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十九章
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「鋼さんの写真を紫柳子さんに見せてもらうなり、この子たちは鋼さんに好感を抱いたようでした。紫柳子さんはそれが嬉しくてならなかったらしくハンカチで目元を押さえていたら、写真の隣に水晶が現れて、紫柳子さんの代わりに鋼さんの人となりを教えてくれたのです。誠実さと茶目っ気、厳しさと融通、強さと優しさを兼ね備えた好青年ってベタ褒めしていましたから、それ以上訊く必要が、私達にはなかったのですね」
「次の日曜、十月九日に、神崎君と紫柳子さんが結婚の報告に神社を訪れる。鋼君が付き添いとして来るのは、眠留の計画どおりだ。静香さんについては、美鈴の案を水晶が叶えてくれた。川越の自宅にいた静香さんを訪ね、翔人でない神崎君が狼嵐家歴代一の青星と結婚する旨を伝え、興味があるなら来てごらんと誘うと、行きますと即答したそうだ。次の夕食会では、水晶に飛び切りの御馳走を食べてもらわないとな」
飛び切りの御馳走の箇所で水晶の両耳がスチャッとこちらへ向けられたため、爆笑が沸き起こった。狙いどおりウケたわいと水晶も哄笑し、場が一層盛り上がったところで、紫柳子さんが椅子から立ち上がる。そして、弟のためにこれほど骨を折って頂いたことを生涯忘れませんと、深々と腰を折った。「とんでもない」「慶事が重なってこちらも嬉しい」「「おめでとうございます」」等々の言葉が飛び交う中、紫柳子さんはもう一度深々と腰を折り、消えて行ったのだった。
夕食を食べ終わり、自室へ引き上げる。ベッドに腰かけハイ子を取り出し、先程したためたメールを紫柳子さんへ送った。
湯船に浸かっている最中、紫柳子さんの返信が届いたことを美夜さんに音声のみで告げられた。開いてみると、自分の結婚に舞い上がり弟の胸中を忘れてしまっていたとの文が、涙ながらに綴られていた。「眠留君の指示に従い、明日の朝まで鋼と顔を合わせない時間になってからメールを読んでいなかったら、九日の計画をバラしていたと思う。重ね重ねありがとう」 そう締めくくられたメールに、僕は湯船の中で幾度も顔を洗わねばならなかった。
自室に戻るなり、待ち構えていた美鈴に怒られた。
「おじいちゃんとおばあちゃん、昴お姉ちゃんと輝夜さんには言ったのに、どうして私には言ってくれなかったの!」
僕の胸をポカポカ叩く美鈴によると、台所に足を踏み入れ輝夜さんと昴を目にするなり、違和感を覚えたと言う。違和感はどんどん肥大し、それは次第に「ここは私が頑張らねば」という想いに代わり、水晶を縁結びの神様にする案を美鈴は発表した。二人への違和感はそれで少し減るも、僕が現れるや元に戻り、紫柳子さんも多分それに気づいたから、ああも早く去って行ってしまった。僕の入浴中に美鈴は二人に電話し、社務所での話を聴くや怒りが湧きあがり、それがどうしても収まらず、こうして部屋で僕を待ち構えていたのだそうだ。そこまで話し終えた美鈴はお兄ちゃんの、お兄ちゃんの・・・と、お兄ちゃんを二度繰り返したのち、
「ごめんなさい」
そう呟き、身をすぼめ小さくなってしまった。妹の身長を追い越し、早や一年。今の状況は、記憶にある限り生れてはじめて訪れた「兄の身長が妹より高い方が好ましい状況」なのだけど、それをどうでもいいと思うほど、僕は妹が大切らしい。美鈴を座らせ、僕もその前に座り、胸の内をすべて明かした。
「岬静香さんがこの神社で修業できなかった理由と、美夜さんが本当のランクを伏せてきた理由を、輝夜さんと昴に聞いた?」
「うん、聞いた」
「でも二人が一番ショックを受けたのは、それじゃないよね。それが二番目になったのが一番ショックだったって事は、あるかもしれないけど」
「そこまで解っているお兄ちゃんにそれをさせたのは、私よね」
「ううん、それは違う。二人を放っておく選択をしたのは兄ちゃんだし、美鈴がお嫁さんになって遠くへ行ってしまう悲しみに囚われたのも、兄ちゃんだからさ」
