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二十章
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その日の夕食会は、レバニラ炒めを筆頭とするスタミナ料理が、テーブルの上にところ狭しと並べられていた。今回の夕食会をスタミナ料理で埋め尽くすことを決定したのは、どうも美鈴らしい。僕が王冠制作の練習をしていることを智樹から聞いた美鈴は、その情報だけでスタミナ料理の必要性を悟ったそうなのである。疲労困憊で台所に現れた僕を見て、皆は美鈴の判断の正しさを褒めていたけど、僕の本音は違った。「僕の疲労の半分は美鈴にド変態って罵られた事にあって、そして美鈴はそこまで見越して献立を考えたんだと思うよ」というのが、本音だったのだ。とはいえそれを明かせるはずも無く、また明かせない事にストレスを感じることも無かった。正確には、嬉し過ぎてストレスを感じる暇がなかった。輝夜さんが初めて夕食会で、僕の隣に腰を下ろしてくれたからである。
この夕食会の席順は、テーブルの一方を女子が占め、その向かい側に男子が腰を下ろすことを基本にしている。もちろんそれは絶対的な決まりではなく、猛と芹沢さんが並んで座ることもあれば、北斗と昴が隣り合うよう皆で示し合わせることもあるといった具合に、男女が混ざるのは決して珍しくなかった。それでも、輝夜さんが隣に座ったことは一度もなかった。それに不自然さを感じていたのが正直なところだけど、席順の決定権は女子にあるべきと考えていた男子組は、よほどの事態が起きない限りそれへの介入を控えていた。そのよほどの事態があったのか否かを、僕は知らない。僕は台所に来る直前まで、王冠制作の練習に没頭していたからね。ただ何となく、事態云々は無関係な気がした。六日前のデート以降、輝夜さんに薄々感じていた、
―― 僕への遠慮の全放棄
が今回の件の主原因と、思えたのである。それは僕を無上に喜ばせただけでなく、去年の夏休みに掲げた目標を一年二か月越しに成就した達成感も、もたらしてくれたのだった。
去年の四月末、僕は輝夜さんを避け、逃げ続ける三日間を過ごした。それが輝夜さんをどれほど傷つけたかを知ったのは、三ヵ月半が経過した八月半ばのことだった。後悔に悶えた僕は償いの方法を探したが、そっとしておく事しかできなかった。僕がどんな働きかけをしても、それは輝夜さんの心の傷をえぐる行為になるため、遠くから見守るという消極的行動を選ぶしかなかったのだ。傷を癒すべく積極的な働きかけができたのは、唯一無二の親友にして最大最強最高のライバルである、昴だけだったのである。
昴は輝夜さんに、「昴のイジワル!」とたびたび言わせていた。輝夜さんはそれを介して心の奥底の感情を吐き出し、それが膿を取り除くように、輝夜さんの心の傷を癒していた。また輝夜さんも昴を「生まれながらの女王様~」などと挑発し、昴を激怒させることで、昴の鬱積を解放してあげていた。二人は互いへの遠慮を完全放棄し思いのままに振る舞っても、その全てが相手を助け友情を深める行為に繋がるという、真に唯一無二の関係を築いていたのだ。そうそれは、二人にのみ可能なことだった。僕はそこに、含まれていなかったのである。
無論そこに、男女差という巨大な壁が存在したのも事実だった。男同士なら、バカ話の末にバカ騒ぎをして絆を深め合うことが簡単にできても、男と女でも簡単かと問われたら、否と答えざるを得ない。漫画やアニメでお約束の、殴り合いを経て友情を強固にする漢達に強く惹かれても、相手が輝夜さんなんて想像することさえ不可能。このように男と女の間には、決して越えられない壁が存在するのも、事実だったのである。
