僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十八章

今生の真の目的、1

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 学期間休暇二日目の、日曜日の午前十時。
 場所は、輝夜さんの祖父母宅の門扉前。
「おじいさん、おばあさん、お早うございます。先月は来られず、申し訳ございません」
 僕は一か月半ぶりに、輝夜さんの母方の祖父母宅を訪問していた。末吉は毎月ここを訪れる事になっているけど、部活のある僕にそれは不可能。でも長期休暇と日曜の午後を巧くやりくりして、二カ月に一度はおじいさんとおばあさんに顔を見せられるよう計画を立てていた。なぜって、
「おおっ、眠留君よく来た!」
「眠留君、やっと来てくれましたね!」
 僕はお二人に、とても気に入ってもらえたからだ。どうも僕は、男子の孫のように思われているらしいのである。
「眠留君、さっそくキャッチボールをしよう。キャッチボール場で足腰立たなくなるまで野球をしよう!」
「おじいさん何を言ってるんですか。さあさあ眠留君、少し早いけどお昼ご飯にしましょう。運動をしている成長期の男の子は、たくさん食べなければなりませんからね!」
 もちろん僕もお二人が大好きだから、そう思ってもらえるのは嬉しいの一言に尽きる。けどキャッチボールはまだしも、お昼ご飯はいささか早いなあと秘かに考えていたら、おじいさんが助け舟を出してくれた。
「いや、午前十時はさすがに早すぎる。お昼ご飯をたっぷり食べるためにも、眠留君は空腹にならねばならん。然るに今から儂と、キャッチボールをするのじゃ!」
「お昼ご飯をたっぷり食べるための空腹ですか・・・。それなら、仕方ないのかもしれませんねえ」
「じゃろ! さあ眠留君、こっちじゃ!!」
 輝夜さんによると、おじいさんはキャッチボールが楽しみ過ぎて、畑の一角にキャッチボール場を新設してしまったと言う。ならば僕も全力で応える所存だが、湖校の制服では正直無理。僕はおじいさんと輝夜さんへ、それぞれ顔を向けた。
「はい、着替えたらすぐ行きます。輝夜さん、後はお願いしていいかな」
「眠留くん、おじいちゃんに付き合ってくれてありがとう。後は私に任せてね」
 輝夜さんは可愛くガッツポーズをして、両手を振ってくれた。ふにゃふにゃ顔で手を振り返しながら僕は家の裏庭へ駆け、屋外洗濯機横のスペースで運動着に着替えてゆく。おじいさんも着替える必要など無いのにやって来て、学校での輝夜さんの様子を聴きたがったのは胸がほっこりした。しかし素早さ最優先で着替えていた僕がパンツ一丁になるや、
「ほうほう、何度見ても見事な広背筋と足腰じゃのお!」
 おじいさんに背中とお尻をぺシぺシ叩かれたのには少々困ってしまった。けど、娘や孫娘とはこういう会話をできなかったのだろうと思えば、恩返しの一環に感じられると言うもの。僕は運動靴に履き替え、張り切って声を掛けた。
「よ~し、始めますか!」
「うむ、始めよう!!」
 おじいさんが新設したキャッチボール場へ、部活同様の踊る足取りで僕は駆けて行ったのだった。

