僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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 真山は最終ライブを、トークショーを挟まず三曲連続で歌い切った。そして「湖校、最高ッッ!!」と叫び、煌めく無数の光に包まれて、空の彼方へ消えていった。
 言うまでもなく、それは3D映像による演出。しかし参加者全員が心を一つにして盛り上がったライブというものは、非日常的な感覚を芽生えさせるのだろう。光に包まれた真山が天に帰ってゆく光景を、観客の誰もが納得した表情で見つめていた。
 またこの演出は、アンコールが不可能な環境でライブを終らせる方法としても広く知られていた。教育AIがそれを狙っていたのは間違いない。ただ今回のライブに限って言えば、それは二番目以降の目的にすぎず、筆頭目的は生徒を休ませることだったと僕は考えている。実際、天に帰ってゆく真山を見上げていた大勢の生徒が、光の粒になって真山が消えた途端、顔を上に向けたままその場に座り込んでいた。これは、
 ―― 体が問答無用で休憩を求めた
 という事に他ならない。仮にいつもどおり、二曲目と三曲目の間にトークシューを挟んでいれば、こうはならなかったはず。トークショーの間に呼吸を整え、不足気味だった酸素を全身に行き渡らせることが出来たからだ。しかし真山は、あえて三曲を続けざまに歌った。トークショーを省いても観客が不満を覚えぬよう冒頭に打ち明け話を持って来て、かつ会場のテンションを爆上げしてから、曲を連続して歌うスケジュールに変更した。そうすることでアンコールをせずとも不満が一切残らない状況を、つまり休憩こそを体が一番に欲する状況を、真山は意図的に作り上げたのである。いやはやホント、真山は世界レベルの歌手なんだなあ・・・
 話を戻そう。
 ライブ後に訪れた休憩時間は、非常に稀有なひとときとなった。芝生に座り込んでいても疲労困憊では決してなかったから、瞑目し胸に手を添えて余韻に浸る人もいれば、周囲の友人とライブについて静かに語り合う人もいれば、抱き合ってひたすら泣いている女の子たちもいると言う、各自が思い思いの時間を過ごしていた。けどこれが、非常に稀有なのではなかった。それは独りという感覚に、
 ―― 誰も陥らなかった
 ことにあった。同じ想いを胸に同じ時間を共有した事をここにいる全員が知っていたため、各々が自分なりの時間を過ごしていても、孤独を覚えた人が誰もいなかったのである。人生で二度とやって来ない二年生文化祭の最後の一時間ちょっとを、大勢の生徒達と共有できた幸福を、ここに集まった皆は胸にひしひしと感じていたのだった。
 とはいえ、時間は無限ではない。文化祭の残り一時間ちょいに予定がびっしり詰まっている人も、沢山いるのである。その一人の僕は最初に着手すべき事として、秋吉さんへのメールを選んだ。秋吉さんは今、コスプレ写真店のシフトに就いているからね。返信はすぐ成され、ライブの影響で十分の遅れが生じている事と、撮影時間を一分短縮する協力をお客様に呼びかけたことが綴られていた。撮影時間の一分短縮は充分可能と立証されているから、予約されている十三カップルに問題は生じないだろう。僕は秋吉さんの機転を称賛し、メールを終えた。そのつもりだったのだけど、
 ピロポロロン
 更なるメールの着信音をハイ子が奏でた。音を耳にしただけで深刻な内容と分かる秋吉さんのメールを、落ち着いて開いてみる。そこには、こう書かれていた。
『私達の独断で最後に予約を入れた、千家さんは来てくれるかな?』
 わからない、と2Dキーボードに十指を走らせた。だがそこで指を止めず、こう打ち込み送信した。
『千家さんがどのような判断をしても、僕は千家さんの味方だよ』
 するとすぐさま電話が鳴り、
「もう、わかり切ったことを言わないでよ!」
 てな具合に、僕は秋吉さんに直接叱られてしまったのだった。

 二時五十五分、次の行動に移るべく僕らは腰を上げた。女の子たちが目指したのは、更衣室。対して野郎共は更衣室ではなく、鬼斬道の屋外飲食場を目指した。四合おにぎりとの決戦の場へ、向かったんだね。その道すがら、
「水場の蛇口に飛びつき、思うぞんぶん水を飲みたい――ッッ!!」
 という強力な伏兵に襲われるも、男子五人で励まし合いそれを打ち負かした。水でお腹がタプタプになると、食事の摂取量がどうしても減る。吸収速度の速いスポーツドリンクならタプタプを避けられても、ドリンクに含まれるカロリーが空腹を僅かとはいえ満たすため、摂取量はやはり減少する。したがって喉がカラカラのまま戦いに臨み、
 ―― 水分はおにぎりから吸収すべし
 と男子五人で決定したのだ。カロリー消費による空腹増強も兼ね、僕らは普通の歩調を早足に切り替えて水場を後にした。
 午後三時まで残り数分という、この時間。小腹が空き喫茶店へ足を向ける生徒は多数いても、食事をガッツリ取ろうとする生徒は、やはり少ないのだろう。昨日のお昼はほぼ満席だった八つの屋外テントは校舎寄りの四つのみが満席で、隣の二つは空席が目立ち、そして校舎から離れた二つはまったくの無人になっていた。北斗のクラスメイトには悪いが、僕らにはその方が好都合。もうすぐ合流するスーパースターが大勢の女子を引き連れてくることを考慮し、人のいない七つ目のテントに僕らは腰を下ろした。
 おそらく北斗の計らいなのだろう、昨日はあったお水のサービスが僕らのテーブルにはなかった。ギリギリの戦いに挑む戦士としてはありがたいが、空腹と喉の渇きにあえぐ食べ盛り男子としては凹まざるを得ない。水を飲めば渇きを癒せるだけでなく、隣のテントから届くおにぎりの匂いを意識外へ追い出しやすくなるとくれば尚更なのだ。僕らは目を閉じ拳を力いっぱい握りしめ、耐えがたきを耐え忍びがたきを忍んでいた。
 するとそこに救世主が降臨した。真山が前触れなく、テーブルの傍らに現れたのである。
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