それでも僕は、去年の八月半ばに目標を掲げた。輝夜さんが小学校卒業間際に心の奥底へ追いやった、負の感情を解消できる男にいつかなってみせると、僕は秘かに決意した。昴のようにはいかずとも、男同士のようにはできずとも、
―― 僕と輝夜さんにだけ可能な方法
を絶対発見してみせると、去年の夏に誓っていたのだ。
それから一年二か月が過ぎた、六日前の初デート。
レストランで食事した後の夜の遊園地という、ロマンチックが最高潮に達したあの瞬間。
右手を銃の形にして、輝夜さんの心臓をズキューンと射抜く真似をした僕に、
「黙れこの変態!」
と輝夜さんはブチ切れた。その数時間前、AICAの中で僕の頬をつねったとき微かな兆候を感じていたとおり、良家の令嬢として育てられた慎み深く控えめな自分を、輝夜さんはすべて脱ぎ捨てた。あのとき僕の目の前にいたのは、ロマンチックな時間を台無しにしたバカ男に怒る、ただの女の子だったのである。
もちろんあれが、輝夜さんの本質などと僕は考えていない。穏やかな清流も大嵐に見舞われ濁流と化すように、人は多種多様な側面を内在させているもの。状況に応じて表情を豊かに変化させる方が、素の自分をさらしてくれていると考えて正解なのだ。たおやかなお姫様の輝夜さんも、薙刀を凛々しく構える輝夜さんも、そしておてんば少女の輝夜さんも、僕は堪らなく好きなのである。
それでも尚、こうして隣に座ってくれたことが、僕はこの上なく嬉しかった。それをしなかった前回までと、初めてそれをした今回の間に、遠慮をすべて捨てたあの瞬間があったことが、僕は無上に嬉しかった。一年二か月越しの目標を成し遂げ、輝夜さんの心の傷を癒せるようになった自分へ、達成感と無限の感謝を僕は捧げていたのだ。
それが、心身に影響を及ぼしたのだと思う。いただきますと手を合わせ、レバニラ炒めを小皿に取り分けている最中、輝夜さんの左隣に座った美鈴が輝夜さんに耳打ちした。
「お兄ちゃんのためにスタミナ料理をたくさん作ったのに、食べる前に全回復しちゃうなんて、お兄ちゃんってホント・・・・よね!」
最も気になる個所に差し掛かるや、僕が聞き取れぬよう殊更耳を近づけた美鈴に、輝夜さんが嬉々として応えた。
「そうなの、眠留くんは正真正銘の、・・・・なのよ!」
「言えてる~」「だよね~」
てな感じに、二人は食事をするのも忘れてやたら盛り上がっている。「・・・・」の箇所は幾度聞いても判らないがそんなのどうでもいい僕は、レバニラ炒めを始めとするスタミナ料理を、二人のために喜んで取り分けたのだった。
この夕食会の席順は、テーブルの一方を女子が占め、その向かい側に男子が腰を下ろすことを基本にしている。もちろんそれは絶対的な決まりではなく、猛と芹沢さんが並んで座ることもあれば、北斗と昴が隣り合うよう皆で示し合わせることもあるといった具合に、男女が混ざるのは決して珍しくなかった。それでも、輝夜さんが隣に座ったことは一度もなかった。それに不自然さを感じていたのが正直なところだけど、席順の決定権は女子にあるべきと考えていた男子組は、よほどの事態が起きない限りそれへの介入を控えていた。そのよほどの事態があったのか否かを、僕は知らない。僕は台所に来る直前まで、王冠制作の練習に没頭していたからね。ただ何となく、事態云々は無関係な気がした。六日前のデート以降、輝夜さんに薄々感じていた、
―― 僕への遠慮の全放棄
が今回の件の主原因と、思えたのである。それは僕を無上に喜ばせただけでなく、去年の夏休みに掲げた目標を一年二か月越しに成就した達成感も、もたらしてくれたのだった。
去年の四月末、僕は輝夜さんを避け、逃げ続ける三日間を過ごした。それが輝夜さんをどれほど傷つけたかを知ったのは、三ヵ月半が経過した八月半ばのことだった。後悔に悶えた僕は償いの方法を探したが、そっとしておく事しかできなかった。僕がどんな働きかけをしても、それは輝夜さんの心の傷をえぐる行為になるため、遠くから見守るという消極的行動を選ぶしかなかったのだ。傷を癒すべく積極的な働きかけができたのは、唯一無二の親友にして最大最強最高のライバルである、昴だけだったのである。