去年の夏から今年の夏にかけ、結婚の約束をした人達が、周囲に三組現れた。その全ては間違いなく喜ばしい事なのに、僕は自分の心の温度が少し低い気がしていた。僕はいわゆる感動屋だから、自分でも制御できないほど感動するのが普通のはずなのに、自分の予想よりほんの僅か冷めている気がずっとしていたのだ。その冷めが今日の社務所で、輝夜さんと昴を放っておくという、初めての選択となって具現化したのである。
輝夜さんと昴が姦しさの花火を爆発させたさい、僕は初めて二人に煩わしさを覚えた。それは空中を浮遊する塵のように些細なものだったので、窓を開けて換気すればそれで済んだのに、僕は塵のない部屋へ移動し、塵の漂う部屋を意図的に放置した。二人への煩わしさを、二人を意識しないことで回避したのだ。それは僕にとっても二人にとっても驚天動地の事態と言う他なく、かつそれは、僕ら三人の関係を崩壊させかねない危険をはらんでいた。
――塵ほどのマイナス感情を抱いただけで、僕は二人をあっさり放置する人間だった。
という未来が、選択の一つとして眼前に出現したからである。その未来を選べば、輝夜さんと昴は僕に塵ほどのマイナス感情も抱かせぬよう心を砕き続けねばならず、そしてその先には、
――ただの友人
になるという極めて可能性の高い未来が待ち構えていた。よって二人はその未来に足を踏み入れることを避けたがったが、僕がどの未来を選ぶかは100%僕の権利。二人と言えどそれは決して侵害してはならない、人の有する最も基本的な権利なのである。
「お兄ちゃんには黙ってたけど、去年の夏に開いた初めての夕食会のあと、輝夜さんが教えてくれたの。大離れで、お兄ちゃんが大泣きしたって」
「うん、兄ちゃんはあの時、過去の何人もの兄ちゃんと心がつながったんだと思う。どんなに可愛くてどんなに大切でも、妹や娘は他家に嫁ぎ、日々の生活から消え去ってしまう。何十人もの兄ちゃんが経験したその哀しみを、大泣きする事で手放したつもりだったけど、実際はまったく手放せていなかった。結婚の話が周囲に出るたび、美鈴がいなくなる未来を兄ちゃんは無意識に連想し、それが冷めた心を胸に生じさせていたんだ。その胸中を気遣ってくれなかったという利己的極まりない理由で、兄ちゃんは輝夜さんと昴に煩わしさを感じ、その上こうして二人を放置する事までしている。今回の件は兄ちゃんにとって、人生の転機になるだろうね」
「次の日曜、十月九日に、神崎君と紫柳子さんが結婚の報告に神社を訪れる。鋼君が付き添いとして来るのは、眠留の計画どおりだ。静香さんについては、美鈴の案を水晶が叶えてくれた。川越の自宅にいた静香さんを訪ね、翔人でない神崎君が狼嵐家歴代一の青星と結婚する旨を伝え、興味があるなら来てごらんと誘うと、行きますと即答したそうだ。次の夕食会では、水晶に飛び切りの御馳走を食べてもらわないとな」
飛び切りの御馳走の箇所で水晶の両耳がスチャッとこちらへ向けられたため、爆笑が沸き起こった。狙いどおりウケたわいと水晶も哄笑し、場が一層盛り上がったところで、紫柳子さんが椅子から立ち上がる。そして、弟のためにこれほど骨を折って頂いたことを生涯忘れませんと、深々と腰を折った。「とんでもない」「慶事が重なってこちらも嬉しい」「「おめでとうございます」」等々の言葉が飛び交う中、紫柳子さんはもう一度深々と腰を折り、消えて行ったのだった。
夕食を食べ終わり、自室へ引き上げる。ベッドに腰かけハイ子を取り出し、先程したためたメールを紫柳子さんへ送った。
湯船に浸かっている最中、紫柳子さんの返信が届いたことを美夜さんに音声のみで告げられた。開いてみると、自分の結婚に舞い上がり弟の胸中を忘れてしまっていたとの文が、涙ながらに綴られていた。「眠留君の指示に従い、明日の朝まで鋼と顔を合わせない時間になってからメールを読んでいなかったら、九日の計画をバラしていたと思う。重ね重ねありがとう」 そう締めくくられたメールに、僕は湯船の中で幾度も顔を洗わねばならなかった。
自室に戻るなり、待ち構えていた美鈴に怒られた。
「おじいちゃんとおばあちゃん、昴お姉ちゃんと輝夜さんには言ったのに、どうして私には言ってくれなかったの!」
