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chrysalis
10章
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起床。
ジリジリと鼓膜越しに
脳髄を突き刺す金属音。
ベッドに貼り付いた体を皮膚ごと
強引に引き剥がすように上体をおこす。
乱れたブランケット。
未だ眠りについている自分の残滓を眺めながら
動画ハブで見た鼠取り、
逃れ得ぬ罠にもがく哀れな小動物を想起する。
余りに鬱質なイメージ。
未だ残留する異物感。
…今日の私にはやらなければならないケジメがある。
気だるさそのままに自室を後にした。
身支度を整える。
連日の目覚めの悪さは今日とて例外ではなかった。
今こうして朝を廻していられるのは
かつて主流だったとされるベル型時計とやらを
昨日のうちにをセットしたからだ。
実際は録音されたコピーに他ならないが。
家を出てバスに乗り、2駅先で乗り込んできた
可奈子にあいさつ。
「おはよう珠木さん。」
「おはよ~。」
笑顔で返す彼女。
「突然だけどごめんなさい。
今日はちょっと急ぎの用があって
帰りは一緒にできそうにないの。」
「いいのいいの!
冴綺りんったら部活やってないのに
いつも遅くまで、帰りを可奈子の都合に
あわせてもらってるンだから。
あやまらなきゃいけないのはコッチだよ!」
共にセントラルステーションから
電車に乗り継ぎ商業区へ。
登校、授業、そして昼休み。
依頼人、大河内智鶴のクラスは
隣の棟に位置している。
昼食を抜きにして向かう。
「あぁ、大河内さん?彼女はちょっとね…」
「そう。じゃああのグループに用があるのか。
アイツらなら体育館裏だよ。」
「まさか、付き合いのいい彼女がなぁ…」
そうして体育館裏。
裏口の経っ張りに彼女らはたむろしていた。
両の掌で頬を打ち締め、交渉へと向かった。
「ねぇ大河内さん?」
「あぁ、わ、私?私になに?」
そういって肩にかかるアッシュグレーのブリーチを
した髪に、片耳に歪な形のイヤリングをした彼女、
大河内智鶴は此方を振り向いた。
「こんにちは、初めましてね。私、緋翅水冴綺。
此処じゃあなんだからちょっと別のところで
ハナシ、いいかしら。」
「ねぇチヅル~?コロッケパン入ってないけどぉ?」
ビニール袋を覗きながら遮るポニテ。
「あれれ?や、焼きそばパンじゃなかったっけ?」
慌てた様子の大河内さん。
「気分変わったんだっつの。
もいっぺん買ってこいよなぁ。」
「ん…?あっ!コイツだよコイツ!
朝ウチが話してたヤツ!」
茶髪が割って入ってきた。
興味無さそうにヨソを向いていた金髪が
それを聞いて薄笑いを浮かべながら此方を見た。
「…へぇ?休み前、胡散臭いオッサンと
見たこともない乗り物から降りてきたっていうのは
この子なんだぁ?」
ほんのり不快感。
悪意のこもった質問に沈黙で答える。
「そっかそっかぁ~。
妙に気取ったいけすかないヤツだと思ってたら
ウリやってるビッチだなんて分かんないもんねぇ?」
…コイツ、おもしろがってやがる。
相手の心境を鑑みない無遠慮な悪態。
オモチャを手に入れて無造作に
振り回したあと、どんな風に壊れるか
無垢で純粋な悪意のこもった目で
興味津々に眺める幼子の様を連想させる。
「ねぇチヅル?この前ウチらを置いて
いきなりいなくなったクセにぃ?
堂々と2日後ツラ出してきてさぁ。
ゴメンなんていうから
しょーがなく優しさで付き合ってやってんのに。
何よコイツ?誰でもいいっていうの?
