僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

やあ眠留、1

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「やあ北斗、お早う!」
 元気よくそう挨拶した僕に、北斗は万感の想いが一気に押し寄せて来て困惑しているような表情を一瞬浮かべたのち、頭を抱えてガックリ項垂れた。
 まあそれが、普通の感覚だよね。
 という僕の気持ちを、北斗は感じたのだと思う。いや思うじゃなくて、きっと感じたはずなのだ。今僕は翔体を纏っており、そして翔体は心の現れだから、心の中でポソッと呟いただけの「普通の感覚だよね」を、北斗はテレパシーとしてばっちり聞いたに違いないのである。というかそもそも「お早う」の挨拶自体がテレパシーだったことを、僕は完全に忘れてしまっていた。一年前、岬静香さんに翔体でお会いした時は、朝露の白薔薇と初めて会話した緊張のお陰で不用意なテレパシーを漏らすことを本能的に避けられたけど、北斗にはその本能が働いてくれなかったのだ。とはいえもし働いていたら、それを他人行儀と感じて北斗は悲しんだだろうけどね。
 それはさて置き、
「フハハハハッ! 恐怖のマッドサイエンティストたる我に『普通の感覚』など、もはや欠片も残っておらぬわ。眠留、思い知るがよい!」
 などと、午前四時半の屋外で声高らかに宣言したコイツを、僕は一体全体どうすれば良いのか。幸い昔と異なり、各家庭のHAIが今の宣言を相殺音壁で消してくれたはずだから、眠りを妨げられたご近所さんはいなかったと思うけど、北斗の中二病がこのままエスカレートすれば騒音罪に問われるかもしれない。いやそれはまだいい方で、ソーシャルカメラでは翔化中の翔人を捉えられないのが裏目に出て、
 ―― 心を患った少年が早朝に屋外で騒いでいる
 と、司法AIが判断してしまうかもしれないではないか! ウギャアどうしようと恐慌に見舞われた僕をよそに、中二病まる出しのポーズを決めて2Dキーボードを呼び出した北斗は十指を閃かせ、未来SFアニメに出てきそうな3D銃を虚空に映し出した。それを掴み、北斗は銃口を僕に向ける。新忍道部で鍛えまくった、銃を構える姿が惚れてしまうほどカッコ良かったことと、所詮3Dの虚像と高を括っていたことが裏目に出て、北斗が銃口から発射した高密高速の高等数学理論を、僕はまともに浴びてしまった。一年生の内に六年分の数学の単位を取った北斗が更に一年分先に進めた数学は僕にとって謎すぎ、しかもその謎数式が理論と共に高密度の高速テレパシーとして心の隅々へ広がって行ったため、
「クッッ・・・」
 僕は足を踏ん張り、ふらつく体を支えなければならなかった。仮に送られてきたのがネガティブ想念だったら、対魔邸訓練を活かして無効化できた。魔邸が翔人を攪乱する方法の一つにネガティブ想念照射があり、それを浴びても悪影響を受けぬよう、多少の訓練をこなしてきたからだ。しかし北斗が送って来たのは純粋な数学理論だったため、ポジティブ波長による中和が作用せず、無効化不可能だったのである。
 というテレパシーを利用した戦闘方法を、テレパシーを二度聞いただけで思い付けるなんて、北斗はマジどんな頭脳をしているのだろうか。いや北斗のことだから、僕が生命力圧縮による意識加速で高速テレパシーに対応したとしても、どこ吹く風で次の手を打ってくるに違いない。例えば「親友達と過ごした幸せな時間」みたいな、ポジティブに満ちた記憶を濃縮して送って来たら、僕はマタタビに酩酊した猫になること必定なのである。こりゃ分が悪すぎると判断した僕はせめてもの抵抗を示すべく、イメージ具現化で形成した白旗を振って、降参の意を伝えたのだった。

 その後、北斗が風邪を引く危険性を考慮し、七ッ星家にお邪魔させてもらう事となった。お邪魔させてもらうなんて他人行儀な気持ちはいつもなら抱かないけど、刀を腰に差して午前四時台に他家の敷居をまたぐとなれば話は別。しかも僕と末吉は半透明の体をしているから中途半端に霊感のある人がこの光景を見たら、
 ―― 少年と猫の幽霊を家に招き入れた!
 的な解釈をするかもしれないのである。まあそんな半端な人には見えぬよう普段より波長を高くしているから、大丈夫だと思うけどね。
 なんてことをアレコレ悩む時間は、末吉のファインプレーのお陰で五秒とかからず終わった。末吉が北斗の横にトテテと駆け寄り、
「やっと北斗と会話できるにゃ、これでストレスとおさらばにゃ」
 テレパシーでそう語り掛けるや、空気が一変したのだ。
「末吉、やっぱお前、話せたのか!」「むむ、北斗は何かを感じていたのかにゃ?」「当たり前だ、末吉といったいどれだけ遊んだと思っている。言葉の通じない猫の振りをしているのは最初だけで、途中からは会話が成立していないと無理な遊びを、二人で散々したじゃないか」「失敗したにゃ。でもそれ以上に、おいら嬉しいのにゃ~~!」
 てな具合に、二人は瞬く間に意気投合したのである。今までのストレスを蹴散らす勢いで会話しまくる二人の後ろ姿に胸を温められながら、ダメもとで水晶にテレパシーを送ってみる。すると、
 ―― 対魔邸訓練は、休むも時間をずらすも好きにしなさい
 水晶はにこにこ顔の映像付きで、テレパシーをすぐ返してくれた。僕は立ち止まり道場の方角へ体を向け、深々と腰を折る。そして北斗と末吉に負けぬワクワク感を胸に、七ッ星家の敷居をまたいだ。

 一人暮らしとほぼ変わらぬ暮らしをしている北斗の家に、ご両親の気配は今日もない。普段はそれに胸の痛みを覚えるけど、今日は有難かった。僕はイメージ具現化を再度使い、脱いだ足袋を玄関の三和土に残して、廊下に足を踏み入れる。その様子を不思議そうに見つめていた北斗の目が、末吉に移った。と同時に、
「二階の俺の部屋に来いよ!」
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