僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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 昴によると、今生の僕は姉を強く避ける状況にいるらしい。にもかかわらず僕にその素振りがまるで現れないのは、自分が幼馴染に過ぎないからだと昴は思った。それは昴を悲しませ、悲しみに暮れている限り僕への想いを断ち切れないと判断した昴は、僕と二人きりにならないよう努めた。それは見事当たり、大勢の中の昴ではなくたった一人の昴を正面から見た僕は、いつの間にか少なくなっていた身長差を今日初めて認識した。それは過去の記憶を潜在意識に浮上させ、だがそこに留まったため僕はそれを原因不明の照れくささとして感じ、混乱していた。そんな僕を斜め後ろから見ていた昴は、照れくささの原因を教えれば混乱は終息すると知りつつも、それができなかった。なぜなら、
  ―― 恋心を抱かれている自分
 を少しでも長く感じていたかったからである。
 と、昴の一人語りがここに至った瞬間、僕のガチャコンは極大を迎えた。ぎこちなさを通り越し、四肢をほぼ動かせなくなってしまったのだ。このままヘタレ込むか、それとも昴を置いて逃げ出すかの二者択一を迫られた僕は、どちらかに屈服する直前まで追い込まれた。
 が、そうはならなかった。理由は、気づけたから。弟の僕は心の赴くままガチャコンしていれば良かったのに対し、姉の昴はガチャコンしたくてもできない立場にいると、僕はやっと気づけたのである。
 その気づきが、顕在意識に巨大な想いを生じさせた。それはあまりにも巨大だったため、そこから放たれた波長が顕在意識を超え、同種の波長を有する潜在意識に干渉した。干渉はほどなく共鳴に変わり、共鳴が顕在意識と潜在意識を別つ境界を消滅させる。むき出しになった潜在意識が、心に吸収されてゆく。それは意図的に封印されていた、過去世の僕の長所だった。水晶の言葉が、ふと蘇る。
 ―― 眠留は、己が才能を眠らせ留めた者じゃからの
 過去世で獲得した才能の大半は、未だ潜在意識に封印されている。しかし一部とはいえそれを解除したことが、ある予想を僕に立てさせた。懸命に努力すれば、湖校在学中にすべて解除できそうだな・・・
 というアレコレを、気負いなく話せる宇宙唯一の人へ、僕は顔を向けた。
「悠然と歩く昴の横で僕がぎこちなく歩いていても、それは僕らの日常に過ぎないって同級生達は思うし、そしてそれは美鈴のいる二年生もさほど変わらないだろう。だから昴は重大な打ち明け話をしても平静を装う必要があり、そのお陰で僕は思うままにぎこちなくしていられた。それに気づいた僕の心の中で変化が起きた。その気付きと同種の、潜在意識に封印されていた過去世の記憶を、僕は思い出したんだよ。それを経て、僕は過去に習得した長所を幾分取り戻せた。その長所は、面接官という大役を果たすことに、きっと役立つだろう。昴、安心して。昴の計画どおり、僕は長所を幾つか取り戻したからさ」
 昴は前を向いたまま頷いた。それが昴の、現時点における限界。悠然と歩くことに意志力のほぼ全てを費やしている昴が辛うじて追加できるのは、黙って頷くことだけだったのである。まあでも今の僕には、昴が普段の昴に戻る最も効果的な方法が解っているんだけどね。と言う次第で、僕はそれを実行した。
「水晶は前に僕を、己が才能を眠らせ留めた者、と呼んだ。今なら、その意味が解るよ。僕は、自分で自分を封印して生まれて来たんだね。もっともそれ以上は未知のままだし、今はそれでいいと思っているから、昴がそれ以上を知っていたとしても苦しむ必要はない。なんてったって昴には、水晶が付いているんだからさ」
「そうなの! お師匠様は素晴らしいの!!」
 昴はそれからしばらく、水晶がいかに素晴らしい師匠なのかを言葉を尽くして語った。いつまでもそうさせてあげたかったけど、寮エリアに足を踏み入れたことを考慮すると、ここらで切り上げてもらうしかない。昴への恩返しも兼ね、僕は僕主動で昴の話を中断させ、話題を元に戻した。昴が極上のニコニコ顔になっていることから察するに、僕は昴の予想をちょっぴり超えて行動しているんだろうな。
 それはさて置き、僕は要点を早口で話した。
『僕の最大の封印である恋愛関連は、最大であったが故に計画どおり僕の性格として定着した。よって僕は今後も、自分に向けられる恋心に疎い日々を過ごすだろう。その疎さが限度を超えたと昴が判断したら、これまで同様僕を叱って欲しい』
『おどおどモジモジ性格は、改善しようと努力している限り改善できる。感覚的には残り三年で、つまり五年生の内に手放せるだろう』
『思い出した過去世の記憶量は、一生かかっても昴に勝てそうもない。でも僕は、それでいいと思っている』
 この三つを小声と早口を意識して話し終えたのが、第七寮と第八寮の間。騎士会本部に着くまで、約二分といったところだろうか。今日のうちに話しておこうと考えている残り一つには、その二分を使うべきなのか。それとも、帰宅中に余裕を持って話すべきなのか。その判断が付かなかった僕に、
「今がいい」
 昴は、出会ったころの昴に戻ってそう言った。僕は覚悟を決め、それを叶える。
「ついさっきまで照れくさくて仕方なかったように、僕は昴への想いを、違う感情として認識してきた。僕は昴に恋愛感情を抱いていないと考えて来たけど、それは違った。僕は幼稚園の頃からずっと変わらず、昴が好きだったみたいだ。昴、この一年間ありがとう。お陰で封印がとけたよ」
「どういたしまして。でも、ふふふ・・・」
「ん、どうしたの?」
「眠留、あなたが私とピッタリ同じ身長になるのはいつ?」
「その計算のためには、昴が一年間でどれくらい背が伸びているかを正確に知らねばならない。という訳で教えて」
 教えてもらい暗算し、お正月の松の内かな、と僕は答えた。ああやはりね、と応じて昴は続ける。
「眠留、約束して。輝夜ではなく私を選ぶ覚悟が無いなら、来年のお正月は、決して私と二人きりにならないで。その件については、輝夜と散々話し合って合意を得られているけど、地球人の眠留がそれを知ることはおそらく無いわ。地球の次の星で、頑張ってね」
「昴、お願いがあるんだけど」
「何?」
「立ち止まらず頑張って歩きなさいって、励ましてくれないかな」
 昴はクスクス笑い、愛情豊かな声で僕を励ましてくれた。幼稚園入園日からずっと聞いてきたその声のお陰で僕は立ち止まらずにすんだが、効果は十秒ほどで消え、脚が急速に動かなくなってゆく。けどそこは、さすが幼馴染なのだろう。効果が完全になくなる前に、「自分で歩かないと手を繋ぐことになるよ」や「背中を抱きかかえて欲しいのかな」等々を的確にかけ、昴は僕の願いを叶え続けてくれたのだった。
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