papillon

乙太郎

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chrysalis

1章

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起床。
アラームが繰り返しなる。
手を渋々のばす。
借り物みたいな耳、音が遠い。
どうにかスローに拍を
とりはじめる寝坊助にとっては
苛立ちを強く覚えるテンポが急かしてくる。

鼓膜からではなく直接頭蓋を揺らす感じ。
余りに悪い目覚めだ。
人間の1日を正しく評価するデジタル表記の
見慣れたコロンの左側は
案の定、日々謙虚に守っていた行動規範を
押し退け、あろうことか2ケタで時を刻んでいる。

無理にでもベットを下り
洗面台にて冷水で眼窩の奥に
居座る意識を引きづりだす。
髪を濡らして熱風を当てながら櫛を通す。

「っ…めんどくさい。」

ロングヘアなんてこれだからやりたくない。
身嗜みなんてどうだっていいんだから
清潔さだけ保てればそれでいいんだ。
でもまあ正直な話1時間も遅れている以上は
急いだってどうにもならないのだけれど。

急ピッチで朝のノルマ作業をこなす中、
「母と顔を合わせずに済んでいることだけは
幸運だといえる。」だなんて思っている自分に
思わず苦笑いしてしまった。10分のロス。

制服に着替え外に出る。

普段ならバスに乗って駅まで。でも…
こめかみに集中、車が通るのみの車道を見つめ、
Augmented Organism Vision 拡張生体視覚情報システム を起動する。
視界の焦点、その少し斜め下に
ぼんやり投影される時刻表。
やはりまだ眠気が残っている様だ。同期が浅い。

「…また30分後か」

しょうがないんだ、なんなら休んじゃおうか。
そう思って踵を返そうとしたその時だった。

「あれぇ、ミサキチャン。こんな時間に
どうして此処にツったってんの?」

思わずため息。

都合がいいにはいいんだけど。
やたら旧式のモサッとデザイン。
今時どの車だって接地せずに走るって言うのに。
妙な異音を鳴らしながら、アイドリングする
赤色の鉄の塊から、見窄らしいコートを
羽織り、乗り回すソレより浮世離れした
青年の男が現れた。

「急ぎの用なら送って行くけど?」
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