六畳半のフランケン

乙太郎

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つまるところボクら排他的社会人

聞き込み調査

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すみませぇん。
ぴんぽーん。

「はいはーい。」

宙羽ヶ丘の昼下がり。
二人の子供を育て上げ、
共働きを卒業した60代の主婦は
麻ひもの貼った木枠を、脇に置き立ち上がる。

「一体誰かしら…」


この時間の配達予定はない。
ましてや、突然来訪されるような交友もない。
母としての本業もあらかた終わり、
夢の年金暮らしまであと一歩といったところ。
彼女は身体を労わるようにいう夫の気遣いを聞き入れ
憧れていたはずの漠然とした自由を持て余していた。

「ふふ、先が思いやられるわね。」

趣味で編み上げる50cm四方のタペストリー。
それ一枚ではただカラフルな布切れだけど
これを5×5の大作に組み合わせるのが完成図。
それが3ヶ月かかった今、7枚目に差し掛かる。
まだ折り返しにも至らない。

にもかかわらず。
ささやかな幸せを追い求める彼女は
そんな進捗に喜びを感じている。

充実した交友関係なんて
地域の老人会サークルにでも入ってしまえば
そう難儀することもないんだろうけれど。
元々謙虚な性格の彼女は
働き詰めの日々の中に生きていた当時であれば
働きを求められる自分に満足な充実を感じていたり。

だからタペストリーはそんな彼女にとって
完成するまでの長い長いメインタスク。
人が聞いたら笑うかもしれない。
でもそんな些細な日常の積み重ねが
やはり彼女にとっての幸せだったのだ。

リビングと玄関を隔てるドアに手をかける。


でも、まぁ。

「えぇ、すみません。」
とうに土足で上がり込み
そのドア前に立ち尽くしている男。

「ひっ」

今日においては、その限りではないのだが。

木板と硝子のインテリア。
そのドア挟んで浮かぶ痩身のシルエット。
吸い込まれるような異質。異様。異常。
静止というよりは停滞。
にもかかわらず臓腑を無作為に
掻き回すような焦燥と恐怖。

「うっ……」
「…すみません?」
「なっ、なんの?御用で…しょうか。」

あわよくば人違い。
ほんのちょっと、この訪問客の目的が
一軒隣だったなら。
どうしようもない楽観でとりとめのない疑問文。
彼女には耐え難い沈黙の均衡状態が
穏やかな終の住処を支配していく。

「はい、すみませんね。勢力調査です。」
「…はい?」


思えば妙な応答だった。
…いや、ホストの受け入れを
待たない侵入じみた来訪は勿論だが。


彼女は磨りガラス越しにもう一度相手を観察する。
紺色に身を包んだ正装。
平べったい帽子にはぼんやりと浮かぶ旭日章。

「警察…の方でしょうか?」
「えぇ。そのようです。」

はぁ…深くため息をつく。

「あぁ。そうですか。
いや、そう仰って頂ければ
もっと丁重にお出迎え致しましたのに…」
「構いませんとも。」

老婦人がテーブルに着くと
「さぁ、どう…」

ガタン。
言い終わる前、当然のように席に着く男。

「…それで?今日はどんな要件で?」
「ええ、ですから勢力調査です。」

…事情聴取でなく?

「はい最近、何か変わったことなどは
ありませんでしたか?」
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