えたのである。
 そんな二人へ、真山が美鈴との会話を止めて語り掛けた。改めて振り返ると非常に奇妙なのだけど、この話題が取り上げられるや台所にいた湖校生十二人は、真山と美鈴を除く十人と、真山と美鈴の二人の、二つのグループに分割した。場所の移動は一切なかったのに二人が独自のグループを形成し、旧十組の仮説を真山が美鈴に教えていることへ、十人は違和感を微塵も覚えなかったのである。それは妹を命より大切にしている兄にとって、とても喜ばしいことだった。真山になら美鈴を安心して任せられるし、そして二人が現時点で既に確固たる絆を築いているなら、それは将来もっと強固なものへ成長するはずだからだ。とは言うものの、真山は美鈴に関してだけは年齢相応の純情男子になるので、僕の胸の内を気づかれてはならない。僕は努めて冷静に、真山の話に耳を傾けていた。
 そのつもりだったのだけど、
「なるほど、眠留だけが校舎の最上階左端に追いやられたのは、そういう理由だったのか!」
「そして福井君と私は、猫将軍君を助ける生徒として、教育AIに選ばれたのね。真山君、教えてくれて本当にありがとう」
 僕は恥ずかしさに顔を爆発させ、テーブルに突っ伏してしまった。あろうことか真山は、智樹と那須さんに旧十組の仮説を説明するためとはいえ、僕を売ったのだ。いや売ったと言うのは流石に八つ当たりかもしれないが、説明に伴う3D映像が僕には恥ずかし過ぎた。二年生校舎を正面から見た巨大3Dを台所に映すまでは納得できても、体長30センチの三頭身の僕を二十組の真上の屋上に出現させ、ノリノリで躍らせたのはどう考えてもやり過ぎだ。しかもその僕に女性陣が呼びかけるや、三頭身の僕は短い手をブンブン振り、ピョンピョン飛び跳ねて喜んだのである。百二十畳の広さを誇る台所を文字どおり揺さぶった大爆笑に、
 ――やはり売られたんだ
 と、僕は涙を流さずにはいられなかった。
 しかしその直後、大爆笑はピタリと止み、台所は静寂に包まれた。真山が誇らしげに、こう明かしたのである。
「この3D映像は、二年生への進級の特別課題として、俺がいちからプログラムを組んだものなんだ」と。

 研究学校は、世界を股にかけて活躍する専門家を育てることを目的とした、プロ養成学校だ。したがって何より重視されるのは研究成果なのだけど、それでも必須五教科の成績が悪すぎると、進級を認められない事があると僕らは教えられていた。とはいえ少なくとも僕は、実際に落第した生徒の話を一度も耳にしておらず、またそれを不思議に思ったこともなかった。研究学校生は自律心と自主性に秀でているから、落第の可能性を示唆された生徒がそれを率先して回避しても、何ら不思議は無かったのである。
 よって真山が落第回避の努力をした事を、僕らは驚かなかった。繰り返すがそんなものは研究学校生として、至極普通のことだったからだ。にもかかわらず台所に突如として静寂が降りたのは、真山があることにまるで気付いていないからだった。落第レベルで苦手なプログラミングに真山がこうも打ち込んだ理由は、真山自身が語ったところによると、落第回避のためではなかった。そのたった一つの理由は、しつこいようだが本人の弁によると、美鈴に喜んでもらうためだった。それがこの3D映像を一から組んだ唯一無二の動機であることを、真山は完全無自覚で熱弁したのである。その無自覚振りに皆は唖然とし、台所は静寂に包まれたのだけど、そんな皆を置き去りにして真山の口調は益々熱を帯びていった。
「一年時と六年時のクラス分けが同じになる仕組みはとても複雑で説明が長くなるから、美鈴さんを退屈させない工夫を俺は懸命に考えた。ありがたいことに、良い方法をすぐ思い付けた。美鈴さんのお兄さんが、この難問を解いた最大の功労者であることを主軸に話せば、お兄さんが大好きな美鈴さんは決して飽きないはずと思ったんだ。だからまずは眠留を、美鈴さんが喜んでくれそうな3Dキャラにして、次に美鈴さんのいる一年生校舎から見た二年生校舎の3D映像を作って・・・」
 唖然とし過ぎたせいで真山の熱弁がどれほど続いたか判らないが、三分は超えていたと思う。ハッとした智樹が皆へ顔を向け、我に返った皆も同様の表情になった。だがそれは真山と美鈴を除く十人のみに起こった現象であり、誰かさんは引き続き絶好調で語っていたため、決断を丸投げする形で九人が一斉に僕を見つめた。僕は首を小刻みに横へ振ったが、真山はさておき美鈴は十人の動向に気づきちょっぴり恥ずかしそうにしていたから、ここは腹をくくらねばならぬのだろう。美鈴の兄として、そして考えるだけで頭がショートしそうになるが誰かさんの未来の義兄として、僕はその誰かさんに覚悟を決めて話しかけた。
「真山、美鈴のためとは言え僕がノリノリで踊ったりピョンピョン跳ねて喜んだりするのは、やり過ぎだろ」
「そうかもしれないけど美鈴さんのためだから、お兄さんは協力してよ」
「確かに真山がこれほど頑張ったのに、兄の僕が文句を垂れちゃいけないな。そのダンスや飛び跳ねて喜ぶプログラム、大変だったろ。教育AIが手伝ってくれたのか?」
「大変じゃなかったし、手伝ってもらってもない。美鈴さんが喜びそうなものを選んで、俺がプログラムを一人で組んだんだ」
 幸い、僕の孤軍奮闘はここで終わった。落としどころを見付けた皆が、会話に次々参加してくれたのだ。
「そらスゲエ」「真山、頑張ったな」「おお、真山は頑張った」「うん、真山君は凄い」「こんなにしてもらったら、美鈴さんも嬉しかったと思う」「だよね、美鈴ちゃん」「はい、私も皆さんと同じ意見です。真山さん、お兄ちゃんの可愛い3Dキャラクターを作ってくださった事と、分かりやすい説明を、ありがとうございました」
 美鈴に真っすぐお礼を言われて照れまくった真山はその結果、熱弁を止めた。目標成就に安堵すると同時に、真山の照れ方にあることを悟った僕は、気を引き締めねばならなかった。真山の照れ方は、僕と瓜二つだった。僕が輝夜さん関連でいつもなっている照れ照れ状態と、瓜二つの状態に真山はなっていた。それが僕に、ある事を悟らせたのである。美鈴がらみで真山をイジるのは、時期尚早なのだと。
 イジられることに僕が慣れているからといって、真山も慣れているとは限らない。愛情のこもった皆のイジリを僕は容易く友情へ昇華できても、イジられることに慣れていない真山もそうとは限らない。持って生まれた性格や歩んできた人生は一人一人異なるのだから、僕と真山が瓜二つの照れ照れ状態になったとしても、異なる対応を選ばねばならないのである。美鈴に感謝され、天真爛漫の見本の如く喜び照れまくる真山の姿に、僕はそう悟ったのだった。
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