僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
778 / 934
二十一章

12

しおりを挟む
 するとそこに救世主が降臨した。真山が前触れなく、テーブルの傍らに現れたのである。
 驚く僕らに真山が種明かししたところによると、「大人が中に入って横たわれるサイズの段ボール箱」にしか見えない特別な箱が、湖校にはあるらしい。その箱を乗せたAIカートがステージ裏の備品置き場にあらかじめ停車していて、ライブが終わりステージを去るや真山はその箱の中に入り、誰にも見つかることなく実技棟の東端に到着したと言う。箱の中は冷房が効いており非常に快適、かつタオルや着替えも用意されていたのでそのままそこで休み、僕らが中庭を発つ素振りを見せると同時に着替え始め、蜃気楼壁に守られてこのテントにやって来たのだそうだ。そんな特注箱があるなど露とも知らずただ驚くばかりの僕らに、
「上級生の文化祭のライブでは数年に一度使われるらしいから、秘密にしててね」
 真山は再び種明かしをした。が、人差し指を口に当てウインクしながらそれを話す必要が、果たしてあったのだろうか。性別を度外視する色っぽさに頬を赤らめた僕らはそれを誤魔化すべく一斉に立ち上がり、五人総出で真山をくすぐりまくってやった。けどまあそのお陰で空腹と喉の渇きを忘れられたし、何よりこの六人でこうしてじゃれ合えたのは文化祭では初めてだったから、真山のアレはファインプレーだったのだろう。
 だが真山、アレは心臓に悪いから、乱発は控えてくれよな!
 なんてワイワイやっているうち、
「ん?」「何あれ?」「ひょっとして四合おにぎり?」「えっ、わたし初めて見た!」「この時間に挑戦者が出たの?」「しかも六個あるぞ!」「誰だ、誰が挑戦するんだ!!」
 とのどよめきが隣のテントから聞こえて来た。その方角へ顔を向けてようやく、周囲にミラージュウオールが展開していたことに気づいた僕らの耳に、教育AIの「解除するね」の声が届く。蜃気楼が消えた視界の先に、大きなお盆を両手で抱えた店員が三人浮かび上がり、そしてそのお盆の上に、それはそれは巨大なおにぎりが二個ずつ乗っているのを僕らは認めた。そのとたん、
 ゴックン!
 演出として表記される擬音ではない、真に鼓膜を震わせるゴックンという音を六人の喉がそろって奏でた。と同時に、
「「「キャ――ッ、真山君!!」」」
 の歓声が立ち昇ったらしいが、僕らはそれを欠片も覚えていない。僕らが思い出せるのは六人全員で素早く椅子に座ったことと、とめどなく溢れ出る唾と、そして胃壁が胃酸で溶ける鋭い痛みの三つだけだった。いや白状すると、少なくとも個人的には、両手で抱えた四合おにぎりが半分になる過程も僕は覚えていない。絶品おにぎりに大満足し無我夢中でがっついていたのは間違いないのだが、それを記憶しているのは歯や舌や胃袋といった消化器系のみで、記憶の中枢であるはずの脳にそれがまったく刻まれていないのである。僕の脳が理知的な思考を取り戻したのは、両手でかかえたおにぎりが半分になってからであり、そしてその瞬間、
 ―― 完食できる!
 と僕は確信した。水を思うまま飲んでいたら、絶対不可能だった。真山ライブに二連続参加しなかったら不可能だったし、販促活動を七十分間しなかったら不可能だったし、写真館のシフトと輝夜さんとのウルトラクイズに全力投球しなかったら、同じく不可能だった。朝食を二時間早く食べ、文化祭二日目を全身全霊で駆け抜け、そして食べ物を一切摂らなかったからこそ、両手で抱えるほど巨大な四合おにぎりの完食へ、確かな手応えを感じることができたのである。僕は安堵し、息をゆっくり吐いた。
 顎の休憩を兼ね、仲間達へ目を向けてみる。おにぎり制覇の進捗度は横並びで、ドングリの背比べと言ったところ。昨日より余裕があるのも共通しており、全員が完食の手ごたえを得ているようだった。ならば僕も、うかうかしてはいられない。顎の休憩を終え、僕はおにぎりにかぶりついた。それを待ってましたとばかりに、
