僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

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 それからしばらく、僕らは手を繋ぎ無言で歩いた。ここに着いた時とは明らかに違う、夜の気配の漂うショッピングモールは、日常から切り離された場所に二人っきりでいるというデート気分をたっぷり味わわせてくれた。手を繋いだままショッピングモールの正面入り口を出て、ライトアップされた巨大な観覧者へ揃って視線を向ける。もっと近くで見たい、との想いを掌で伝え合った僕らは、出入り口から離れ、エントランス広場と遊園地の境界まで歩いた。そして夜空に浮かび上がる観覧者を二人並んで仰ぎ見ていたはずなのに、ふと気づくと僕らは向かい合い、互いの瞳を見つめ合っていた。様々な色に輝く遊園地のライトが、潤いの増した輝夜さんの瞳に映っている。それは僕がこの星で出会った最も美しい造形物に違いなく、僕はいつまでもそれを見つめていたかったのだけど、
 ――この瞳を閉じさせたい
 という不可思議な衝動がいきなり全身を駆けた。
 僕の瞳を介してそれを感じ取った輝夜さんが、僅かに顔を持ち上げる。
 不可思議さが消え、続いて現れたまだ早いのではないかという危惧も、跡形もなく消えてゆく。残ったのは胸に初めて芽生えた、この人との距離をゼロにしたいという純粋な願いだった。僕は瞳でそれを伝え、輝夜さんも同じ願いを抱いていることを伝えてきて、四つの瞼を降ろそうとしたまさにその時、
「猫ちゃん機関車、出発しま~す!」
「にゃん、にい、にち、出発にゃ~~!!」
 ポッポコポ―― ♪♪
 遊園地の幼児向けアトラクションとして名高い猫ちゃん機関車が、出発したのである。このアトラクションの乗車位置は比較的離れた場所にあり、加えて視界の悪い夜だったためさほど気にしていなかったが、機関車がまず目指すのは僕らの目の前に敷かれた線路である事と、何より猫ちゃんの口調が、
「にゃははは、おいら速いのにゃ~」
 だったと来れば、諦めるしかない。僕と輝夜さんは苦笑し、手を離して横並びに戻った。数秒後、五人の幼児を乗せた機関車が目の前を通り過ぎてゆく。まあでも、これで良かったのかもしれない。機関車を操縦するロボット猫はとても凝っていて面白かったし、僕らを認めたその猫機関士がポッポコポ~っと楽しい汽笛を鳴らしてくれたし、それに釣られて幼児達がこちらに手を振り、輝夜さんも満面の笑みで手を振り返していたからだ。そんなほっこり温かな時間が、二人で築く未来の家庭を僕らの胸に芽生えさせ、それを土台にすればあの瞬間をもう一度再現できたかもしれないけど、そうはならなかった。ある出来事が起きて、それが僕らにある事実を思い出させたのである。その出来事とは、
「いいなあ、私も湖校に行きたいなあ」「ね~、一緒に行きたいね~」
 後部車両に乗っていた幼稚園年長組とおぼしき二人の少女の会話であり、そしてそれによって思い出されたのは、
「あはは、湖校の制服を着てたの忘れてたよ」「うん、忘れちゃってたね」
 という事実だった。そう僕らは初めてのお出掛けにもかかわらず、学校の制服を着ていたのだ。AICAの中かショッピングモールのトイレで僕が私服に着替え、最初から私服の輝夜さんとデートを楽しむという案が出て盛り上がったはずなのに、いつの間にか制服デートに決まっていたのである。僕は常々、輝夜さんの私服姿を見たいと思っているからそれは奇異なことのはずなのに、疑問を感じずデートの日を迎え、そしてデートの最中も違和感を覚えることは無かった。ふと思い立ち、今更ながら尋ねてみる。
「ねえ輝夜さん、学校の制服はレストランのドレスコードに、合っていたのかな?」
「ちょっと複雑だけど、問題ないと思うよ」
 輝夜さんは遊園地を散策しながら、ちょっと複雑の箇所を説明してくれた。例えば家族そろって慶事に出席し、その帰りにレストランを訪れた場合、子供達が学校の制服を着ていても問題は何もない。近隣に学校のないリゾートホテルのレストランに、子供達だけが制服を着て現れたら奇妙に映るかもしれないが、制服は第一級礼服として認められているためドレスコード違反にまではならない。対して入間のショッピングモールは制服姿の中高生が大勢訪れる立地にあり、僕は嘘偽りなく部活帰りの身で、レストランも超高級店ではなかったから、気にする必要はまるでない。この地域における湖校の評判はすこぶる高く、僕らはそのイメージを壊さずレストランで振る舞い、加えてフランスパンを次々平らげる僕の健啖ぶりに多数のお客さんが頬をほころばせていたそうだから、
「レストランにとって私達は、良いお客だったと思うよ」
 との言葉で、輝夜さんはドレスコードの説明を締めくくった。あのお店に恩義を感じている僕は心から安堵し、それに助けられ、輝夜さんへ自然と手を差し伸べることができた。再び繋がれた手が、世界一好きな人と一緒にいる幸せを胸にひしひしと伝えてくる。その幸せに、夜の遊園地というロマンチックな環境が重なったからか、極めて大胆な内容に帰結する話題を僕は口に乗せてしまった。
「そっかあ、制服でここに来て、かえって良かったんだね」「私もそう思う。制服姿の眠留くん、もともと大好きだし」「むむっ、僕だって輝夜さんの制服姿、大好きだよ」「えへへ、ありがとう。それに、夜の遊園地は制服で歩いた方が、素敵に感じるのかもしれない」「あっ、それ解るかもしれない。いつも見ている制服姿の輝夜さんが見慣れない場所にいると、ここのロマンチックさが、むしろ引き立つみたいな?」「そうそれそれ! 眠留くん、解ってくれてありがとう!」「どういたしまして。ああでもホント、夜の遊園地っていいね」「うん、素敵よね」「素敵過ぎて雰囲気に流されちゃって、さっきは制服のまま、大胆なことをしそうになっちゃったよ」「だっ、大胆?」「そう、大胆。だってあの機関車が五秒遅く出発していたら、僕は輝夜さんにキ・・・ッ!」「ッッ!!」「「!!!ッッッ!!!」」
 てな具合に、僕は人生有数のリア充爆発しろ状態に、もとい大胆発言ぶちかまし状態に、なってしまったのである。
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