papillon

乙太郎

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chrysalis

9章

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落ちる。
落ちる。
落ちる。
人の身とは無縁な高高度。
失落と引き換えに電子は加速度を手に入れる。
永劫とも一瞬ともとれる感覚体験。
存在スケールが最高速に達する特異点、
世界は変容し、彼女の墜落は飛翔へと反転する…!


brain activities is replaced.
   process diving all complete.

ゆっくりとする。
電脳情報が形作る青白いイメージ。
視点は俯瞰。
既視感のある光景、ミエーレストラーダの中央通り。

提供されたレコードは調査期間の月曜日に
あたるものだ

行き交う人の流れ、何処とも知らぬ誰かの
潜在的な欲望が容認され、この街の混沌カオスを形成する。

依頼人はあそこか。
見れば通りの脇、女子高生の塊が一つ。
先行する3人とその後をついていく女の子。
3人は随分と余裕のある様子で街を散策しているが、
後の1人は見失わないよう後をついていくので
精一杯な様子だ。

 callation program running.
      match the target.

大河内智鶴、18歳女子高生。
父と母、弟の4人家族。
門限は7時。普段から破り気味。
部活動等に所属なし。

その他3人はまあ一般的な非行少女だ。
廃棄区画への出入りが何度か確認されている。
周囲に何人かはいるだろうと黙認されるような
向こう見ずなアイデンティティ。

会話ログ再生。
「てゆーかさぁ、あのセンコーキモくねぇ?」
「わかるージロジロこっち見てくんだけどぉ!」
「ねえねぇそれよりもぉ、このコメもう見たぁ?」

雑多な日常生活の不平不満。
ありきたりな芸能ニュース。
それらが彼女らの会話の中で鮮度の短い
トークテーマとして消費されていく。

早送り。

緩やかだった人の流れが速度を増す。
滞ることのないそれは体内を循環する血液のようだ。

そうしてかれこれ10分、彼女らが入店したとされる
香水店まで残り50m地点。
先行する3人が大通りを外れ、
裏小路の入り口で停止した。

巻き戻し、30秒前より再生する。
本来なら叶うことのない逆行。
行き交ったものが再び対面し、
踏み潰されたアルミ缶が元ある姿を取り戻す。

「…れから行くブティックは
先輩に紹介してもらったところでぇ、」
「ええ?!マユツバじゃんw」
「大丈夫だって。ほらそこの道外れだよ。」

そういって喧騒を外れた薄暗い通路を指差す。
電灯は点滅し、換気扇の横で目の焦点が合わない中年が座り込んでいる。

彼女たちがツウだと言い張るような表通りとは
打って変わった雰囲気。
今まで難なくリスクを掻い潜ってきた
経験とその自負が此処では通用しない
矮小な感性だったことを思い知る。
誰が先頭で裏小路に入っていくか互いに
口を閉ざして躊躇っているなか、
ようやく智鶴が追いつく。

「ごめんごめん、またせちゃって。」

3人のうちリーダー格と見られる1人が、
何か思いついた様子で智鶴に話しかける。

「ねぇさ、ウチらと付き合いたいっていうから
連れて来たけど、さっきから全く喋んないじゃん。」

つられて調子を合わせる茶髪とポニテ。

「ホント。これじゃあ、いつメンと
変わんないジャン。むしろ冷める。」
「なんつのー?話したいなりにさぁ、
?感じないよね。」

慌てて答える智鶴。

「ま、まさかぁ!普段アミューズしか歩かないから、
新鮮で驚いてるだけだってぇ。話したいことだって
いっぱいあったけど私ってホラ、パッとしないから
ついて行くのに精一杯で…」
「ははwたしかにぃ!」
「それならさぁ、ウチらみたいに堂々と歩かないと。
ソレとも何?もしかしてヒヨってるとか?」
どうとでもないと両の掌を智鶴に見せて首をかしげ、
平静をアピールしてみせる金髪。

中年が無意とも有意とも知れぬ音を口から粘液と共に漏らしながら智鶴の方をゆっくり向く。
思わずヒッと声を上げ身を竦ませる智鶴。
しかし、後退りしそうな足を力ませて踏み止まる。

「そうだよね、シャンとしてないと。」
「そうね、じゃあ入会テスト。
アンタ1人でこの路地、行ってみなさい。」

えっ…?と唖然とする智鶴。
残酷なまでの手のひら返し。
誰が見てもこんな不条理、従う道理は何処にもない。

されど。
どうやら智鶴には何か別の動機があったようだ。
覚悟か意地か。
かの少女は不可視の危険を内包する闇の中へ
両の手を強く握り、一歩を踏み出した。

しかしその足が冷たいコンクリートを踏みしめる
コンマ1秒。
彼女の動きが停止した。
顔をみれば強張った表情すら微動だにしない。
筋組織による動的な静止ではない。

周囲を確認。
その無機質な沈黙は彼女のみならず、
非行少女、中年、衝突に姿勢を崩した通行人、
ミエーレストラーダ全体をも覆っている。



思わず舌打ち。

「まさか…これで終わりだっていうの?」

村岡のやつ、私が深入りすると予見して
わざと依頼人のレコードを

演算領域を活用してチャプターを調査しようにも
余りにも取っ掛かりがなさすぎる。

購入履歴を確認する。
香水をその後購入したとあるが、
その明後日に当たるコンビニの購入履歴をみれば
残高の辻褄があわない。杜撰すぎる工作だ。

じゃあなんだ。
このまま何事もなく目的の店に到着し、
4人仲良く互いのイメージにあった
こだわりの香水を選んでさようなら。
この日は友情を育んだ素敵な思い出だったと。

そんな腑抜けた報告書を私にまとめろ、と。

こんな胸糞の悪いものを見せて
放っておけ、なんて言い張るのか。


「アタシだって伊達に女子高生ハッてねえっつの…
なめてんじゃねぇぞ…JKェ!」

Exiting the proglam diving…
  Exiting the proglam diving…

首根っこから後方に引っ張られるイメージ。
吸い込まれるように意識が肉体に収まる。
全身の筋肉が一度のみ収縮し、
実存を確かめるように力強く瞼をあける。

背もたれから起き上がり大きく背伸び。

村岡に問い詰めても知らぬ存ぜぬの一点張りだろう。
となればやはり、

「明日は直接、聞き込みあるのみね。」



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