僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 と同時に、
「二階の俺の部屋に来いよ!」
 北斗は友人を自室に招く少年の顔になって言った。玄関すぐの場所に設けられた二階に続く階段へ、熱い視線を注いでいた末吉はそれを受け、
「二階にゃ二階にゃ、おいら初めてにゃ~~」
 小学三年生の僕を彷彿とさせるはしゃぎっぷりを見せた。うちの神社に二階はなく、月に一度訪れている輝夜さんの祖父母宅も平屋だから、末吉はこれが人生初の二階体験。かつそれに「友人の自室に招かれる」という初体験も加わった末吉は、嬉しくて仕方なかったらしい。スキップというより縦っ跳びになって、二階を目指していた。
 北斗の部屋は、階段を上った廊下の突き当りにある。十畳の洋室の中は温かかったが、暖房器具が最大出力で稼働していることから、自主練を早々に切り上げた北斗のためにHAIが大急ぎで部屋を暖めていると推測すべきだろう。「北斗、着替える?」「いや、汗をかいてないからこのままでいい」という予想どおりの会話を経て、北斗の用意した三枚の座布団の上に僕らは腰を下ろした。北斗が末吉に体を向け、問いかける。
「なあ末吉、お菓子とか温かい飲み物とかを、今も楽しめるか?」
 今は無理にゃと背中を丸めた末吉へ、次は用意しておくからぜひ遊びに来いと北斗は親指を立てた。前足を上げ肉球をわしわし動かしてそれに応えた末吉に吹き出してから、北斗は僕に体を向けた。
「今後の予定はどうなってる?」
 その問いには予定の他に、この状態でいられる可能時間への質問も含まれていると当たりを付け、答えた。
「僕も末吉も、この状態を何時間でも維持できるよ。僕はいつも肉体に戻ってから訓練をしているけど、今日は休んでもいいし時間をずらしてもいいって許可をさっきもらった。末吉は帰ったらいつもすぐ寝ているから、今すでに眠いとか?」
「そんな事ないにゃ! おいら眠くないのにゃ!」
 なんて反射的に、しかもムキになって否定するのは、もう眠い証拠。とは言うものの、初めての男同士の集まりなのにたった数分しか一緒にいられないなんて嫌だという末吉の気持ちも、同じ男として充分理解できるのも事実だった。さてどうしたものかと思案する僕を、聞いているだけで安心する太く豊かな声が包んだ。
「末吉が俺の部屋を安全な場所と認識し、心地よく寝てくれたら、俺は嬉しいぞ。遠慮せず自由に振舞える仲に、なれたって事でもあるしな」
 そう言えば眠留も小学生の頃はよくこの部屋で寝てたよな、疲れるまでアニメと漫画の話に没頭して二人で昼寝したよね、と思い出話に花を咲かせる僕らに顔を向けていた末吉の目が、駆け足でトロンとして来る。そんな自分を、潔く認めたのだろう。末吉はトロンとした目が完全に閉じてしまう前に、
「おいら寝るにゃ、お休みにゃ・・・」
 そう言って大きな欠伸をして、身をパタンと横たえ丸くなった。そして「またにゃ」とでも言うように一瞬輝き、座布団の上から消えて行った。
「こんなふうに消えるものなのか?」「猫は意識の一部を覚醒させたまま寝ることができて、末吉はそういう場合、姿をその場に残す。こんなふうに消えるのは完全に安心して、無防備に眠る時だけだね」「そうか、俺の部屋で安心してくれたか」
 座る者のいなくなった座布団を感慨深げに見つめつつそう呟き、北斗は瞼を閉じる。場の流れからそのまま数秒すごし、瞼を開けて改めて会話を再開すると思ったけど、
「訓練を休ませるのは忍びないな」
 北斗は瞑目したまま座法を正座に替え、そして瞼を開ける事なく話し始めた。
「眠留の神社について初めて真剣に調べたのは、昴が薙刀部を休部し眠留の神社で修業し直すことを、本人から告げられた日だった。親友の家族や先祖を詮索するのは信義にもとると思い避けて来たが、昴の人生を左右する出来事となると、気持ちを押さえられなかったんだ。眠留、すまん」
 瞼を開けて昴について話すと照れたり惚気たり咳き込んだりしてどうしても時間がかかり、僕に訓練を休ませてしまうかもしれない。よって瞑目したままにしてなるべく早く話を済ませ、訓練時間をずらす程度に留めよう。と、北斗は努力してくれているに違いない。そう解釈した僕は、「美鈴と真山が本格的に付き合い出したら、僕も北斗と同じことを絶対するよ」と断言した。「確かにそうだな」 納得顔でそう呟いた北斗は、さっきより鋭い語気で話を再開した。
 それによるとネットで幾ら調べても、ウチの神社が徳川家康に命令されて鎌倉から所沢に移って来たことまでしか判明しなかったと言う。だが一年時の夏休みの秋葉原行きが、転機をもたらした。紫柳子さんに見覚えがあった北斗は超絶頭脳をフル稼働させ、そしてその日のうちに、僕の母の神葬祭で見かけた年上の美少女が紫柳子さんだったことを思い出したのである。紫柳子さんの家族と僕の祖父母の様子から、近しい親族ではないが濃い付き合いをしていると当たりを付けた北斗は、狼嵐家について調べた。すると狼嵐家の神社も、徳川家康の命令で鎌倉から千葉に移ったことが判明した。だが何者かが、いや国家が意図的に情報封鎖しているが如く、調査はそれ以上進展しなかったと言う。それでも諦めなかった北斗は鎌倉時代初期の調査を多方面から続け、そしてあるとき偶然、
 ―― 魔封奉行
 という語彙が某時代小説に登場していることを知った。
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