僕の胸をポカポカ叩く美鈴によると、台所に足を踏み入れ輝夜さんと昴を目にするなり、違和感を覚えたと言う。違和感はどんどん肥大し、それは次第に「ここは私が頑張らねば」という想いに代わり、水晶を縁結びの神様にする案を美鈴は発表した。二人への違和感はそれで少し減るも、僕が現れるや元に戻り、紫柳子さんも多分それに気づいたから、ああも早く去って行ってしまった。僕の入浴中に美鈴は二人に電話し、社務所での話を聴くや怒りが湧きあがり、それがどうしても収まらず、こうして部屋で僕を待ち構えていたのだそうだ。そこまで話し終えた美鈴はお兄ちゃんの、お兄ちゃんの・・・と、お兄ちゃんを二度繰り返したのち、
「ごめんなさい」
そう呟き、身をすぼめ小さくなってしまった。妹の身長を追い越し、早や一年。今の状況は、記憶にある限り生れてはじめて訪れた「兄の身長が妹より高い方が好ましい状況」なのだけど、それをどうでもいいと思うほど、僕は妹が大切らしい。美鈴を座らせ、僕もその前に座り、胸の内をすべて明かした。
「岬静香さんがこの神社で修業できなかった理由と、美夜さんが本当のランクを伏せてきた理由を、輝夜さんと昴に聞いた?」
「うん、聞いた」
「でも二人が一番ショックを受けたのは、それじゃないよね。それが二番目になったのが一番ショックだったって事は、あるかもしれないけど」
「そこまで解っているお兄ちゃんにそれをさせたのは、私よね」
「ううん、それは違う。二人を放っておく選択をしたのは兄ちゃんだし、美鈴がお嫁さんになって遠くへ行ってしまう悲しみに囚われたのも、兄ちゃんだからさ」
去年の夏から今年の夏にかけ、結婚の約束をした人達が、周囲に三組現れた。その全ては間違いなく喜ばしい事なのに、僕は自分の心の温度が少し低い気がしていた。僕はいわゆる感動屋だから、自分でも制御できないほど感動するのが普通のはずなのに、自分の予想よりほんの僅か冷めている気がずっとしていたのだ。その冷めが今日の社務所で、輝夜さんと昴を放っておくという、初めての選択となって具現化したのである。
輝夜さんと昴が姦しさの花火を爆発させたさい、僕は初めて二人に煩わしさを覚えた。それは空中を浮遊する塵のように些細なものだったので、窓を開けて換気すればそれで済んだのに、僕は塵のない部屋へ移動し、塵の漂う部屋を意図的に放置した。二人への煩わしさを、二人を意識しないことで回避したのだ。それは僕にとっても二人にとっても驚天動地の事態と言う他なく、かつそれは、僕ら三人の関係を崩壊させかねない危険をはらんでいた。
――塵ほどのマイナス感情を抱いただけで、僕は二人をあっさり放置する人間だった。
という未来が、選択の一つとして眼前に出現したからである。その未来を選べば、輝夜さんと昴は僕に塵ほどのマイナス感情も抱かせぬよう心を砕き続けねばならず、そしてその先には、
――ただの友人
になるという極めて可能性の高い未来が待ち構えていた。よって二人はその未来に足を踏み入れることを避けたがったが、僕がどの未来を選ぶかは100%僕の権利。二人と言えどそれは決して侵害してはならない、人の有する最も基本的な権利なのである。
「お兄ちゃんには黙ってたけど、去年の夏に開いた初めての夕食会のあと、輝夜さんが教えてくれたの。大離れで、お兄ちゃんが大泣きしたって」
「うん、兄ちゃんはあの時、過去の何人もの兄ちゃんと心がつながったんだと思う。どんなに可愛くてどんなに大切でも、妹や娘は他家に嫁ぎ、日々の生活から消え去ってしまう。何十人もの兄ちゃんが経験したその哀しみを、大泣きする事で手放したつもりだったけど、実際はまったく手放せていなかった。結婚の話が周囲に出るたび、美鈴がいなくなる未来を兄ちゃんは無意識に連想し、それが冷めた心を胸に生じさせていたんだ。その胸中を気遣ってくれなかったという利己的極まりない理由で、兄ちゃんは輝夜さんと昴に煩わしさを感じ、その上こうして二人を放置する事までしている。今回の件は兄ちゃんにとって、人生の転機になるだろうね」
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