僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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「・・・ん? 第一段階ってなに?」
 疑問を覚えてそう尋ねてみた。その途端、両者の立場は逆転した。いやそれは誇張が含まれていて、僕はべつだん胸を張ったりしなかったが、北里さんはみるみる俯き、そして道の真ん中にしゃがみ込んでしまったのである。しかも間の悪いことに、
「あらあなた達、二年生の騎士見習いよね。どうかしたの?」
 そこは三年生准士のお二人が警備している場所の、すぐ近くだったものだからさあ大変。女性准士が小走りにやって来て北里さんに寄り添って座り、僕らにそう問いかけたのだ。僕はパニックになりかけるも、そこはさすが上級生なのだろう。女性准士に僕を詰問する気配は微塵もなく、それは一足遅れてやって来た男性准士も同様で、その先輩はむしろ僕に同情する眼差しを向けてくれていた。そのお陰でパニックは回避できたが、だからと言って「どうかしたの?」との問いにこの残念男子が巧い返答をできるはずもなく、ただホント有難いことに、それも踏まえて男性准士は僕に同情してくれているようだった。三年生といえば藤堂さんや加藤さんの同級生で、伝え聞くところによると二年生と同じく女性が強い学年らしいから、北里さんが座り込んでいるこの状況でも「か弱い女子にバカ男子が失礼なことをした」的な発想がそもそも浮かんでこないのだろう。そこに至るまでの三年間を、自分の二年間を50%増しにすることで想像した僕の心に、男性准士への多大な同情が湧き起こる。それに助けられ、どうにかこうにかこう返答することができた。
「お騒がせして申し訳ございません」
 それは理由や経緯を一切説明していない、ダメダメな返答と言える。けど、それがかえって良かったのかもしれない。女性准士は優しく頷き、「この男の子を許してあげて」と北里さんに語り掛けた。北里さんは首を横に幾度もふり、「彼は悪くないんです」と女性准士に伝えたのち、
「第一段階は忘れて」
 僕に縋る目を向けた。この状況から逃れられるなら大抵のことをする覚悟をしていたのが活き、僕は忘れることを即座に約束した。北里さんは笑顔になり、二人の先輩准士にペコペコ頭を下げ、仕事の邪魔をしたことを詫びた。同じく僕もペコペコ頭を下げて詫び、それをもってこの件は落着した。
 それ以降は警備の話に戻った。というのも、今日は四年生准士の昇進式があった関係で、第一通学路を警備しているのが三年生だけという、一年に一度きりの日だったからである。「僕はこの通学路を使わないけど、いつもは四年生と三年生の准士の方々が、警備しているんだよね」「ええそうね。第一通学路は四年生と三年生、第二通学路は六年生と五年生が、担当されているわね」「僕は準部員で休みに融通が利くから、来年の昇進式の日は臨時警備に立候補しようと思ってるんだ」「私もそうなの。猫将軍君はライバルね」「あはは、お手柔らかに」 なんてワイワイやってるうち、湖校前駅に着いた。駅を担当されている先輩准士の方々に二人揃って腰を折り、改札口へ向かう。最終下校時刻までまだ一時間半以上あり、帰りのHRから一時間以上経っている今、湖校前駅に人の姿はほぼ無い。湖校生で溢れていれば改札口まで付き添うことは無かったが、こうも閑散としていると、安全の行き届いた駅構内に北里さんが脚を踏み入れるまで油断してはならない気がしたのだ。それを、きっと察したのだろう。「猫将軍君、駅に無事送り届けてくれてありがとう」 僕は北里さんに、淑女の礼で謝意を述べてもらえた。友人に感謝されると言うのは、なんにせよ嬉しいものだ。僕は頭を掻き掻きニコニコし、釣られて北里さんもニコニコし、さてそろそろ踵を返して帰路につきますかと考えていたのだけど、その瞬間はナカナカ訪れなかった。北里さんが一向に、改札へ歩いて行かなかったのである。幸いニコニコしていたのでその表情のまま、「どうしたの?」と尋ねてみた。すると、
「また猫将軍君を、スケコマシって呼びたい。いいかな」
 北里さんは本日二度目の、すがる眼差しでそう請うてきた。いや、それは少し違う。さっきの一度目は捨てられた豆柴を連想せずにはいられなかったが、二度目の今は、そのような連想をしてはならないとなぜか強く思ったのである。ただ、ならどうすべきかとの案も心の中になく、また同時に、女性受けの良い対応をしようという計算も心の中になく、そしてその計算のなさが「僕はスケコマシでない」との想いを生じさせたので、僕はそれを足掛かりに応えてみた。
「僕は女の敵らしいから、そう呼ばれても仕方ないことを、これからも無意識にしてしまうと思う。その時は遠慮せず、どんどん言ってね」
 意図的な計算はなくとも、同種の結果をもたらす言動を無意識にすることが、僕にはあるのかもしれない。それを女の敵として認識する女性がいるなら、どんどん指摘してもらった方が矯正しやすいだろう。との結論に達した自分を、僕はちょっぴり自画自賛していたのだけど、
「猫将軍君、そういうとこだぞ!」
 それこそがスケコマシなのだと北里さんに叱られてしまった。指摘してもらった方が矯正しやすいのは事実でも、こうして失敗をすぐ繰り返し、かつ指摘ではなく叱られている自分が情けなくて、僕はしょげかえった。そんな僕にクスクス笑い、じゃあまたねと手を振り北里さんは踵を返す。立つ鳥跡を濁さず、とは微妙に異なるのだろうがその爽やかさに感嘆し手を振り返そうとした僕の目に、予想外の光景が飛び込んで来た。改札へ歩を進めるべく踵を返したはずなのに、北里さんは半回転で止まらず、そのまま一回転して僕に向き直ったのである。虚を突かれたことに加え、それはダンス部員に相応しい見事な360度ターンだったため、僕は何も言えず何もできずただ立ち尽くしていた。それは譬えるなら、いや譬えずとも決定的な隙であり、そして女性はある意味、男が決して太刀打ちできない戦闘種族なのかもしれない。北里さんはにっこり笑って、僕を絶対的な敗者にした。
をわきまえて、この言葉を使うのは最初で最後にするね。今日は送ってくれてありがとう。じゃあまたね、変態さん!」
 無限の疑問が「分をわきまえて」に生じたせいで「送ってくれてありがとう」に反応できず、その無反応を「じゃあまたね」で挽回しようとしたのだけど、
 ―― 変態さん!
 によって僕を絶対的な敗者に叩き落したまま、北里さんは改札の向こうに消えて行ったのだった。

「ということが、一カ月と十日前にあったのね」
「ギャハハハ、何度聞いても面白い!」
「それを聞くのは私も三度目だけど、当事者の北里さんに直接話してもらうのは、やっぱり格別よね!」
「えへへ、大和さんと清水君に喜んでもらっちゃった」
「一人だけ、俯きまくっているヤツがいるけどな」
「猫将軍君、ファイト~~」
「「「ファイト~~!」」」
 四つの机をくっつけた即席の昼食用テーブルの、左隣の清水と正面の北里さんと斜向かいの大和さんが、声を揃えて僕を励ました。清水だけなら「俯かせたのは誰だよ」系の文句を言えても、女の子が二人いるとなるとそれは悪手。僕は苦笑し顔を上げ、お昼ごはんを再開した。
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