僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

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『マウント取りで不快な思いをした接客担当者は、事前予想のとおりいなかった。その最大の功労者は、真山と北斗だった。女子生徒達は来店前に、真山と北斗のイケメンギャルソンに大切なお客様として接客され、気分を非常に良くしていた。続いて店舗に足を踏み入れると、出しゃばらず謙虚になり過ぎもしないメイドに心地よく対応され、そして着席するや、飛び切り美味しい紅茶と焼き菓子を楽しむことができた。満足を突き抜け幸福な気分に浸った女子生徒達は、店内に漂う高品質の空気を壊さぬよう、メイド達にむしろ協力してくれていた』
 解っているつもりだったが、こうして改めて振り返ると、去年の十組はまさしくチートクラスだった。外見も内面もイケメンのツートップ麗男子と、最高レベルの接客教育ができる撫子部のエースと、一流店並みの紅茶を入れられる良家のお嬢様と、一流パティシエ並みの焼き菓子を作れる料理の天才。この五人が揃ったクラスなど、研究学校全体を見渡しても旧十組が初めてに思える。また「事前予想のとおり」とさりげなく書かれていたように、マウントの不快さからメイドさん達を守るための措置も、僕が知らなかっただけできちんと講じられていた。誰に尋ねようか悩んだ末に選んだ、複数の事柄を並行処理できる頭脳の持ち主がメールで教えてくれた処によると、
『昴に相談され真山と話し合い、ギャルソンの最重要業務にした』
 との事だったらしい。いやはやホント、同列に扱っちゃいけないと理解していても、文化祭の準備期間の半ばで接客の難しさにやっと気づいた僕と、超絶頭脳を有する北斗の、そのあまりの能力差に僕は笑うしかなかったのだった。
 そのチート野郎が主催し五限に開いた旧十組のネット会合は、そろそろ沸点を迎えつつあった。論戦の状況描写に沸点を用いると、ブチ切れる人が続出して口喧嘩が始まるという意味になるため普通なら悪い状況を指すのだろうが、旧十組の論戦を北斗が仕切っている限り、沸点は佳境の意味を持つ。そしてとうとう、「最も良いところ」を意味する佳境に入った論戦は、対立する意見の代表者による本音のぶちまけ合いを経て、静謐なひと時を迎えた。さあ舞台が整ったよ、この状況を待っていたんだよね中二病こじらせ男さん、という皆の声なき声を一身に受け、北斗が書き込みを始めた。
『まずは、感謝を述べさせてくれ。どんなことでも言い合えたかつての十組の空気を思い出させてくれて、みんなありがとう』
 一瞬の間を置き、さっきは言葉がキツ過ぎたかもスマン、いやそれはこっちもだって、とのやり取りが続いた。頃合いを計り香取さんが書き込んだ「ああやっぱり、十組だねえ」に皆でほのぼのしてから、水を得た魚は泳ぎを再開する。
『うむ、みんな落ち着いたようだな。ならばその心で、思い出して欲しい。一年時が終わる寸前に、あの推測を真っ先に思い付いたヤツは、誰だった?』
 対立意見を表明していたそれぞれのグループの代表が「なるほど」と同時に書き込み、そこに至っていないグループメンバーが質問を次々投げかけてゆく。代表二人の返答が面白いほど合致している様子を目の当たりにした皆は、「強敵と書いて友と読むだね」の集中砲火を二人に浴びせた。するとあろうことか二人は「「ヒエ~勘弁してください~」」などと宣い始め、某男子一人を除いた四十一人が爆笑表記を一斉に打ち込んだ。言うまでもなくその某男子は、僕なんだけどさ。
『蛇足になるが、まとめさせて欲しい。あの推測を真っ先に思い付いた奴が文化祭委員の議長を務めるクラスで、あの推測を唯一の突破口とする事案が、真っ先に発生した。これは順当な、理に適う現象だと俺も思う。どうだろう?』
 同意、賛成、異議なしの表記が、立て続けに四十打ち込まれた。僕は教室にいることを忘れ、2D画面に手を合わせていた。
『五限終了まで残り十分を切った時間に、大胆な提案をする俺を許して欲しい。眠留のクラスメイトにあの推測を伝える方法として、俺は一年最後の俺達の、HRの映像を見てもらうことを提案する。さあ、皆の意見を教えてくれ』
 強敵と書いて友と読むの二人は、十組史に残る偉業を成した。「いいか強敵よ」「いいぞ強敵よ」との漢気溢れるやり取りを経て、見てもらって構わないとの意見表明をしたのだ。それに反応したのは、男子より女子が早かった。キツイ言葉をぶつけ合っていても二人は潔くて心の広い紳士だって二十組の女子に説明するからねと、こぞって書き込んでくれたのである。それでも二人は女子の言葉に酔うことなく、北斗と皆に頼んだ。
「この場では言い出せなくても、HRを見られたくないと思っている人達がいるかもしれない」「その人達から打ち明けられたら、映らないよう北斗が巧く編集してくれ」「みんなも俺達に免じて、映りたくないなら恥ずかしがらず北斗に打ち明けて欲しい」「映っていない人がいても、どうか俺達に免じて、その人達を詮索しないでくれ」 
 香取さんの座席の方角から、女の子が涙を流している気配が伝わって来る。それは香取さんだけでなく、旧十組の女子二十一人全員に共通することだと直感した僕は、二十一人に仲間入りする寸前になってしまった。が、
 ―― 私に言ってくれても良いのよ
 教育AIというか咲耶さんがネット会合に急遽参加したのでそれは避けられた。咲耶さんは皆の気持ちをほぐすように、「泣き顔を見られたくないとか、鼻をかんでいるシーンはカットして欲しいとかも受け付けるから、気軽に相談してね」と笑いを取る。そののち、
 ―― 応援するから頑張って
 そう書き残し、名残惜しそうに去って行った。教育AIの雰囲気がいつもと違うことを、きっと感じていたのだろう。「アイも参加したそうだったな」「今のアイは友達みたいだったよね」等々を、みんなしきりと訴えていた。けどそこは、さすが旧十組。残り時間が三分になるや、あらかじめ決めていたかのように書き込みが止む。声なき声を再び一身に受け、北斗が締めくくった。
『一年時最後のHRの映像は、今日の午後八時まで見られるようにしておく。俺でも教育AIでもどちらでも良いから、編集を望む人は気軽に申し出てくれ。以上、質問はないか?』
 誰の文字も浮かび上がらない画面を、なぜか非常に寂しく感じたので、つい指がキーボードを弾いてしまった。「みんな、ありがとう」と。
「プハッ、それ質問じゃないじゃん!」「最後の最後にやっと書き込んだと思ったら、それかよ!」「まあ、コイツらしいな」「うん、猫将軍らしい」「ガンバってね猫将軍君」「じゃあ猫将軍君も、みんなもまたね!」「「「またね~~!!」」」
 視界不良を招いている液体に負けず、皆の書き込みをしっかり読もうと努力した甲斐あって、五限終了のチャイムが鳴り始める直前、僕は良好な視界を取り戻すことができたのだった。
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