僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
766 / 934
二十章

14

しおりを挟む
 あれから二時間経った、午後六時。
 場所は、神社の台所。
 輝夜さんと昴は部活を休み、僕に夕ご飯を作ってくれた。これには合同喫茶に行けない僕をもてなす意味があり、そういう事なら北斗も呼ばねばと僕はすぐメールしたのだけど、明日のお味噌汁の準備があるらしくそれは叶わなかった。本来の計画では今日の営業中に並行して明日の準備をするはずだったのだが、味噌汁が大好評で作ったそばから売れに売れ、明日の分がすっからかんになってしまったそうなのである。最終下校時刻まで頑張っても間に合わないと判断した北斗は、お味噌汁担当の六人を自宅に招き、今も調理に励んでいる。女子三人は六時に帰宅してもらったが、男子三人は八時半まで続けて、そのまま泊る予定だと北斗はメールに書いていた。北斗が来られないなら、他の夕食会メンバーを呼ぶ訳にはいかない。かくなる次第で、メイド姿の輝夜さんと執事姿の昴にご飯を作ってもらうという普通なら目尻を下げまくる状況にいても、僕は心身の硬さを取り除くことができずにいた。
 そのはずだったのだけど、
「あのねえ眠留、もう少し落ち着いて食べなさい」
 昴にあきれ声で注意されたように、久しぶりに食べる超絶美味なケチャップオムライスを、硬さどころか何もかも忘却して僕はがっついていた。ケチャップ炒飯を卵焼きでくるんだだけの料理にこうも惹き付けられる理由の99%は、火加減にある。火加減を最重視する料理一位の卵焼きと、二位の炒飯を融合したオムライスを美味に仕上げるためには、卓越した温度管理が不可欠なのだ。よって、
「眠留くん、昴のようにできずごめんなさい。お代わりのオムライスです」
 輝夜さんは明らかに肩を落とし、お代わりの二皿目をテーブルに置いた。さすがにこれは、何もかも忘れてはいられない。僕は懸命に、輝夜さんのフォローをした。
「いやいや輝夜さん、この卵焼きメチャクチャ綺麗で美味しいよ! 色も均一だし形も完璧なアーモンド形、卵にとろみは残っていても中から汁が出てくることはない。味も抜群だし、輝夜さんのオムライスもお店で通用するレベルだと思うよ!」
 これは嘘ではない。オムレツをケチャップ炒飯の上に乗せただけのオムライスを輝夜さんは恥じているが、そんな必要はホントまったく全然ない。オムライス専門店の職人でもないのに絶妙な半熟卵焼きで炒飯をまるっと包んでしまう昴が、非常識なのである。僕は言葉を尽くして輝夜さんのフォローをし、輝夜さんも幾分立ち直ってくれたようだけど、それは無駄だった。なぜなら、
「はい輝夜、どうぞ召し上がれ」
 昴が作りたてのオムライスを輝夜さんの手元に置くや、
「うわあ綺麗、凄い、美味しい、幸せ~~!」
 輝夜さんは幸せの絶頂としか表現しえない笑顔に、たちまちなったからだ。まあでも、これは仕方ない。北斗の持論の「百聞は一見に如かず、百見は一口に如かず」によるなら、一万語を費やしたフォローより絶品オムライスの一口の方が、輝夜さんを立ち直らせて当然だからである。そんな輝夜さんをほのぼの見つめてから台所へ行き、本日最後の料理である自分用のオムライスを作る昴の後ろ姿に、僕は胸中手を合わせた。そしてそれは、僕が久しぶりに昴のオムライスを食べた、理由でもあったのだった。
 昴によると、うちのガスレンジの火力で一度に調理可能な美味しい炒飯の量は、二人前が上限らしい。専門店の大火力ガスレンジならもっと大量に作れても、ここでは二人前が精一杯なのだそうだ。然るに今回の夕食でオムライスを食べたのも二人ずつであり、順番は祖父母、貴子さんと美鈴、僕が二人前、そして輝夜さんと昴だった。そう昴は、自分以外の全員分を作り終えないと、自分用のオムライスを決して作らないのである。従って人数が十一人増える夕食会では昴に悪すぎ、このメニューを封印するしかなかったのだ。
 言い訳にしかならないが、僕が二人分を食べるのは貴子さんのためでもある。僕を二人前にすれば、祖父母の次を貴子さんと美鈴にできるからね。美鈴はそれをとても恐縮し、いつも決まって申し訳なさそうにしているけど、オムライスを一口食べるや百点満点の笑みになるのでこの順番が定着している。昴のプレーンオムレツを好きな料理の筆頭にしている美鈴にとって、オムライスはきっと僅差の二位なんだろうな。
 輝夜さんと美鈴もこれから数をこなしていけば、半熟卵焼きで炒飯を包めるようになるだろうが、今はまだ不可能。とはいえ、真に美味しい料理を経験するのは、早ければ早いほど良いのも事実。夕食会で昴のオムライスを振る舞う工夫を、僕はあれこれ考えていた。
 そうこうするうち、昴がテーブルに帰って来た。調理を終えエプロンを脱ぎ、執事姿全開モードになった昴は、某歌劇団の男役トップが洋食店に来店したようにしか見えなかった。視線を隣に移し、メイド姿の輝夜さんを視界に入れるや、貴族のお屋敷で賄い料理を一緒に食べている錯覚に陥るんだけどね。
 昴のオムライスを全員で褒め称え、続いて具沢山スープとサラダの美味しさを称える時間に移ったのち、話題は文化祭へと変わった。美鈴のクラス展示はお化け屋敷らしく定番の一つと言えるが、松井の演出が秀逸で非常に面白いそうだ。ただ、お化け屋敷はどうしても入場制限をせねばならず、順番待ちの列が非常に長くなってしまったから、「明日の予定が沢山あるお兄ちゃん達の来店は無理だと思う」と美鈴は結論付けた。美鈴の指摘どおり、確かに明日の僕は忙しい。まだ足を運んでいない必須展示こそ猛のウルトラクイズだけだが、校舎全体を使うあのクイズは所要時間が四十分かかるらしいし、京馬のクラスの縁日ももう一度行きたいし、真山のライブは二回とも見たいし、神崎さんと紫柳子さんと千家さんが来店したらシフト外でも接客したいし、そして北斗のおにぎりを食べたらお腹いっぱいで身動き取れなくなること必定とくれば、美鈴のお化け屋敷は諦めざるを得ない。美鈴の扮する雪女を見たいのはやまやまでも、それは一年男子も同じで美鈴の担当時間は長蛇の列が出現するそうだから、断念するのが無難だろう。輝夜さんと昴が今そうしているように、文化祭が終わったら雪女の衣装を着てくれるとの事なので、僕は美鈴の意見に大人しく従った。
 それ以降、台所の空気は少々重くなった。千家さんが明日の予約を入れていない件を契機に、序列意識へ話題が移ったのである。これには祖父母と猫達も大層興味を示し、水晶に至っては、話を間近で聴くべくテーブルの上に浮いていたほどだった。そんなお師匠様に輝夜さんと昴が張り切って事情を説明したお陰で、空気が重くなる程度で済んだんだけどね。
「ふむふむ、そなたらの妹弟子は立場上言えぬじゃろうから、儂が保障しよう。お主たちは正しい目標を掲げ、正しき道を邁進しておる。力を合わせ、突き進んでゆきなさい」
 水晶の言った妹弟子とは、咲耶さんの事。水晶は優れた教育者でもあり、それに心酔した咲耶さんが今年の六月に弟子入りを願い出て、めでたく受理されていたのだ。輝夜さんと昴も、水晶が言及した場合に限り咲耶さんを妹弟子として遇し、三人の関係を壊さぬよう工夫している。よって今回も、二人は妹弟子への配慮のお礼を述べ、そんな弟子達の仲の良さに水晶が福神様となったところで、台所の重い空気は一掃された。姉弟子と妹弟子という序列を、善にするか悪にするかを別つのは当事者たちの心である事を、水晶は示してくれたのだと僕は考えている。

