僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

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「眠留くんの、変態!」
 アスファルトに膝を着きそうになったのは、今度は僕の方だった。だがそれを、輝夜さんは許さなかった。輝夜さんは両手に力を込め、僕の両手を自分の肩に固定し、膝を着こうとする僕を支えた上で、無慈悲に再度言い放った。
「眠留くんの変態、変態、変態~~!!」
 僕に最もダメージを与える言葉を四度よたび繰り返され気が遠くなるも、四度という回数が、ある違和感を心に芽生えさせた。僕はそれを、恐る恐る口にしてみる。
「何となくだけど、僕はそれをカタカナではなく、漢字で言われてたりする?」
 そうなのだ、僕はこれまで昴と美鈴にヘンタイと罵られたことはあっても、それはあくまでカタカナとして届けられていた。まさしく感覚でしかないのだけど、カタカナは複数の漢字に変換できるからか、それは平手打ちのような平面の攻撃として心にダメージを与えていたのである。
 だが漢字は、様相が決定的に違った。意味を固定する漢字は、広がりを持つ平面ではなかった。きっちり固定された意味には槍の先端のような鋭さがあり、それが心を貫くことでダメージを与えていたのである。という理由のもと「漢字で言われてたりする?」と問うた僕へ、輝夜さんは言葉のみならず眼差しも鋭くして答えた。
「うん、カタカナじゃない。眠留くん、よく聴いて。飛行機が規則的に並んで飛ぶ編隊ではなく、形の変形を指す動詞としての変体でもなく、文字は同じでも意味の異なる蛹から蝶の変態でもない、変態。その漢字を、私の口元に思い浮かべてみて」
 指示されたとおりにし、首を縦にコクコク振った。そんな僕に輝夜さんは目をカッと見開き、口元の漢字をぶっ放した。
「この、変態!!」
「グハッッッ!!!」
 僕は堪らず後ろへのけ反った。だがのけ反ったのはほんの数センチにすぎず、すぐさま正面に引き戻された。輝夜さんが神速をもって僕の頬を指でつまみ、自分の方へ引っぱったのである。そして輝夜さんは、女性の不倶戴天の敵である変態を抹殺せんとする戦女神の表情になって、問うた。
「どうしてそんな話題を思いつけるの? ロマンチックを全部吹き飛ばしても失望を少しも抱かせない、二人で一緒に考えるのが楽しみでならない話題を、このタイミングでどうして思いつけるの? その話題を聴く前の私は、心がときめいて仕方なかったの。さっきのあの瞬間がもう一度、この遊園地で訪れないかな。遊園地で訪れなくても、帰りのAICAの中でやってこないかな。とってもとっても恥ずかしいけど、それ以上に嬉しくて堪らないあの瞬間がもう一度やって来たら、今度こそ今度こそって、私は心をときめかせていたの。でもステータスボードの話を聴いてその可能性に気づくや、ロマンチックな想いはすべて消し飛んでしまった。それなのに、心残りが無いの。今私の胸には、眠留くんと二人で考えるのが楽しみって想いしかないの。そんな神がかった斬新な話題を、どうして思いつけるの眠留くん!!」
 完璧な確信をもって断言できる。
 僕は今、失敗が絶対許されない状況にいる。
 去年五月の特闇戦をも超える、この人生で最も過酷な戦いに、今僕は身を投じているのだ。
 にもかかわらず、動揺や緊張は一切なかった。なぜなら輝夜さんに届けるべき最良の返答を、僕は知っていたのである。幼少の頃から昭平アニコミで親しんできた、おバカな返答を自信たっぷりにするおバカキャラになりきって、僕は右手の親指と人差し指を銃の形にする。そして銃口たる人差し指を輝夜さんに向け、演技過剰で言った。
「それは僕が、変態だからさ!」
 バキューン!
 と銃を撃つポーズを決めた僕に、
「黙れこの変態ッッッ!!!」
 輝夜さんは何もかも忘れて、ブチ切れたのだった。

 それから僕らは、日本の固有文化の正当な後継者としての時間を数分間すごした。
 それを経て落ち着きを幾分取り戻した輝夜さんはおじいさんに電話を掛け、これからショッピングモールを発つことと、新たな研究課題を発見したから僕を家に連れて行くつもりでいる事を伝えた。子細は知らずとも孫娘の鬼気迫る気配を感じたのだろう、輝夜さんに了承を告げただけでおじいさんは通話を切った。十秒と掛けず、僕のハイ子がメール着信を知らせる振動を始める。それは僕を案じるおじいさんのメールで100%間違いないのだけど、それを確認できたのは約一時間半後の午後八時半過ぎだった。一時間半もメールを開けなかった理由は、僕と輝夜さんがステータスボードの製造を、凄まじい熱意でもって議論していたからだ。しかしその甲斐あって、僕らはどうにかこうにか確証を得ることができた。それは、
 
  ステータスボードは
  現代の技術で製造可能
 
 という確証だった。神社に向かうAICAの中で手を合わせ、僕は独りごちる。
「一時間半以上遅れちゃったけど、この話題を教えてくれて、ありがとう美鈴」
 美鈴にお礼を述べたのが呼び水となり、貴子さんと翔子姉さんと末吉への感謝を思い出した僕は、それらを次々口にしてゆく。そしてその最後、
「うぎゃあ、翔子姉さんに感謝の印のお土産を買うの、忘れてた――ッ!」
 てな具合に、僕は人生初デートの最後を、頭を抱えて後悔するという最も自分らしい自分で終えたのだった。

                                   
   十九章、了
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