昴は輝夜さんに、「昴のイジワル!」とたびたび言わせていた。輝夜さんはそれを介して心の奥底の感情を吐き出し、それが膿を取り除くように、輝夜さんの心の傷を癒していた。また輝夜さんも昴を「生まれながらの女王様~」などと挑発し、昴を激怒させることで、昴の鬱積を解放してあげていた。二人は互いへの遠慮を完全放棄し思いのままに振る舞っても、その全てが相手を助け友情を深める行為に繋がるという、真に唯一無二の関係を築いていたのだ。そうそれは、二人にのみ可能なことだった。僕はそこに、含まれていなかったのである。
無論そこに、男女差という巨大な壁が存在したのも事実だった。男同士なら、バカ話の末にバカ騒ぎをして絆を深め合うことが簡単にできても、男と女でも簡単かと問われたら、否と答えざるを得ない。漫画やアニメでお約束の、殴り合いを経て友情を強固にする漢達に強く惹かれても、相手が輝夜さんなんて想像することさえ不可能。このように男と女の間には、決して越えられない壁が存在するのも、事実だったのである。
それでも僕は、去年の八月半ばに目標を掲げた。輝夜さんが小学校卒業間際に心の奥底へ追いやった、負の感情を解消できる男にいつかなってみせると、僕は秘かに決意した。昴のようにはいかずとも、男同士のようにはできずとも、
―― 僕と輝夜さんにだけ可能な方法
を絶対発見してみせると、去年の夏に誓っていたのだ。
それから一年二か月が過ぎた、六日前の初デート。
レストランで食事した後の夜の遊園地という、ロマンチックが最高潮に達したあの瞬間。
右手を銃の形にして、輝夜さんの心臓をズキューンと射抜く真似をした僕に、
「黙れこの変態!」
と輝夜さんはブチ切れた。その数時間前、AICAの中で僕の頬をつねったとき微かな兆候を感じていたとおり、良家の令嬢として育てられた慎み深く控えめな自分を、輝夜さんはすべて脱ぎ捨てた。あのとき僕の目の前にいたのは、ロマンチックな時間を台無しにしたバカ男に怒る、ただの女の子だったのである。
もちろんあれが、輝夜さんの本質などと僕は考えていない。穏やかな清流も大嵐に見舞われ濁流と化すように、人は多種多様な側面を内在させているもの。状況に応じて表情を豊かに変化させる方が、素の自分をさらしてくれていると考えて正解なのだ。たおやかなお姫様の輝夜さんも、薙刀を凛々しく構える輝夜さんも、そしておてんば少女の輝夜さんも、僕は堪らなく好きなのである。
それでも尚、こうして隣に座ってくれたことが、僕はこの上なく嬉しかった。それをしなかった前回までと、初めてそれをした今回の間に、遠慮をすべて捨てたあの瞬間があったことが、僕は無上に嬉しかった。一年二か月越しの目標を成し遂げ、輝夜さんの心の傷を癒せるようになった自分へ、達成感と無限の感謝を僕は捧げていたのだ。
それが、心身に影響を及ぼしたのだと思う。いただきますと手を合わせ、レバニラ炒めを小皿に取り分けている最中、輝夜さんの左隣に座った美鈴が輝夜さんに耳打ちした。
「お兄ちゃんのためにスタミナ料理をたくさん作ったのに、食べる前に全回復しちゃうなんて、お兄ちゃんってホント・・・・よね!」
最も気になる個所に差し掛かるや、僕が聞き取れぬよう殊更耳を近づけた美鈴に、輝夜さんが嬉々として応えた。
「そうなの、眠留くんは正真正銘の、・・・・なのよ!」
「言えてる~」「だよね~」
てな感じに、二人は食事をするのも忘れてやたら盛り上がっている。「・・・・」の箇所は幾度聞いても判らないがそんなのどうでもいい僕は、レバニラ炒めを始めとするスタミナ料理を、二人のために喜んで取り分けたのだった。
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