僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

21

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 大離れに戻り黛さんのもとを訪ね、疲労の芯が残っていることと今日の予定について報告した。黛さんはそれを受け、
「妥当と思うが六割でも違和感があったらすぐ言うんだぞ」
 エイミィと瓜二つの指示を出した。黛さんは部長職を完璧にこなしています、どうか自分を過小評価しないでくださいと、僕は訴えたくてならなかった。
 
 神社を発ち、部活に向かう道中。
「おい颯太、しけた顔して何があった。京馬様に話しやがれ」
 大石段を降り足元の危険がなくなるや、京馬が颯太をヘッドロックした。京馬はホント、こういう事に気の回る男だ。神社を発つ少し前から、颯太は沈んだ気配をちょっぴり纏うようになっていた。しかし出発時の祖父母達への挨拶ではいつもの元気な豆柴になっており、それは沈んだ表情を姉に見せまいとする颯太の気持ちの現れだったから僕らもそれに協力したが、かと言ってそれがいつまでも続くなどありえない。なぜなら部活前に颯太の憂いを払えるならそれを一致団結して行うのが、
 ―― 湖校新忍道部にとっての協力
 だったからである。その最初の一手として京馬のヘッドロックは、場所的にも手法としても最適だったと言えよう。僕らは心の中で京馬のファインプレーを称えつつ、颯太の返答にさり気なく耳を傾けた。颯太も、きっとそれを感じていたのだろう。一塊になって部活へ向かう十四人の最後尾にいた颯太は、先頭をゆく黛さんも聞き取れる声量で応えた。
「あの、変に感じるかもしれませんが」
 颯太はそこで一区切りするも、それは息継ぎをしただけであり、合いの手を待ったのではなかったのだと思う。なのに北斗がすかさず、
「変に感じることなど無い。仮にそうだったら、眠留と付き合うなど到底不可能だからな」
 などと宣いやがったものだから、颯太が話を再開するまで十秒近くかかってしまった。まあその中断時間は颯太も皆に交じって爆笑し、それを経て沈んだ気配も消え失せたみたいだから、無関係な僕をダシにして笑いを取った北斗の罪は水に流すとしよう。
 と考えていたのだけど、僕は無関係ではなかったのである。先頭をゆく黛さんに届く声量は同じでも、中断前とは異なるハキハキした口調で颯太は話した。
「剣道や居合をやらねばならないような気が、ふと心をかすめることが僕には昔からありました。それは年に一度あるかないかで、かすめたとたん消えていましたから、深く考えたことはありませんでした。でも、今朝の眠留さんの刀術を見た時は違いました。かすめず胸に留まり、そして理由は分かりませんが、後悔の気持ちでいっぱいになったのです。しけた顔と京馬さんに指摘されたのは、それだったのだと思います」
 おそらく颯太には、翔人になる可能性がほんの少しあったと思われる。颯太が幼少時に剣道か居合を志していたら、長野県の魔想討伐組織と係わりが生まれたのかもしれない。もしくは湖校の剣道部に入り、そして僕が新忍道部員でなかったなら、うちの神社で翔人を目指したという道もあったのだろう。どちらも仮定に過ぎず確実なことは何一つないが、祖父母と三人娘が颯太をとても気に入っていることに今明かされた話を加味すると、翔人になる道は確かにあったと僕には思えてならなかったのだ。
 といった考察を、北斗と一緒に掘り下げられるようになった事へは、感謝しかない。輝夜さんと昴は、そんな関係をかれこれ二年近く続けているのだから、二人はまこと恵まれているのだと僕は改めて思わずにはいられなかった。
 なんて感じのことを僕が比較的落ち着いて考えられたのも、北斗のお陰だった。颯太の打ち明け話に北斗は的確な合いの手を入れ、それに助けられ颯太の滑舌は益々よくなって行った。するとそれが皆の心に「今は溜めこんだ想いを颯太に吐き出させる時間」との共通認識を芽生えさせ、その共通認識が結果的に、僕の時間的猶予となったのである。今ふり返ると颯太の打ち明け話に、「眠留と付き合うなど到底不可能」云々を北斗が半ば強引に差し込んだのは、この時間的猶予を発生させるためだったのかもしれない。まあ北斗のことだからその程度のことは、お茶の子さいさいなんだろうけどさ。
 なればこそ、それを十全に活かしてみせようと僕は意気込んだ。すると脳裏を、ある閃きが駆け抜けて行った。それは颯太が冒頭に述べた「変に感じるかもしれませんが」の、まさしく見本の如きヘンテコ話だったけど、皆になら明かしていいような気がした。颯太が丁度その時、想いを全て吐き出しました的な、サッパリした眼差しを僕に向ける。と同時に北斗が僕へ、さあ次はお前だ、のハンドサインを出す。北斗のサインで事のあらましを理解した皆が、期待に満ちた視線を僕に放った。僕は胸中、そんなにハードルを上げないでくださいと懇願するも、それは胸の中に留め、気負わずさらりと言った。
「僕は江戸時代に、信州の大名の侍をしていてね。その大名家には鈴蘭の姫君と呼ばれる、美しさを近隣諸国に轟かせたお姫様がいた。そのお姫様が先祖の供養などで城を離れるとき、僕は警護隊長の役をいつも命じられていた。その際ほんの一言二言話すだけで僕と姫様に親交はなかったけど、去年のインハイの長野訪問が、思い出させてくれたんだよ。渚さんは、鈴蘭の姫君の生き写しのような人だってね」
 渚さんは姫君の生まれ変わりという確信を、僕は持っている。けど僕は、颯太にそれを伝えなかった。美夜さんに手伝ってもらい、鈴蘭の姫君の歴史資料や伝承が残っていないかを以前調べたことがある。量子AIの検索能力をもってしても該当資料を見つけられず、それについて美夜さんは「姫君が幸せな生涯を送ったからでしょう」と推測した。並の容姿の人より美人の話を人は好み、また他者の幸福より悲劇を人は好むため、薄幸の美女は伝承として残りやすい。つまり鈴蘭の姫の伝承がないということは、幸せな人生を歩んだ確率が高いという事なのだと、美夜さんは述べたのである。それは正しいと思えたし、また心の奥底から「正解」と囁く声も聞こえたけど、颯太にとってもそうとは限らない。命より大切な姉の前世の話を気安くされたら、気分を害するかもしれないのだ。よって僕はそれを伏せたのだけど、いらぬ配慮だったらしい。
「やっぱり眠留さんは、姉ちゃんと前世で縁があったんですね!」
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