 その日の、就寝五分前。
「うん、やはり荒海さんと千家さんに、電話はかけないでおこう」
 そう独り言ち、僕はハイ子を枕元に置いた。寝る準備をすべて終えた八時半から、約三十分間。お二人と連絡を取るか否かを、握りしめたハイ子を見つめながら僕はずっと考えていた。そして最終的に、取らない方を選択したのだ。理由はこれ。
 ――二人は、夫婦になる人達だから
 夫婦になる二人は、これから長い年月をかけ、絆を最も強く育てる二人になっていく。
 然るに二人を大切に想うなら、二人が絆を強固にする機会を奪うべきではない。
 そして二人は今、その真っただ中にいるのだと、僕は結論づけたのである。
 瞼を降ろし、僕は眠りの世界へ降下してゆく。
 だがその境界を越える直前、外部へ意識を向けるあまり内部を疎かにしていたことに気づいた。枕もとのハイ子を慌てて掴み、最も強い絆を育むべき人へメールを送る。
『悩んだ末、荒海さんと千家さんに連絡は入れなかった。お休み、輝夜さん』
『眠留くんがそう判断したなら、それがベストだと思う。お休み、眠留くん』
 返信が五秒とかからず届いたことへの感謝を、明日どうやって伝えよう。
 巡って来る明日を楽しみにしつつ、僕は今度こそ眠りの境界を越えたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...