僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

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 その日の夜、部屋に現れた美夜さんと咲耶さんが教えてくれたところによると、僕はこの種の作業に天賦の才があるそうだ。そんなことを言われたのは生まれて初めてだけど、思い当たる節がないでもなかった。その一つは、練習を開始してからの一時間の記憶が、ほぼ無いこと。一時間経過を告げるアラームが鳴ったとき、ビーズをびっしり接着させた針が机の上に二本完成していて、かつ三本目の作業の真っ最中だったのに、その記憶がほぼ無い。覚えているのは、最初のビーズをピンセットで摘まみ接着剤を付着させ、それを針にくっ付けた事のみだったのである。
 思い当たる節のもう一つは、接着技術がたった一時間でかなり上達したこと。机の上に並べられた二本のビーズデコ針を見比べると、右のデコ針は左のデコ針より明らかに巧い。またその二本より、制作途中の三本目は更に巧かったのだ。それらを検分した美夜さんと咲耶さんは、「さっちゃんの見解は?」「数日修業すれば、見習い職人として工房で雇ってもらえる才能ね」と感心していた。毎度毎度のことながら僕は自分を、まったく知らないんだな・・・・
 話を戻そう。
 五時間ほど時間をさかのぼった、その日の午後四時近く。自分でセットしたタイマーを完全に忘れて、
「うるさいなあ」
 などと文句を垂れつつアラームを解除した僕は、三本目のビーズデコ針の制作を再開しようとした。が、
「あれ?」
 心に何かが引っかかり、ピンセットで摘まんだビーズを凝視した。瞬きを二回したのち、「生まれて初めてするこの作業に、なぜこうも熱中してるんだっけ?」と呟いた僕は、ジルコニアを王冠に固定する練習をしていたことを思い出した。ここでようやく、僕の代わりに謝罪文を書いてくれている級友達をほったらかしていることに気づき、慌ててクラスHPを立ち上げた。その数秒後、僕は胸を両手で押さえていた。
 ―― 文化祭の部門賞を放棄するに至った経緯
 というホットニュースの書き込みを目にするや、三本のビーズデコ針が心臓に突き刺さったかのような痛みを、覚えたのである。

 研究学校は、将来を見据えた実地訓練を、学校生活に多数盛り込んでいる。クラス展示という期限付きの目標を、予算内で完成させる文化祭は、実地訓練の最たるものなのだろう。大人社会に通じる裁量権を、生徒は幾つか与えられていた。その中の一つに、
 ―― 生徒による不足予算の補填
 があった。事業に必要な資金がどうしても足りない場合、自己資金を投入しそれを補うのは、大人社会では普通のこと。したがって社会の準拠率が特に高い文化祭でもそれを行う裁量権を、生徒は与えられていたのだ。
 しかしそれを行使すると、不都合な現実が待ち構えているのも社会に則していた。訓練課題の不履行と判断され、ペナルティを負わねばならなかったのである。
 自己資金に手を出すのは、確固たる信頼と業績と資産を築いたプロ中のプロでさえ、危険を伴うと言える。ましてやそれらを欠片も築いていないペーペー技術者が、「金が足りないなら自腹を切ればいいじゃん」などと、安易に考えては決してならないのだ。然るに研究学校は、不足予算の生徒の立て替えを認めながらも、それを行ったクラスにペナルティを課した。予算内に収めるという、非常に大切な課題の不履行として、
 ―― 部門賞の対象外
 という罰を、クラスに課したのである。
 それを、僕がジルコニア接着の練習をしている間に、級友達は決定していた。二十組のクラス展示が最多来客数を獲得しようと、最高収益を稼ごうと、最大インパクトをぶちかまそうと、来客部門も収益部門もインパクト部門も僕らには無関係。明後日から二日間に渡り開催される文化祭でどれほど頑張り、そして結果を出そうと、それが評価されることは無い。というペナルティを課せられても、身銭を切って王冠を作ることを、級友達は決定していたのだ。
 唯一の救いは、その決定に異を唱えるクラスメイトは一人もいないと、全員が確信していた事。たとえその決定が、半数近いクラスメイトが未参加の掲示板で成されたとしても、それどころか某バカ男子が抜け駆けした結果だとしても、異を唱える者は一人もいない。夏休み明けからの一か月半は、千家さんと岬さんと紫柳子さん達を始めとする、ウエディングドレスを着たお客様の笑顔があってこそ帰結するのだと、そしてその頭上にはあの王冠が輝いていなければならないのだと、全員が心の底から納得していたのである。
 二年二十組は、そんなクラスなんだね。
 よって謝罪文を読み終えるや、僕はビーズデコ針の練習を再開した。
 3Dの虚像ではない実物の王冠を心に描き、それを現実世界に具現化するための練習を再開した。
 ジルコニアの煌めく王冠を、脳の中心にまざまざと描きながら僕は手を動かした。
 星々の光を集めた王冠が、千家さんと岬さんと紫柳子さんの髪を飾っている世界を、
 ―― 意識の次元において創造
 すべく、己の全てを僕は捧げたのだ。 
 その二時間後。
「お兄ちゃん、夕食会の準備ができたよ。一緒に食べよう」
 神々しい声が耳朶を震わせた。顔を向けた僕の口が勝手に動く。
「了承した、アンタレスの王女よ」
 美鈴は、目を見開き微動だにしない。
 今この瞬間、人類いちの間抜け顔になっていることを確信しつつ、僕は尋ねた。
「へ? 美鈴は王女様なの?」
 今この瞬間、人類一のため息をついて美鈴は応えた。
「あのねえお兄ちゃん」「うん、なんだい」「輝夜さんとの約束を、破らせないでくれるかな」「どわっ、ゴメン。兄ちゃんが悪かった」「ホントそうよ、全部お兄ちゃんが悪い。夜の遊園地でお兄ちゃんがどれほど変態になったか、輝夜さんがナイショで教えてくれたのに、ナイショじゃなくなっちゃったじゃない」「えっ、あの、その、ええっ!」「よって悪いお兄ちゃんに、罰を申し渡します。私の口元に、漢字で変態って思い浮かべてください」「はいっ、思い浮かべました!」「カタカナのドを、漢字の左側に置いて」「うん、置いたよ」「じゃあ行くね」「よし、さあ来い!」「このっ、ド変態ッ!」「グハッッ!!」
 ビーズデコ針の練習で消費した三時間分の集中力に、ド変態と罵られた心労が加わった僕は、息も絶え絶えに台所へ向かったのだった。
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