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第七話
―彼の奥に触れたくて、触れられなくて―
しおりを挟むあの夜、ベッドの上でリクの手に溶かされたあとの私の身体は、
家に帰っても、誰にも見せられない熱を宿したままだった。
もう「マッサージ」という言葉だけでは片付けられない——。
わかっているのに、次の予約を入れる指は止められなかった。
次に会ったときの彼は、少しだけ雰囲気が違っていた。
待ち合わせの駅前で、リクはスマホを片手に誰かとやりとりをしていた。
私に気づくとすぐに笑顔に戻ったけれど、その画面の中には、
私の知らない誰かがいる気がした。
「こんにちは、柚希さん。今日もよろしくお願いします」
声の調子はいつもと同じ。
けれど笑顔の奥に、何か遠いものを感じてしまった。
ホテルに向かう途中、
信号待ちのあいだ、何気なく尋ねてみた。
「……忙しそうですね。お客さん、多いんですか?」
「そうですね……ありがたいことに。最近、指名が増えてて」
「……そうなんですね」
当然だ。
あの手、あの声、あの距離感——誰だって虜になる。
それが少しだけ、胸の奥を刺した。
エレベーターの中で、ふと彼のスマホが震えた。
一瞬、画面に映った名前が見えた。
『あやか』
女性の名前だった。
リクは気に留めないふうで、通知をさっと切った。
でも私の心には、その名前が焼きついた。
施術室のドアが閉まると、
いつも通りのアロマの香りと、いつも通りのリクの指が、私の肌に触れた。
だけど、目を閉じても、
背中を滑るその手の温度が、少しだけ遠く思えた。
「……リクさんって、彼女とかいるんですか?」
触れられながら、思わず言葉が漏れた。
リクの指が止まった。
「……どうしてそう思いました?」
「さっき、スマホ……見えちゃって」
彼は少しのあいだ黙っていた。
そして、オイルを足すふりをして視線を外すと、
肩に触れた指が、ごくわずかに強くなった。
「柚希さんには、関係ないことですよ」
その言葉が、私の胸を冷たくした。
けれど次の瞬間、耳元に近づいて小さく囁いた。
「でも、今ここにいるのは……柚希さんだけです」
その言葉は、甘い鎖のようだった。
安心させているのか、突き放しているのか——
わからない。
わかりたい。
もっと彼の奥に触れたい。
だけど“お客さま”でいる限り、それはきっと許されない。
わかっているのに。
彼の手が腰に触れた瞬間、また全部を忘れそうになる。
——彼の本当を、知りたい。
でも知ったら、もう戻れない。
触れられるたびに、私の心は少しずつ剥がされていく。
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