僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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「やっぱり眠留さんは、姉ちゃんと前世で縁があったんですね!」
 若干引くほど喜びまくる豆柴が語ったところによると、渚さんは長野で暮らした複数の前世を朧気に覚えていて、その内の一つに、好意を抱いていた若侍の記憶があると言う。近隣大名と政略結婚する身だったため甘やかな交際はなくともそれは青春時代の大切な思い出であり、前世の渚さんはそれを生涯忘れず、したがって今生の渚さんもその記憶を大切にしていたそうだ。そして去年の夏、容姿と表面的な性格は異なれど心の本質が極めて似ている一歳年下の男子に出会い、しかもその男子は古流刀術の宗家の跡取りだったから、渚さんは彼を若侍の生まれ変わりと確信したとの事だった。僕としては恥ずかしい以上に、新忍道部男子による報復を恐ろしく感じていたが、
 ―― 容姿と表面的な性格は異なる
 の箇所のお陰でそれは免れたようだ。一通り話し終わった颯太に北斗と京馬が若侍について尋ね、それに颯太が元気一杯、
「日本刀の如き眉目に巌の性格を宿した、城下一のイケメンです!」
 と答えた途端、みんな腹を抱えて大爆笑したのである。北斗と京馬と松竹梅に至ってはここが公道であることも忘れて道の上を転がりまくり、まあ自動車など滅多に通らない道だからそこは良いのだけど、颯太の語った若侍の描写とそれに対する皆の反応に、僕は歩行もおぼつかぬほどトホホな心境になった。その若侍と似ても似つかないのは僕自身百も承知とはいえ、渚さんが僕をそう評したことに、自分でも意外なほど打ちのめされてしまったのである。ただ颯太はなぜ皆がこうも笑うかが理解できなかったらしく、あたふたした末に救いを求めて僕の傍らに駆け付けてくれた事だけは、この件に関する唯一の心温まる記憶となったのだった。
 とまあ、それはさて置き。 
「眠留と渚さんの話、俺にもよく解る」
 大爆笑が一応終息し、とにもかくにも登校を再開した湖校新忍道部一行における最初の発言は、これだった。しかもそれは、なんと黛さんによってなされた。なんとと言ったら失礼かもしれないけど、クールイケメンの見本たる黛さんが、前世の話へ真っ先に理解を示したのである。それに僕らが食いつかないなど、一兆分の一もありえない。僕らは興味津々の眼差しを一斉に黛さんへ向けるも、そこはさすが部長なのだろう。部員全員から穴が開くほど見つめられても黛さんは一切動じず、淡々とこんな話をした。
 太陽光発電の効率を上げる研究をしている黛さんは、幼いころから不思議に思っていることが二つあった。一つは、太陽光発電の効率を上げる研究を将来することを自分は幼いころから信じ切っていて、そして実際そのとおりになった事。そしてもう一つは、それには前世が係わっていると、幼い頃から理解していた事だった。
「眠留や渚さんのような記憶は俺にはないが、前世が係わっていることだけは、幼稚園児の頃から解っていた。だから二人の話を、変だなんて感じない。もちろん、颯太の話もな」
 黛さんは一行の先頭から最後尾へ移動し、颯太の頭をわしわし撫でた。群の長に撫でられた颯太が、お腹を見せて喜ぶ豆柴と化したのはお約束だから放っておくとして、
「黛さんの話、俺も解ります!」「俺にも似たようなところがあります!」「「「俺も!」」」
 てな具合に全員が一斉に賛同したのは、研究学校だからこその現象なのだろう。僕ら研究学校生は自分の将来の職業を、小学校在学中に決定する。流行や経済動向に敏感な子供にとってそれは格段珍しくないのかもしれないが、僕ら研究学校生のおそらく大部分は、いやほぼ全ては、流行等を基準に将来の職業を決めてはいない。程度の差こそあれ黛さんと同種の経験を、生徒のほぼ全員がしている学校。それが、研究学校なのだ。
 黛さんの提示した話題は活発な議論にすぐさま変貌し、皆は先を争い意見を述べたが、神社はある意味、湖校の目と鼻の先にある。感覚的には瞬きする間もなく僕らは練習場に着いてしまい、黛さんの部長命令をもって、この議論は一時中断となった。残念な気持ちは多分にあっても、その命令の正しさに疑問を挟む余地はない。僕らは気持ちを切り替えて部活に臨み、その甲斐あってと言うのは変なのかもしれないがやはりその甲斐あって、城下一のイケメン若侍の話は、皆の頭から綺麗さっぱり消えていた。が、
「颯に聞きました。眠留さんはやはり、あのお侍さんの生まれ変わりだったんですね」
 渚さんのその一言により、僕は羞恥のどん底へ叩き落されるハメになったのである。

 新忍道部へお昼の差し入れを持って来てくれる渚さんを手伝うべく、黛さんは颯太に、渚さんを校門まで迎えに行くよう指示を出した。咲耶さんによるとその効果は大きく、新忍道部の練習着に身を包む颯太は、渚さんに話しかけようとする男子達への抑止力として働いているらしい。インハイで全国優勝を果たした新忍道部は生徒達から一目置かれており、よって最下級生であろうと新忍道部員が傍らにいる女子へ気安い態度を取ってはならない的な空気が、男子達の間に醸成されていたそうなのである。なんとなくだけど水晶か、あるいは精霊猫の黒がその空気に関与している気がしたが、確認をとっていないため定かではない。けどもし関与しているなら、その仕組みは・・・
 と、僕が必死になって考えていたのには訳がある。それは、
「渚さん、イケメン若侍についてもっと教えてください!」「「「教えてください!!」」」
 との質問を皆が渚さんにし続けたからだ。それだけでも恥ずかしくて堪らないのに、 
「もちろんいいですよ。あのお侍さんは普段は無口なのに、時折とても優しい表情で、優しい言葉を掛けてくれるんです。城下の娘達は身分に関係なく、お侍さんに夢中でしたね」「そうですか、なら優しい眠留と同じですね!」「はい、そっくりですね」
 てな具合に渚さんは若侍を褒めちぎり、そして皆がそれを僕に無理やり結びつけたものだから、僕に残されたのは現実逃避しかなかったのだ。僕は無関係な事柄を頭の中で懸命に考察することで、荒れ狂う羞恥をどうにかやり過ごしていた。のだけど、
「眠留さん、具合が悪いのですか?」
 渚さんが僕を心底案じ声をかけてきたので、唯一の道も閉ざされる事となった。僕は諦めて渚さんに返答する。
「体調は万全です、お気遣いなく」
「体調はということは、心労はあるという事ですか? 部外者の私がいると落ち着きませんよね、ごめんなさい」
 渚さんは粛々と腰を折り、帰り支度をすべく立ち上がろうとした。僕は慌てて、それは誤解ですと渚さんに告げる。しかし鈴蘭の姫君の憂い顔は晴れず、僕は今度こそ本当に全てを諦め、胴長短足の残念容姿のオドオドもじもじ性格に生まれた今生の僕を洗いざらい打ち明けようとした。が、
「眠留、部長命令だ。しばし待機」
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