僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
727 / 934
二十章

3

しおりを挟む
 二人が自ら認めたように、ところかまわず恋愛モード化する二人に、級友達は辟易していた。けどなぜかそれが気にならなかった僕は、二人と級友の仲介役を率先して務めていた。それは嘘偽らざる行いだったのだけど、僕が面倒事を引き受けていると感じた級友は多かったらしく、ちょっとした便宜を図られることが次第に増えていった。その先頭を走っていたのがここに集結した男達であり、そしてその男達が「千家先生へのお礼を閃いたのは仲介中」を知ったとくれば、怒気は更に目減りして当然。かつその目減りした分が、
「いつも押しつけてスマン」「頼ってばかりで申し訳ない」「お前には助けられたのに悪かった」
 系の謝罪の気持ちに換わるのも、この好男子たちなら当然だったのである。ならば、この機を逃す手はない。僕はとっておきの秘密を打ち明ける気配を殊更まとって、最後の矢を放った。
「これを話すのは皆が初めてだから、そのつもりで聴いて欲しい。小池と遠山さんは、クラスのみんなが辟易している事をちゃんと知っていた。だから二人は僕の閃きを快諾し、クラスのみんなへのお詫びの印を、休暇の五日間を費やして作った。それが、これなんだ」
 僕はハイ子を操作し、三着のウエディングドレスを映し出した。皆が息を呑んだタイミングでウエディングドレスの3D映像を拡大し、
「千家先生がこれを着たら、さぞ綺麗だろうなあ」
 と呟いてみせる。野郎どもの歓声がトイレに轟いたのは言うまでも無い。ここで気を利かせたミーサが、
「三限開始のチャイムまで残り三十秒です」
 抑揚のない事務的な声をトイレに響かせた。しかもドレスの上に、三十秒のカウントダウンを映してくれたのである。野郎どもは僕をここに連れて来た理由をすべて忘れ、
「やば!」「すぐ帰ろう!」「急げ!」「トゥリャ~~!!」
 なんて感じに、気の合う奴らとピンチに陥ったのが楽しくて仕方ないといった様相で、ワイワイやりながら教室へ帰って行ったのだった。

 そして迎えた三限目。
 文化祭実行委員十名に小池と遠山さんを加えた計十二名は、クラスHPの特設チャットルームで緊急会合を開いていた。
 第一発言者は智樹にお願いした。僕の戦闘勘が、しきりとそう叫んでいたのだ。その叫びに従い、教室を目指す道すがら手を合わせて頼んだところ、智樹は任せろと胸を叩いた。そしてその出来事から一分後、智樹は第一発言者としてこう書き込んでくれた。

智「眠留の抜け駆けの理由が判明した。情状酌量の余地はあると、俺は判断する」

 そう僕は二限目、楽しいイベントを抜け駆けして独り占めにし、それを満喫していると同僚達に疑われていたのだ。後になって知ったのだけど、僕を除く実行委員九人は二限中に話し合い、実技棟のトイレに僕を連行する決定をしたらしい。その報告として「抜け駆けは事実でも情状酌量の余地がある」と、智樹は判断してくれたのである。僕は胸の中で、智樹と戦闘勘に手を合わせた。
 智樹は続いて、そう判断した理由を女子四人に説明していった。そしてその最後、情状酌量の一番の根拠として、ウエディングドレスの映像をチャット画面に出した。女の子たちにあらかじめ念押ししていたにもかかわらず、三着のウエディングドレスが映し出されるや、
『あのねえ、相殺音壁を最大出力でいきなり作動させないでよ!』
 とのお叱りを教育AIから頂くことになってしまった。幸い級友達の大半はヘッドホンを付けていたので迷惑こそかけなかったが、相殺音壁で音を消しても気配を敏感に捉えるのが仲の良いクラスというもの。僕ら十二人はそれから数秒間、周囲にペコペコ頭を下げる時間を過ごしたのち、各自が自由に発言するチャットへ移っていった。
 というのは建前でしかなく、僕ら男子組がチャットに参加したのは五分以上経った後のことだった。しかも男子組はその五分を、女の子たちの会話に目を通しつつ過ごさねばならなかったため、勘弁してくれという気持ちがないでもなかった。けどそれ以上に、素晴らしいデザインの三着のウエディングドレスに年頃娘たちが我を忘れているなら、
 ―― その時間を守ってあげたい
 と僕らは考えていたのである。然るに男子組は会話を目で追い、内容を把握した上で、少しずつチャットの一員になっていった。
 中心となる話題の性質を考慮し、今回の議長は那須さんにお願いした。言うまでもなく那須さんは淀みなく会議をけん引してゆき、お陰で僕は、三限初めに届いた千家さんの返信を読むことが出来た。千家さんは、那須さんが急に大人っぽくなった事について、推測という名の正解に辿り着いていた。
『化粧品と健康食品を販売する店舗の女性従業員は、容姿に優れ健康的であると共に、それを決して鼻に掛けない人間的魅力も備えていなければならない。そんな素敵なお姉さん達と五日間一緒に働いた那須さんは、お姉さん達から良い影響を受け、それを大人の魅力としてクラスメイトは感じているのではないか』
 これだけでもありがたくてならず、千家さんへの感謝が益々募ったのに、追伸として最後に添えられていた文の価値は、その更に上を行っていた。千家さんは、女同士のマウントの取り合いがもたらす接客の難しさについて、書いてくれたのである。
『自分の方が上位序列にいることを、周囲の同性に認めさせないと気が済まない女がいる。そのような人の接客は心を著しく疲弊させ、文化祭の想い出に影を落としてしまうかもしれない。那須さんはそれを避ける技術も学んできたはずだが、あなた達が強固な信頼関係を築いているなら、腹を割って話し合ってみてはどうか』
 マウントの取り合いは男同士にも存在するというのが、僕の率直な意見だ。しかしそれを二十組のクラス展示にそのまま当てはめると、千家さんの指摘どおり、想い出に傷がつく可能性が高い。教室棟のクラス展示は、冒険者のコスプレを童心に戻って楽しんでもらうことを趣旨にしているから、危険は少ないと言える。だが、美しさを主軸に据えた実技棟のクラス展示は気を抜いたとたん、
 ―― 序列戦争
 を招きかねないと考えるべきなのだろう。
しおりを挟む

処理中です...