僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

蠍座の赤色巨星、1

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 それから四日経った、湖校文化祭の最終日となる土曜日。
 新忍道部は今年も、お祭りを賑わすイベントの一つとして文化祭に参加した。ただ幾つか、今年は去年と異なる事があった。その一つは、開催場所。去年はいつもの練習場でモンスターと戦ったが、今年は見学者が数千人に上ると教育AIが予想したこともあり、第二グラウンドでの開催となったのである。あまりの広さに足を踏み入れただけでテンション爆上げになる、と噂に聞いていた通りの、南北250メートル東西500メートルの天然芝の大地に、僕は我を忘れて雄叫びを上げたものだった。
 その雄叫びには、芝生の高品質さへの感嘆も含まれていた。第二グラウンドには芝生の手入れを行う専用ロボットが六台設置されており、新忍道部の芝生の手入れもその一台がはるばるやって来て一日おきに行ってくれているのは同じなのに、足に伝わって来る感触がまったく違った。ここの芝生を畳の上に敷いた和布団に譬えるなら、練習場の芝生は、板張りの上に敷いた和布団だったのである。まったく同じ布団でも畳と板張りでは、体の回復度に差が出てくる。長期間使用すれば、差は益々広がるだろう。十五歳から十八歳という時期を生きる生徒達の、関節や靭帯を守ってくれるこの高品質の芝生に、僕は胸中手を合わさずにはいられなかった。
 と、思わず芝生について熱く語ってしまったけど、新忍道部のイベントは大成功を収めた。サタン戦が、とにかく盛り上がったのである。実際に戦ったのではなくインハイ決勝の様子を等身大映像で再現しただけだったが、サタンの恐ろしさと真田さん達の凄まじさを十全に伝えることが出来たのだ。二千五百人の観客はサタンの纏う根源的恐怖に顔を青くし、すべてを斬り割く次元爪に心臓を押さえ、その次元爪を紙一重で回避する三戦士の無事を必死で祈るうち、心のリミッターがどんどん解除されていったのだろう。三戦士がサタンに勝利するや、観客は一斉に咆哮した。そうそれは人の雄叫びより野生動物の咆哮に近く、生命力の一時的増加を生物本能として経験した観客達は、「観戦後は観戦前より体が軽くなり五感が鋭くなった」と口々に話していた。とはいえそれは一時的な現象にすぎず、生命力増加が終わると空腹を覚えたのか二千五百人は一斉に飲食店を目指し、売り上げ増に多大な貢献をしたと言われている。
 順序が逆になってしまったが、サタン戦の前に、実際の戦闘ももちろん披露した。ただ時間の都合上、去年のような学年ごとの戦闘は諦めるしかなく、その代わり一年生から五年生までの十二人によるボスモンスター戦を見てもらった。お祭りの特別仕様として体高を五割増しにしたトカゲ王の繰り出す、全長12メートルの尾による回転全体攻撃は、二千五百人の観客を大いにどよめかせていた。
 言うまでもなく、千家さんと杠葉さんも観戦に来てくれた。お二人が並んで声援を贈る光景は、文化祭のただのイベントを、二柱の女神による天覧試合が如きにしてしまった。千家さんがメールで「ナイショだからね」と特別に教えてくれたところによると、杠葉さんは湖校入学時から将来の撫子部部長および二つ名持ちとして期待されていたらしく、そして杠葉さんにとってその期待は、誰にも明かせない重荷になっていたそうだ。撫子部の部長は引退しても二つ名は卒業まで背負わねばならず、去年の六年生のように二つ名持ちが二人いたらどんなに楽だろうと、杠葉さんは常々思っていたと言う。そう打ち明けられたのち、
「だから私となるべく一緒にいて~~」
 と杠葉さんに泣き付かれたことを、たいそう恥ずかしげに、それでいて喜んでいるのがしっかり伝わって来る文体で、千家さんはメールに綴っていた。千家さんと杠葉さんという二柱の女神が観客席でおしゃべりを楽しんでいる様子は、永遠に色あせない記憶として僕の魂に刻まれたのだった。

 その日は夕食会後に、旧十組の大望について話し合う日でもあった。様々なことを話し合った結果三つの決定が成され、うち一つは、「旧十組の級友達がクリスマス会とプレゼン大会で積極的に働けるよう陰から助ける」というものだった。今年の二年生文化祭は、夕食会メンバーが実行委員や実行委員並に働いた八クラスが上位を独占した。この八クラス以外の元級友達もクリスマス会とプレゼン大会では積極的に参加し、かつ積極的になってもクラスメイトの反感を買わぬよう、陰から援助する決定がなされたのである。援助の第一弾として、二年生文化祭での僕らの経験を一週間以内に文書化し、旧十組の掲示板に掲載する決定がなされた。またそれは、今日の話し合いによる二つ目の決定でもあった。
 決定した最後の一つは、二十組の生徒を、旧十組の生徒に引き合わせることだった。今回の文化祭を経て、二十組の生徒は旧十組の大望を知り、それに同意し、そして大望が成就するようクラス全員で努めた。それは二年に進級して初めての出来事であり、よって二十組の生徒は同じ目標を抱く同志に他ならず、ならば旧十組との会合の場を速やかに設けるべし、との事になったのである。その旨をしたためたメールを僕が二十組の生徒に、北斗が旧十組の生徒に送ったところ、わずか十分で全員から返信があった。こうして明日午後八時、学内ネットの秘密掲示板で、二クラスによる初会合を開くことが決まったのだった。
 話は前後するが、二クラスの初会合メールに関し、夕食会メンバーの女性陣が示唆に富む主張をした。ニ十組の生徒と旧十組の生徒には、部活や選択授業等を介して友人知人になっている人達が複数いるのは間違いない。その人達は明日の夜を待たず、大望について私的なやり取りをしても良いことを、
 ―― それとなく
 匂わせておくべきと女性陣が主張したのだ。この件で最も重要なのは「それとなく」の箇所であると彼女達が強調したのは、京馬への優しさだろう。友人知人が二クラスにいる人もれいればいない人もいるから、いない人に配慮せねばならぬのは京馬にも容易く理解できても、配慮の必要性が男女で何倍も違うことは、京馬にはまだ難しかったのである。その京馬への配慮として、彼女達は友人知人の有無に関する女性特有の感情を、男子全員に語りかけるが如く丁寧に説明した。京馬は非常に驚き、それを教えてくれた彼女達へ感謝を述べ、男女の違いについてひとしきり感心していたが、
「あれ? ひょっとしてこの時間は、俺一人のための時間だった?」
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