僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

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「秋吉さん、カレーライスは好き?」
「い、いきなりね。ええ、もちろん好きよ」
 カレーライスの話題が出るや硬直し、いかなる反応も不可能になった某ヘタレ男子を完全無視して、僕はヘタレ男子越しに秋吉さんと会話を進めていった。
「久保田は昨夜電話で、自分は無口な引っ込み思案だって言ってね。自分を一番誤解している云々は、そのとき出たことなんだよ」
 カレーライスの話題を振っておいて全く別の話を僕はしたのだけど、そんな事はどうでもいいとばかりに、
「久保田君が気づかない久保田君の一面を、私は気づいているからね!」
 秋吉さんは姐御全開になった。その豪快さと押しの強さをまさしくカレーのルーと感じた僕の胸に、なんてお似合いのカップルなのだろう、という想いが広がってゆく。姐御全開の秋吉さんに、久保田の硬直も解けたようだ。そんな二人の様子に勝機を感じた僕は、話題をカレーに戻した。
「カレーの話に戻るね。僕は小学生のころまで、カレーの主役はルーだと思ってた。でも新忍道部で体を酷使するようになると、それが変わってさ。今ではカレーライスを、ご飯とルーのダブル主役料理だって考えているんだよ」
「それ分かる! バレーボールを本格的にするようになったら、炊きたてご飯がもう美味しくて美味しくて。部活後はいつも、親に呆れられるくらい食べちゃうの!」
 復活した久保田も加わり、しばし三人でお米の素晴らしさを語り合った。頃合いを計り、僕は勝負に出る。
「でね秋吉さん、秋吉さんをカレーライスに譬えるなら、間違いなくルーだと僕は思う。どうかな?」
 お米の素晴らしさを熱弁していた時のノリで即答しかけた秋吉さんは、急に気配を改め熟慮に入った。そして数秒ののち息を大きく吐き、晴れ晴れとした表情で言った。
「降参するわ。私は自分をカレーのルーと考えていて、そしてお米っぽい人を脇役とみなしていた。さっきは『行動していたかもしれない』って言葉を濁したけど、今は言い切れる。私は、対等な存在として男子に接してきたのではなく、女子より格下の存在として男子に接してきたのね」
「そんなことない!」
 そう断言した久保田は、秋吉さんの素晴らしさについて大演説をぶちかました。それをもってしても自分に向けられる恋心に気づかない秋吉さんはしかし、友人としては百点満点の笑みを零した。
「なるほどねえ。ねえ久保田君、今のあなたのどこが、無口で引っ込み思案なのかな」
 数秒固まったのち、久保田は顔を大噴火させた。そんな久保田にコロコロ笑い、秋吉さんはあまり見たことの無い表情を浮かべた。
「自己評価とはまるで異なる行動をする人が言ったのだから、信じる。自分では気づいていないだけで、今こうして褒めてもらえた私が、私の中にきっといるのでしょうね。ありがとう久保田君」
 おそらく僕はその時、人が新しく生まれ変わる瞬間に立ち会ったのだと思う。なぜなら、
「うん、良かった」
 たった一言そう応えた久保田に、確固たる包容力を感じたからだ。それは、多種多様なお惣菜の最高のパートナーとなるお米に似た、無限の包容力を僕に思い出させたのだった。

 それから二人を母屋に誘った。と言っても久保田は僕の部屋に連行し、秋吉さんには事情を説明して、台所で待ってもらったんだけどね。
 僕が自室で差し出した、新品Tシャツと体拭きシートと洗濯物密封パックのお着換え三点セットに、久保田は最初「悪いよいいって」を連発した。だが、「汗まみれの不潔な服のまま秋吉さんと所沢駅まで一緒に行くのか?」と脅すと、瞬き二回分のアワアワを経て久保田は三点セットを受け取ってくれた。「恩に着る」「よせよ水臭い」「洗って明日返すね」「次に来た時でいいよ」「ああそうか、あのお宝!」「ブハッ、お宝っすか!」 なんてワイワイやりつつ僕も着替えを済ませ、二人で台所に向かった。
 台所では、秋吉さんが美夜さんに教えてもらいながら、冷たい麦茶とお菓子を用意してくれていた。それは正直言うと、僕の予想を超える出来事だった。初めて訪れたクラスメイトの家で、その家のHAIに付き添われているとしても、食べ物と飲み物を用意するのはそれなりの覚悟がいる。神社の台所という特殊な環境を差し引いても、秋吉さんは少なくない決意をして現在の行動に踏み切ったと考えるべきなのだ。その決意の一端を、僕と久保田は聴くこととなる。
「久保田君の着替えを失念していた罰として、厚かましい人間になりました」
 秋吉さんは僕らを視界に収めるなりそう明かし、淑やかに腰を折ったのである。ここは対応を絶対間違えてはならない場面と腹をくくって、僕は脳を高速回転させた。
 秋吉さんが久保田に部活を休む提案をしたのは事実だし、また丸太の検分をしたら久保田が汗まみれになることを秋吉さんが失念したのも事実だ。ただ久保田にも落ち度はあって、それは今回のイベントを喜ぶあまり「丸太検分に必要な物はある?」という基本中の基本を、僕に質問しなかった事だった。好きな女の子との予想外のイベントに驚喜したにせよ、世界に通用する研究者を目指すなら、その事前質問を決して怠ってはならなかったのだ。とは言うものの、落ち度があるのは僕も同じ。この神社では友人知人に着替えを提供するのが当たり前だったため、久保田の着替えを僕は微塵も気に掛けていなかったのである。僕と久保田だけならそれでも良かったが、秋吉さんが絡むなら話は別。現にこうして、「久保田君の着替えを失念していた罰として」と言わせちゃったしね。
 という高速考察の結果、ここは秋吉さんだけに謝罪させてはならないと判断した僕は、久保田と僕にも落ち度があったことを正直に話した。その後、こう提案してみる。
「といった具合に、今回は三人全員が失敗しちゃったって事にしないかな。そうすれば丸太の選別がこうも早く終わったことを、秋吉さんが用意してくれた麦茶とお菓子を楽しみながら祝えるんだけど、どうかな?」
 秋吉さんと久保田はアハハと笑い、了解と応えた。そして三人でテーブルを囲み、冷たい麦茶で喉を潤し美味しいお菓子を胃に詰め込みながら、丸太台座の制作係募集について計画を煮詰めていった。久保田はそれに大いなる貢献を果たし、明日の行動の大筋おおすじをほんの十数分で決めることが出来た。「やったな久保田!」「やったよ猫将軍!」 僕と久保田は互いを称え合い、息ピッタリにハイタッチしたものだった。
 と、ここまでは楽しさ一色の空気に台所は満たされていたが、それは秋吉さんの次の発言で終わりを迎えた。いや正確には、終わりを迎えたのは僕一人なのだけどそれは脇に置いて、ハイタッチする僕と久保田に頬をほころばせていた秋吉さんが、知らない単語を含む不可解な言葉を投げかけたのだ。
「猫将軍君と仲良くなった男子はメタモルフォーゼするって噂、本当だったのね」
「メ、メタモ・・・ル?」
 知らない単語と不可解な言葉の相乗効果により、僕の意識は一瞬空白化した。それを逃してなるものかと、秋吉さんは僕の致命傷になりかねない語彙を放った。
「ヘンタイ、よ」
「へッ、ヘンタイ!」
「そうヘンタイ。ちなみに漢字は、変人の変に状態の態で、変態ね」
「へッ、変態だなんて、僕はそんな変態だなんて、うわ――っっ!!」
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