僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

新走法、1

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「続きは明後日にしましょう」
 そう述べて帰ろうとしたのだけど、そうはならなかった。藤堂さんを始めとする剣道部員の全員及び那須さんと香取さんに、完全包囲されてしまったのである。「両足踏み込みができたら試合は一変する!」「どうしたらできるの!」「練習方法は?」「習得までの期間はどれくらいなの?」 等々の集中砲火を浴びた僕は半ば涙目になりつつ、最も多かった質問に一つだけ答えた。
「習得期間は、センスのある人で三年かなあ」
 その途端、
「三年じゃ俺は最後のインハイに間に合わねえだろうが、どうにかしろ眠留!」
「ひええっ、藤堂さんはセンスの塊ですから間に合いますよ~~」
「なら俺は? 俺は何年だ!」「ええっと清水は・・・」「ねえ猫将軍君、私は?」「ええっと大和さんは・・・」「俺は?」「私は?」「オイ猫将軍、早く答えろ時間がねえぞ!」「ごっ、ごめんなさい~~!!」
 みたいな展開になったのは言うまでもない。見かねた教育AIが仲立ちし、質問にはメールで答えることを約束してようやく僕らは、掃除時間に遅刻しないよう剣道場を駆け足で後にしたのだった。

 掃除を終える頃からメールがちらほら届くようになり、五限が始まる前後は着信のバイブレーションが途切れることはなかった。自分の席に腰を下ろしメールを開いていくと、そのどれもこれもに、メール送信者の剣道の試合映像が添付されていた。試合を見れば習得期間を予想しやすくなるのは事実だけど、全員もれなく添付していたのは藤堂さんの指示なのかな? それとも、研究学校生にとっては一般的なのかな? と首を捻っていた僕の視界に、
『研究学校生にとっては一般的ね』
 咲耶さんの綴った文字が飛び込んできた。僕にしか見えない指向性2D文字だったので安心して咲耶さんとやり取りしている最中、
 ――剣道の選択授業は、輝夜さんと共同研究しているステータスボードを活かす場になるかも!
 との閃きが脳を駆けた。たとえば、多層円盤の同時駆動に必要な技量を100とした場合、今の自分の技量は50しかないけど先月は40だったから・・・・のように、技量の向上を数値化して見れたらやる気につながるんじゃないかな! と閃いたのである。有頂天になった僕はそれを文章化し、輝夜さんに送ろうとした。のだけど、
『気持ちは解るけど両足踏み込みの習得予測を先に済ませた方がいいと思うわ』
 すんでのところで咲耶さんが的確極まる助言をしてくれた。心の中ではなく物理的にペコペコ頭を下げ、咲耶さんの助言に従い、各々の習得期間を僕は見積もっていった。
 繰り返しになるが、咲耶さんの助言はまこと的確だった。五限をまるまる使い、帰宅後もすぐ取り掛かり、夕食と入浴以外の全ての時間を費やしたにもかかわらず、最後の返信を終えたのは午後八時半だったのである。改めて咲耶さんにメールで感謝を述べ、続いて輝夜さんへ、ステータスボードに関する閃きを綴ったメールを送った。するとすぐさま返信が届き、三十分足らずではあったが、僕と輝夜さんは研究者として充実した時間を過ごすことが出来たのだった。

 翌四月十二日、水曜日の午前十時半過ぎ。
 場所は第一グランドの、100メートル走のスタートライン。
「位置に付いて。用意」
 パーンッ
 号砲を合図に、僕は100メートルの全力疾走を始めた。
 約三か月前、高速ストライド走法に新たな工夫を施すことを閃いた僕と猛は、その準備をずっと続けて来た。それが実り、
 ―― 新高速ストライド走法
 に不可欠な筋肉を、必要最低限得たことがつい先日確認された。それを受け、新走法における全力疾走の精密調査に、こうして初めて挑んだのである。切り裂いた空気が耳元で奏でる風切り音に明瞭な違いを感じた僕は、
 ヒャッハー!
 喜びの雄叫びを胸中上げつつ、100メートルを駆け抜けたのだった。

 さかのぼること、三か月前。
 プレゼン大会の準備に追われていた、ある日曜の午後。
 猛が神社にやって来て、
「助けてくれ眠留!」
 と僕に泣きついた。と言ってもこの「助けてくれ」は、ただの冗談。暇を持て余していた猛が、遊びに来たにすぎないんだね。
 猛と芹沢さんは去年の暮れ、膝の治療に関する大発見をした。そのような場合、プレゼン大会のテーマに大発見を選ぶのはほぼ恒例化しており、猛と芹沢さんもすったもんだの末、恒例に従う選択をした。いや別に二人の仲が悪いなどということは更々なく、二人はそれぞれの共同研究者とプレゼン大会に臨む準備を進めていたため、どちらか一方は大会にそのまま出場させてあげてほしいと教育AIに訴えたのだ。もちろん二人の事なので双方が相手を優先し、「共同研究者と大会に出場させてあげて下さい」と教育AIに頭を下げたという。二人の愛情の深さに教育AIは苦悩し一時折れかけるも、その苦悩ぶりを哀れんだ二人は結局、恒例の踏襲を了承したそうだ。
 しかしその了承は、ある問題を生じさせた。二人の双方がプレゼン巧者すぎたため、予期しえなかった問題が発生したのである。
 猛と芹沢さんが医学界に発表した論文は、言うまでもなく非常にお堅かった。そのお堅い論文を、猛はいとも容易く、同級生用に面白おかしく書き直した。その楽しい論文を、芹沢さんはいとも容易く、学術的にも話術的にも高度なプレゼン原稿に書き直した。その原稿に猛が夫婦漫才の要素を取り入れ、そしてそれを年頃女子にも受けるよう芹沢さんが脚色することは、夕食会メンバーの二人にとってただの日常に過ぎなかった。つまりどういう事かと言うと、二人はプレゼン大会の予選に提出する録画映像を、
 ――たった一日
 で完成させてしまったのだ。そう二人は二日目以降、自分達のプレゼンに関する限りする事がなにも無かった。これが先に述べた、プレゼン巧者すぎたため発生した問題だったのである。
 それでも、プレゼン委員だった芹沢さんはまだ良かった。去年のように同級生全員の手助けをする事こそなかったものの、クラスメイトへの助力は委員として積極的に行っていたからだ。しかしプレゼン委員ではない猛にそれは叶わず、共同研究者の僕の手助けもクラスが違うためできず、そんなこんなで半ばふて腐れてしまった猛は、
「助けてくれ眠留!」
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