 二か月前の八月中旬、僕と末吉は輝夜さんの祖父母宅を初めて訪れた。その際、武蔵野国の長老猫と猫将軍家正使の末吉と見届け役の僕は、おじいさんとおばあさんの厚意に甘えてある取り決めをした。それは、武蔵野の一歳猫の教育施設としてここの畑を使わせてもらう、というものだった。即興で短歌を二首歌い上げるほど教養豊かな猫が長老猫を務めている事もあり、武蔵野国は若猫の教育をとても重視していた。その場所として、森に囲まれたおじいさんとおばさんの畑は、まさに打って付けだったのである。またそれは、お二人にも大きなメリットのある取り決めだった。輝夜さんがこの家に住むようになると、輝夜さんの両親は、警察犬として訓練されたシェパードをここに連れてきた。年頃の孫娘を守ってくれる大型犬に感謝しつつも、近所の猫達が畑にピタリと現れなくなった理由がシェパードにある事を、お二人は薄々感じていた。しかしエルフリーゼ、愛称リゼと話し合ったところ、ご近所猫と良好な関係を築くことは警備上好ましく、またリゼは個人的に、礼儀正しい猫が好きだったことが判明した。これを受け長老猫が、畑で粗相をした事のない礼儀正しい若猫だけを選別することを約束し、それをもって湖南盟約は成立したのである。と寄り道してしまったが、湖南盟約がおじいさんとおばあさんにもたらしたメリットは、
 ――猫達と会話できる
 ことだった。武蔵野国の猫社会の太父と太母になったおじいさんとおばあさんの家にはあの日以降、沢山の猫達が遊びに来るようになったのである。しかもその中には、テレパシーで会話しながら甘えてくる子猫も多数いたとくれば堪ったものではない。輝夜さんによると最近お二人は毎日が楽しくて仕方ないらしく、一か月半ぶりにお会いした僕もそれをまざまざと感じた。キャッチボールを介し実感したから、断言できる。おじいさんは七十代後半にして、心身が明らかに若返っていたのだ。
 この畑で訓練を受ける若猫には一歳以上という年齢制限があっても、遊びに来るだけの猫はその限りではない。よって、頭猫に引率され道を一列になり登ってくる子猫たちが、好天の日はしばしば見られるようになったと言う。その光景だけでも頬をほころばせずにはいられないのに、にゃーにゃーテレパシーで元気に会話しつつ子猫たちが甘えてくるものだからもう大変。おじいさんとおばあさんは終始にこにこ顔で子猫の相手をし、相手をしているうち血色が良くなり肌も艶々してきて、快食快眠快便が当然になり、
「みるみる若返って行ったの!」
 と、輝夜さんは涙を流して喜んでいた。おじいさんとおばあさんは前回お会いした時、輝夜さんが大切にされているだけで幸せと言ったが、それをそのまま捉えてはならぬ事は僕にも容易く解った。孫娘が神社に喜んで行っているのだから寂しい気持ちを顔に出してはならないと、お二人は己を叱咤し続けたに違いないのである。輝夜さんはそれを知りつつもお二人の望みを第一に考え笑顔で神社へ向かい、しかし自分がいなくなった家でおじいさんとおばあさんが寂しい想いをしているのではないかと、本当は胸の奥でいつも心配していた。それに気づいた長老猫が沢山の猫を遊びにこさせ、おじいさんとおばあさんはそれを非常に喜び、しかもみるみる若返って行ったのだから、輝夜さんはどれほど救われたのだろう。猫達に、どれほど感謝したのだろう。輝夜さんに出会った当時の僕なら、「それは僕には解らない」と考えたと思う。だが今は違う。輝夜さんが救われ、そして感謝しているなら、それは等しく僕も救われ感謝しているのだと、今の僕は胸を張って言える。輝夜さんと共に過ごした一年半が、僕と輝夜さんをそういう間柄にしてくれたのだ。
 という僕の胸中をボールに乗せ、おじいさんに投げる。
 キャッチボールは言葉に頼らない対話なのだと教えてくれた方へ、ボールを放つ。
 するとおじいさんは、ボールを介して僕の想いを受け止めてくれた。
 言葉によらず、心で直接感じ取ってくれた。
 そしておじいさんは決意する。

  かけがえのない孫娘を託す若者へ
  こちらも全力で臨もう

 おじいさんが気力漲る声で宣言した。
「眠留君、球威を一段上げるぞ!」
「はい、望むところです!」
 十歳以上若返った体を鞭の如く使い、一段どころか二段鋭いボールをおじいさんは投げてきた。
 パ―――ン!
 かつてない音を響かせ、ボールがグローブに収まる。それを素早くつかみ僕も全身をしならせて、
 パ―――ン!
 おじいさんのグローブに小気味よい音を奏でさせた。
 ニヤリと笑うおじいさんに、僕もニヤリと笑い返す。
 それから僕ら二人は、キャッチボール場の土の上にぶっ倒れるまで、言葉に頼らない対話を重ねたのだった。
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