「がんばれ眠留くん!」
 輝夜さんの応援がテントに響いた。実を言うと僕らが来たころは無人だったこのテントは、今やギャラリーで埋め尽くされていた。輝夜さん、昴、芹沢さん、那須さん、香取さん、美鈴の夕食会メンバーの女子組六人が勢ぞろいしていたのはもちろん、家庭料理教室の白鳥さんに剣道部の大和さん、騎士会で仲良くなった女の子に旧十組の女の子に全然知らない子たちといった具合に、大勢の女子が僕らの周囲を取り囲んでいたのである。僕は恥ずかしさのあまり硬直し、それが五人の仲間にも伝播し、全員の動きがぎこちなくなる。そんな僕らに女の子たちはコロコロ笑い、次いでギャラリーの男子達もゲラゲラ笑い出し、そしてその笑い声と一緒に、沢山の声援が飛び交うようになった。恥ずかしさが吹き飛び、四合おにぎりに挑戦する戦士としての気概が心に戻って来る。戦士に戻ったのは五人も同じだったため、僕らは咀嚼を続行しつつ目配せとジェスチャーで意思疎通し、今年の夏の夕食会で披露した花火体操の一幕の六人ガッツポーズを、
 ビシッッ!!
 寸分の狂いなく見せつけてやった。咀嚼を止めずおにぎりも手放さないのに、完璧にシンクロして周囲にガッツポーズを決める僕ら六人に、ギャラリー達が腹を抱えて笑い始める。テンションをますます上げた僕らはコントのノリでおにぎりにかぶりつき、笑いと声援は一層増え、それに気をよくしてニコニコもぎゅもぎゅを繰り返しているうち、いつの間にかおにぎりは、右手に残る最後の一口だけになっていた。悔しいけどそうなったのは僕が最後で、僅差とは言え僕以外は咀嚼と嚥下を既に終えており、演技過多のドヤ顔を五人が僕に向けるものだから、僕は般若顔を返した。けどまあそれこそが演技過多に他ならず、六人でクスクス笑っているうち、僕も咀嚼を終え嚥下。僕ら六人は掌の上に最後の一口を乗せ、そしてタイミングを合わせ、
 パックンッ
 全員そろってそれを口に放りこんだ。その瞬間、
「「「「ウオオォォ―――ッッ!!」」」」
 雄叫びが周囲に満ちる。おにぎり完食でようやく両手が空いた僕らは立ち上がり、ハイタッチを繰り返した。そして最後はお約束の、
 ビシッッ!!
 六人フォーメーションによる寸分の狂いもないガッツポーズでもって、僕らは四合おにぎりとの戦闘を終えたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

現代ダンジョン奮闘記

だっち
ファンタジー
15年前に突如としてダンジョンが登場した現代の地球。 誰が何のために。 未だに解明されていないが、モンスターが落とす魔石はすべてのエネルギー源を代替できる物質だった。 しかも、ダンジョンでは痛みがあるが死なない。 金も稼げる危険な遊び場。それが一般市民が持っているダンジョンの認識だ。 そんな世界でバイトの代わりに何となくダンジョンに潜る一人の少年。 探索者人口4億人と言われているこの時代で、何を成していくのか。 少年の物語が始まる。

スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました

東束末木
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞、いただきました!! スティールスキル。 皆さん、どんなイメージを持ってますか? 使うのが敵であっても主人公であっても、あまりいい印象は持たれない……そんなスキル。 でもこの物語のスティールスキルはちょっと違います。 スティールスキルが一人の少年の人生を救い、やがて世界を変えてゆく。 楽しくも心温まるそんなスティールの物語をお楽しみください。 それでは「スティールスキルが進化したら魔物の天敵になりました」、開幕です。 2025/12/7 一話あたりの文字数が多くなってしまったため、第31話から1回2~3千文字となるよう分割掲載となっています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...