六畳半のフランケン

乙太郎

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つまるところボクら排他的社会人

持ち帰って検討します

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「ただいま…」
「えぇ。お帰りなさい。」

下ろすとバサッと音を立てる12Lレジ袋。
重量のある慣性でバタンと閉まるドア。
片足前屈みで。安全靴に靴べら差し込んで。
汗で蒸れる密閉感と徒歩帰りの疲労感を解放する。

ふと見上げれば。

こてん。

「………なにか、おかしなところでも?」

見つめ返す。
ほんのちょっと奇妙な同居人。

「ーーー、あぁいや、まさか。」

おかしなところを挙げるにも
見慣れてしまってすっかり気にもとめなくなったが。

そのまま仕切り戸もない六畳半。
俯きがちに歩み寄って
とすんと胡座でちゃぶ台囲む。

「………サトルさん?」
「な、なにさ。」

突然、ちゃぶ台に上体のりあげて。
急接近。
無邪気な疑問符を浮かべた端正な顔立ち。

「わわっ!」
「なぜ、先ほどから目を合わせないのです、か?」


………ズルいだろ、そんなの。
こっちは頑張って平然を装ってるってのに。

視線は泳いで、顔はふっと熱を帯びる。

なんでもボクはヘタレらしいから。
堂々と彼女を見つめ返すことさえ出来ない。

第一、こうやって彼女に面と向かって
同じ時間を過ごせないのもボク自身に非があるわけで…

「いやぁ、全くね。
キミにやましいどうこうってわけじゃあ、ーーー」
「なるほど」

………へ?

はたと胸に右手を当て、
祈るように瞼を瞑りながら自供するユリネ。

「分析。早朝ルーティンの阻害、
及び食糧備蓄の浪費に対する非難。」
「…待って、待ってったら。
ホントに違うんだってば、ーーー」
「こういった場合の賠責方法を
私は持ち合わせておりません。
なので、サトルさん。
私の処遇、免責行為における主導権を
貴方の思うままに、任せます。」
「なっ………」

トンデモない、突拍子もない問題宣言。
ちょっと。だいぶ。いや、かなり。
今のは流石に正直、クラっといった。

「~~~~っ!!」

バタンっ!と立ち上がる。
おもむろに立ち上がって、それで?

「つぅ~~~~っ!!」

力んで硬直したまんま。
飛びつくかのように。

ガサッ!

………レジ袋の中身を整理し始める。
空っぽの野菜室、冷凍室がみるみる埋まっていく。
まったくもって完璧な整理整頓。
ペラペラのビニール袋を手に恐る恐る振り返ると。

こてん。

ーーー、まずい。手を、手を止めちゃダメだ。

浴室に駆け込む。作業服を脱いでひとっ風呂。

水栓をぶっきらぼうにまわ、ーーー

「たぁッ!ぢめたっ!」

春先とはいえ、まだ寒さの残る季節。
ガスのついていない冷や水を
頭から引っ被るのは当然のことだ。

「ふっ、ふっ、ふ、ふぅ…」

突然の冷水と緋が入った肌。
寒暖差によって乱れた呼吸が少しずつ
元のテンポを取り戻して行く。
温水が出るまで1分はかかる安物件だか
今回以上に水回りに感謝することはそうないだろう。

「………違う、違う。違うだろう。
彼女は、記憶喪失なんだ。
オマエには、もっと。今の彼女に
切り出さなければならない提案が、ーーー」



ことの発端は、絶賛勤務中の昼下がり。
少しずつ任されるようになった板金整形の下地造り。
その真っ最中のことだった。


 「………尋ね人、ですか。」

応えている。数秒前の体裁で応える、だけ。
口で発声して、反芻して。
ソレしか、出来ないでいる。

「…ォイ。なんならぁ代わりに追い返してやろうか?」
「ーーーっ。あぁ、いや…」

かろうじて、まばたき。
頭を振って思考に満たされた停滞を
傾覆させて頭蓋からどぼどぼと零す。

ああ、その…えっと…

意味を持たない取り合わせの小節が
口から漏れ出すのみ。

まるで打ち上げられた魚。
エラに水流を送り込むために
口呼吸のようにも見てとれる哀れなしぐさ。

「こいつぁ、なんとも…」

やる気だけで採用を決意した波多見卓児。
だが青ヶ峰の反応の尋常でなさを目の当たりにし、
野暮臭いと介入しなかった彼の身の上が
長い人生経験を持ってしても自らが至らぬほど
複雑怪奇であるのだと認識を改めた。

「気にすんじゃねぇや!
元々此処は職人らの聖域だってんだ。
あの程度のスマした大学生なんか
チョチョイっと仕事の邪魔だって怒鳴りつけてやらぁ!」
「ーーー、なんですって?」


瞬間、耳奥で掴み損ねた単語を聞き返す。

「今大学生って、言いましたか?」

警察でも、50過ぎの保護者でも、
珍妙な雰囲気のライターでもなく?

「………そうだっての。」

時間をもてあましている専門上がり2人を含め
他のベテラン職人も思わず作業の手を止めるほど
人情劇にヒートアップしていた聖域が
急激に熱を冷ましていく。

故郷から離れた、どころではない。
県境を幾つも超えて流れ着いた宙羽ヶ丘。
そんな遠方まではるばる追っかけてくるような執着心。
腐れ縁と断言できるような同い年なんて
ひとつふたつある方が珍しいってもんだ。


「わかりました。
ボクに少しだけ話を付ける時間を下さい。」
「お、おう。思う存分、カマシてこい…」

工具を置き、一般客の応対をする
エントランスへと脚をすすめるのだった。
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