僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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 混同してはならないのは、前頭葉の活性化は想像時にも起こるという事。未来について想像し、その情景を思い描いている時も、前頭葉は活発に働く。然るに単なる想像と未来視を区別する必要があり、そしてまさにそれを僕は今、翔化視力で観察していた。颯太の前頭葉は、スクリーンの役目を果たしているだけだった。松果体から照射された光を受け止め映像として浮かび上がらせる、スクリーンとして機能しているのみだったのである。それは翔人が大切にしている確信をもたらすはずだから、前頭葉に浮かび上がる未来の自分にうっとりする颯太を僕は邪魔しなかった。とはいえ邪魔しないと言うのはこちら本位の表現だったらしく、あちらにしてみたら、
「眠留さんひどい、なぜアホ面をさらす僕を放っておいたんですか!」
 との事だったみたいだけどね。でもまあ、それはさて置き。
「それはそうと颯太のことだから、選択授業についても知っているよね。選択授業が、研究学校でどう呼ばれているかを」
 もちろん颯太はそれについても調査済みであり、そして大層、落ち込んだ気配をまとった。時間は無限にはないので、僕は颯太の胸中をさくさく紐解いてゆく。
「選択授業は研究学校において第二部活とも呼ばれる、非常に活発な授業だ。そして剣道は選択授業にあっても、新忍道はない。だから入部するのは新忍道部にして剣道は選択授業にしなさいって僕が言うと、つまり『僕が剣道を教えることはない』んだと、颯太は先回りして考えたんだよね。違うかな?」
 まさしくそのとおりです、と颯太は消え入るように呟いた。僕は無慈悲に先を続ける。
「颯太の先回りは正しい。僕の考える颯太にとっての最善は、新忍道部でモンスターの動きに慣れ、剣道の選択授業で剣道の勘を取り戻すことだ。この神社の刀術を心身に染み込ませ、それをモンスター戦に用いるなら、それが最も早いはずだからね」
 俯いた顔をサッと上げ、パッと輝かせ、そして口を高速で動かそうとした颯太を制し、僕は核心を突いた。
「何だかんだ言って颯太が今一番したいのは、モンスターを刀でぶった切ることなんだよな」
 それから僕が過ごした時間は、おそらく罰だったのだろう。表情をくるくる変える颯太を見るのが楽しくて、必要以上にもったい付けた話の進め方をしたせいで、
 ――出雲を手に練習用サタンと戦った僕がいかにカッコ良かったか
 を、散々聞かされるハメになったのである。時間にしたら一分弱だったがマシンガンの如く浴びせられる美辞麗句に耐えきれなくなった僕は、颯太の最大の勘違いを正すことでそれからの逃亡を図った。
「颯太、まずは勘違いを正そう。僕が習っているのは剣道ではなく、古流刀術だ。よって剣道を教えようにも、教えられないって事。颯太に剣道を教えられないのは、そういう意味だね」
 逃亡計画は成功したと思う。ただ、
「失礼しました早とちりしました済みませんでした!」
 と僕を信じ切ってマシンガン謝罪をする颯太に、二度目の罪悪感がメラメラ湧き起って来る。それが表に出ぬよう苦労しつつ、勘違いの二つ目を僕は明らかにした。
「この神社の刀術を颯太に教えるか否かの権限を、僕は持っていない。奇異に感じるだろうけど、祖父母にもその権限はない。それを唯一持っているのは、人の運命を司る宇宙の創造主のみ。創造主に認められた者だけが天命を得て、この神社と縁を結び、刀術を学ぶんだね。その証拠と言えるかは微妙だけど、ウチの神社は古流刀術の門下生を一般公募していない。普通の剣道道場のように多数の門下生を抱えて月謝を頂くようなことを、この神社はしていないんだよ。それは颯太も、調査済みなんじゃないかな」
「調査済みとの言葉には語弊がありますが、それについては神社のHPで読みました」
 はきはき素直に答えるこの愛すべき豆柴に、どうか天命がありますように。心中そう願いつつ、最後の三つ目に移った。
「騎士になる夢も、捨てる必要はない。僕がそうなように、騎士は二年生になってからもなれる。一年時は新忍道と剣道に励み、体を慣れさせ、学校生活に余裕を持たせる。その余裕を用いて、騎士になる夢を叶える。こんな方法もあると、僕は思うよ」
 研究学校を入念に調べている颯太のことだから、この方法も選択肢の一つにもちろんあったはずだ。ただこれについては颯太がどうこうではなく、僕自身が口にするのを少々躊躇っていた。それは正しかったらしく、北斗や京馬や松竹梅から僕の情報をたっぷり仕入れている颯太は、僕が触れたくない理由を述べてその方法に難色を示した。話を逸らす意味も兼ね、颯太の研究分野について尋ねてみる。仮に颯太が実験結果を重視する研究をしていたら、実験には多大な時間が必要なため、新忍道と剣道と騎士の三つを同時進行させるのは不可能になる。現代は量子AIによるシミュレーションが非常に発達しているから実際に実験することは減ったが、「シミュレーションのプログラムを組む」ことを要求される研究学校生に、シミュレーションの恩恵はさほどないと言える。然るにその場合、僕は心を鬼にして、三つの夢のうち一つを諦めるよう颯太に説かねばならなくなるだろう。触れられたくない話題を逸らす意味は確かにあったが、僕は大いなる憂いと決意を胸に、この問いをしたのである。
 幸い颯太の研究は、実験より思考を重視するものだった。学問の未開領域に分け入ってゆく思考力を獲得するには集中力と閃きを育てる必要があり、そしてその二つと颯太の三つの夢は、相性が良かった。いやその三つに限らず、部活や委員活動等は集中力と閃きを育てるからこそ、研究学校はそれらを奨励しているのである。僕や颯太の生きる現代は、暗記さえしていれば人生を有利に進められる時代では、決してないからね。
 ちなみに颯太の研究分野は、第二次世界大戦前後の日本だった。颯太は小学校低学年からその時代に並々ならぬ関心を寄せ、かつ資料を一読しただけでそれをほぼ理解するという素晴らしい天分も持っていたため、将来有望な研究者として既に注目されているとの事だった。僕は勝算の見込みが多分にあるイジリ話として「颯太は、チートって言葉を知ってる?」と振ったのだけど、結果は惨敗だった。
「眠留さん、それは言わないでください」「でも前世の記憶を持たずにその時代を研究している人達からしたら、颯太はれっきとしたチート・・・」「そっ、それを言うなら、この神社の長男に生まれて刀術を幼少のころから学んでいる眠留さんの方が!」「どわっ! あはははは、話が脇道に逸れてしまったようだね。時間もないし本題に移ろうか!」
 なんて具合に、師匠の威厳を失うだけの結果になったのである。
 ただ、夢を追っても研究に支障は出ないと確認できたことは、素晴らしい前進と言えた。それを活かし、かつ師匠の威厳を取り戻すには、こちらが度量の大きさを示す以外ないだろう。僕は降参のジェスチャーをして、颯太に譲歩した。
「わかった、月曜日の放課後に会おう。部を休むことは、黛さん達にちゃんと伝えるんだよ」
「ありがとうございます、師匠!」
 未来への憂いなど微塵もない笑顔で、豆柴が尻尾をブンブン振っている。
 ―― 師匠としての初仕事は、及第点でいいみたいだな。 
 頬を緩めつつ、僕はそう思ったのだった。
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