ウチらのことナメてるわけ?」
ナイフを突きつけて相手の反応を見るような
鋭い目つきで大河内さんを見つめる金髪。
「ねぇ、誰だか知らないけど今ちょっと見ての通り
私都合が悪いの。また今度にしてくれない?」
堪らず私の近くまで近寄って金髪に背を向けたまま
耳元で困り果てたように囁く大河内さん。
あぁそうだな。
きっとこのタイミングはベストではない。
第一金髪はあの夜突然居なくなったと言った。
私の予感とこの聞き込みは確実にアタリだ。
印象を悪くせず、協力的に動いてもらうためにも
この場は撤退するのが適当だろう。
…それでも。
私は金髪を力強く正面で捉えながら
狼狽える彼女に言葉を返した。
「アナタは一歩踏み出したんでしょ?」
「え?」
「廃棄区画の裏小路は安全とはとても言えない。
私だって躊躇うもの。あそこに踏み入るのは
どんな理由が有ったって賢明な判断じゃないわ。」
「…なんでソレを?」
「でもあなたは愚かにももう一度踏み入った。
今度は自分自身の意思で。」
彼女は俯いたまま黙って聞いている。
「ツイてないわね、あの探偵はエセもエセ。
このままじゃあアナタの抱えている違和感、
いや喪失感は一生満たされない。
せっかくの勇気も愚行として終息する。」
今此処に大切なものを失いながら
その穴を埋めようともがき苦しむ少女がいる。
されど私に解決を急ぐ必要はない。
仕事をこなす分には明らかに非効率な選択。
ましてやこの依頼に首を突っ込む動機もない。
…だからなんだ。
大切な人を失ってその事実が忘れ去られる
イカれたこの街に目をつぶれば、
私がカナちゃんを忘れてしまう可能性の容認と、
何も…何も変わらない。
第一、こんなヤツらの間で弄ばれる彼女を
放っておけるほど、私は器用じゃない…!
「じゃあ…どうしろっていうのよ…?
こんな感情、私自身わっかんないのに…!」
ワナワナと震えて目に涙を浮かべる彼女。
…初めて見せた葛藤。
埋まらない心の虚空、今にも崩れそうな不安定さを
指の間から取りこぼすように、
その背中で隠すように、
眼前の来訪者にのみ、耐えかねた様子で晒している。
「…協力して。
あの探偵に提供したレコード、
まだ続きがあるでしょう?
アナタは十分に行動を示した。
平穏な沈黙。報酬としては十分かも。
でもここで打ち止めにするぐらいなら
どんな結果になるとしても
アナタは絶対に真実を掴むべきよ。」
無意味な今に縋るのはやめなさい。
私の言葉に含まれた真の意味を
彼女も感じ取ったらしい。
キッパリと姿勢を正す大河内さん。
その背中に先程のような弱々しさは無かった。
「ねぇ!チヅル!」
強く彼女を呼び止める金髪。
しかし大河内さん、いやチヅルは
非行少女らに背を向けたまま、
確かな足取りでこの場を後にしたのだった。
ジリジリと鼓膜越しに
脳髄を突き刺す金属音。
ベッドに貼り付いた体を皮膚ごと
強引に引き剥がすように上体をおこす。
乱れたブランケット。
未だ眠りについている自分の残滓を眺めながら
動画ハブで見た鼠取り、
逃れ得ぬ罠にもがく哀れな小動物を想起する。
余りに鬱質なイメージ。
未だ残留する異物感。
…今日の私にはやらなければならないケジメがある。
気だるさそのままに自室を後にした。
身支度を整える。
連日の目覚めの悪さは今日とて例外ではなかった。
今こうして朝を廻していられるのは
かつて主流だったとされるベル型時計とやらを
昨日のうちにをセットしたからだ。
実際は録音されたコピーに他ならないが。
家を出てバスに乗り、2駅先で乗り込んできた
可奈子にあいさつ。
「おはよう珠木さん。」
「おはよ~。」
笑顔で返す彼女。
「突然だけどごめんなさい。
今日はちょっと急ぎの用があって
帰りは一緒にできそうにないの。」
「いいのいいの!
冴綺りんったら部活やってないのに
いつも遅くまで、帰りを可奈子の都合に
あわせてもらってるンだから。
あやまらなきゃいけないのはコッチだよ!」
共にセントラルステーションから
電車に乗り継ぎ商業区へ。
登校、授業、そして昼休み。
依頼人、大河内智鶴のクラスは
隣の棟に位置している。
昼食を抜きにして向かう。
「あぁ、大河内さん?彼女はちょっとね…」
「そう。じゃああのグループに用があるのか。
アイツらなら体育館裏だよ。」
「まさか、付き合いのいい彼女がなぁ…」
そうして体育館裏。
裏口の経っ張りに彼女らはたむろしていた。
両の掌で頬を打ち締め、交渉へと向かった。
「ねぇ大河内さん?」
「あぁ、わ、私?私になに?」
そういって肩にかかるアッシュグレーのブリーチを
した髪に、片耳に歪な形のイヤリングをした彼女、
大河内智鶴は此方を振り向いた。
「こんにちは、初めましてね。私、緋翅水冴綺。
此処じゃあなんだからちょっと別のところで
ハナシ、いいかしら。」
「ねぇチヅル~?コロッケパン入ってないけどぉ?」
ビニール袋を覗きながら遮るポニテ。
「あれれ?や、焼きそばパンじゃなかったっけ?」
慌てた様子の大河内さん。
「気分変わったんだっつの。
もいっぺん買ってこいよなぁ。」
「ん…?あっ!コイツだよコイツ!
朝ウチが話してたヤツ!」
茶髪が割って入ってきた。
興味無さそうにヨソを向いていた金髪が
それを聞いて薄笑いを浮かべながら此方を見た。
「…へぇ?休み前、胡散臭いオッサンと
見たこともない乗り物から降りてきたっていうのは
この子なんだぁ?」
ほんのり不快感。
悪意のこもった質問に沈黙で答える。
「そっかそっかぁ~。
妙に気取ったいけすかないヤツだと思ってたら
ウリやってるビッチだなんて分かんないもんねぇ?」
…コイツ、おもしろがってやがる。
相手の心境を鑑みない無遠慮な悪態。
オモチャを手に入れて無造作に
振り回したあと、どんな風に壊れるか
無垢で純粋な悪意のこもった目で
興味津々に眺める幼子の様を連想させる。
「ねぇチヅル?この前ウチらを置いて
いきなりいなくなったクセにぃ?
堂々と2日後ツラ出してきてさぁ。
ゴメンなんていうから
しょーがなく優しさで付き合ってやってんのに。
何よコイツ?誰でもいいっていうの?
ウチらのことナメてるわけ?」
ナイフを突きつけて相手の反応を見るような
鋭い目つきで大河内さんを見つめる金髪。
「ねぇ、誰だか知らないけど今ちょっと見ての通り
私都合が悪いの。また今度にしてくれない?」
堪らず私の近くまで近寄って金髪に背を向けたまま
耳元で困り果てたように囁く大河内さん。
あぁそうだな。
きっとこのタイミングはベストではない。
第一金髪はあの夜突然居なくなったと言った。
私の予感とこの聞き込みは確実にアタリだ。
印象を悪くせず、協力的に動いてもらうためにも
この場は撤退するのが適当だろう。
…それでも。
私は金髪を力強く正面で捉えながら
狼狽える彼女に言葉を返した。
「アナタは一歩踏み出したんでしょ?」
「え?」
「廃棄区画の裏小路は安全とはとても言えない。
私だって躊躇うもの。あそこに踏み入るのは
どんな理由が有ったって賢明な判断じゃないわ。」
「…なんでソレを?」
「でもあなたは愚かにももう一度踏み入った。
今度は自分自身の意思で。」
彼女は俯いたまま黙って聞いている。
「ツイてないわね、あの探偵はエセもエセ。
このままじゃあアナタの抱えている違和感、
いや喪失感は一生満たされない。
せっかくの勇気も愚行として終息する。」
今此処に大切なものを失いながら
その穴を埋めようともがき苦しむ少女がいる。
されど私に解決を急ぐ必要はない。
仕事をこなす分には明らかに非効率な選択。
ましてやこの依頼に首を突っ込む動機もない。
…だからなんだ。
大切な人を失ってその事実が忘れ去られる
イカれたこの街に目をつぶれば、
私がカナちゃんを忘れてしまう可能性の容認と、
何も…何も変わらない。
第一、こんなヤツらの間で弄ばれる彼女を
放っておけるほど、私は器用じゃない…!
「じゃあ…どうしろっていうのよ…?
こんな感情、私自身わっかんないのに…!」
ワナワナと震えて目に涙を浮かべる彼女。
…初めて見せた葛藤。
埋まらない心の虚空、今にも崩れそうな不安定さを
指の間から取りこぼすように、
その背中で隠すように、
眼前の来訪者にのみ、耐えかねた様子で晒している。
「…協力して。
あの探偵に提供したレコード、
まだ続きがあるでしょう?
アナタは十分に行動を示した。
平穏な沈黙。報酬としては十分かも。
でもここで打ち止めにするぐらいなら
どんな結果になるとしても
アナタは絶対に真実を掴むべきよ。」
無意味な今に縋るのはやめなさい。
私の言葉に含まれた真の意味を
彼女も感じ取ったらしい。
キッパリと姿勢を正す大河内さん。
その背中に先程のような弱々しさは無かった。
「ねぇ!チヅル!」
強く彼女を呼び止める金髪。
しかし大河内さん、いやチヅルは
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