あの子は声に恋してる 長編版

乙太郎

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Subject:valentine Cc:ヤミネ

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はっはっはっ
かける。
はっはっはっ
かける。
とぉーうっ!
すべりこんできめぽーず。

「な、だれだよおまえ!」

ふてきなわらいでうけとめる。
ひーろーたるもの、しゅういのきたいには
ぜんりょくでこたえるべし!

「たずねられたらなのるまで!
だれかのぴんちにかけつける
みんなのひーろー、
やみねまこと、さんじょー!」


………
……pi
…pipi
pipipi

「んぐ…っああぁ…」

こんもり布団から腕を伸ばす。
とど…とどけ…とどけったら…!

机の方まさぐって。
pi…
アラーム停止の早朝6時半。
ばさり…
布団を押しのけ上体を起こす。

「………」

呆けて寝起き直後。
今日は…今日は…?
2月14日、木曜日。
木曜日…木曜日かぁ…
ダルいな、体育あるじゃあないか。

「だぁ…チクショウメ…」

階段を重い足取りで降りて行って
歯磨き、顔洗いのモーニングルーティン。
済ませてリビング直行だ。

「おはよう」
「おはようね、マコト。
朝ご飯、もう出来てるわよ」

パジャマもそのままに
ダイニングテーブルにつく。

「今日は2月14日、
天気も絶好の晴れ模様となっております。」

目玉焼き、ウインナー。
ミキサーにかけたバナナと牛乳のフラッペ
それと…

「母さん…?」
「…なにか?」
「どうしたの、これ?」

チョコソースのかかったトースト。
その、俺はご飯派とかパン派みたいな
妙な2大派閥への所属を
明言してるわけでは無いけれど。
朝から…塩味と…甘味…?

「なにもおかしなことじゃないわよ?
海の向こうじゃあ、パンケーキに
カリカリのベーコンとチョコソースを
添えるっていうじゃない。」

なんだって急に米国食文化を
意識しだしたか分からんけれど。

「…そういうもん?」
「…そういうもんなんでしょ。」

フォークで皮の張ったソーセージを口に運ぶ。
ぷちん。ジューシーな肉汁が溢れ出す。
合わせて茶色にテカテカしたトーストを一口。
うーむ、アリ…かな…?

「…というわけで!
今日はバレンタイン告白日和ですねっ!」

ぷつん。理解より先にリモコンに手が伸びていた。
無理やりに食事を再開する。
味覚の方は慣れない味蕾への刺激と
唐突な憂鬱さで完全にバグりきってしまった。

「…マコト。」

………

「カウントしたって、構わないからね。」



「行ってきます。」
「その…気を確かにね。」

片足立ちで踵を靴に合わせる。
学ランにリュック。
いつも通り。いつも通りじゃないか。
だのに珍しく玄関先まで見送る
心配そうに表情を曇らせた母さん。

ばたむ。

「過保護だっての…」

世界人口がおおよそ80億。
男女比は1:1に肉薄している。
この比率は東の島国、ジャパンにも
例に漏れず同様である。
だってのに…
バレンタインってのは
なんだって独り身男子は極小数しか
幸せになれないんだろうか?

「…まぁ、知らんけど。」

…肥大化したスケールでの疑問提起は
ちっぽけな自分自身に焦点を
合わせないための常套手段だったり。


歩いていって校門前。
正直なところこの時間は
登校する生徒はまばらである。
部活動の朝練時間。
青春への献身に熱心な小数生徒が
殆どを占めているからだ。
運動場通り過ぎて昇降口。
階段上がって2年生の教室へ。
教室棟は吹奏楽部の音楽室前を除いてすっからかん。
だから、こんな早くに教室に居るのは、ーーー

「ん?いたのか、花澤。おはよう。」
「っ…お、おはよう。ヤミくん」

俺、八峯やみねまことと、俺みたいな変わり者の同類のみである。

「それにしても今日ははやいな。
木曜日の早朝はいつもいないじゃあないか。」
「たっ……あっ……」
「あぁすまん、無理すんな。
やっぱ俺に構わず続けてくれ。」

花澤はなざわ沙弥さや。俺と同じ文芸部所属の部長兼副部長だ。
と、いうのも。
この学校は部活動への参加が必須であって
身寄りのない俺は渋々文芸部へと入部した。
つまりは文芸部はその大半が幽霊部員で
表立って創作活動をしているのは花澤のみ。
面倒ごとを全て彼女に押しつけた結果があの異様な肩書きなのだった。

クラスに溶け込めない俺がいうのもなんだが
部室以外だとマトモに喋ることもままならない
なんともかわいそうな筋金入りのコミュ障である。

「あっ……う、うん。」

再び手元のノートを向き直す花澤。
さぁ、精神をすり減らすような毎日だが
今日はその中でもとびきりのエマージェンシーだ。
どうにかして過酷な青春を生き延びなければ。
ライトノベルをリュックから取り出し
イラストの入った背表紙カバーを外して読み始める。
すっかり手の中に馴染んだ小冊子。
ただの読書なら家ですればいいじゃないかって?
俺から言わせればそんな指摘、
せいぜいがアマチュアサバイバー止まりだってんだ。


授業開始15分前。
人気のなかった教室内が
登校組と朝練組でごったがえす。
わいわい。がやがや。
ふと花澤の方をみやる。
熱心に筆をすすめる彼女。
小説創作ノートは授業用のものに置き換わっていた。
その集中は如何なるためか。
無論、不干渉を突き通すためである。
俺と花澤はクラスの座席配置の中心、隣の席どうしだ。
つまりは生徒の集まり出す早朝に何が起こるかというと…

「…なぁなぁそれでさー」

どかっ

望まずとも割り当てられた自分の机、
ページめくりに勤しむ右手の真横に腰掛ける男子。
まったく遠慮もへったくれもない。
要は自分の席が無くなってしまうのである。
授業開始1分前までリュックを背負ったまま
傍らに立ち尽くす惨めさは筆舌に尽くし難い。


シカトによって消耗する自らの存在価値。
でも、今朝のソレは今までと比べものにならなかった。

「今年はどうなの?予想は?」
「まぁ俺は後輩マネがくれるだろうし…」
「義理チョコでも市販でもいいから
誰か恵んでくれないかなぁ」
「ヤッバ!実質本命だろそれ…」
「正直何個あったって大したことじゃねぇよ…それより…」


綾莉あやりちゃんのチョコが
何処の誰へ向かうか、だよな!」




学生ならば一度は必ず話題にあがる称号。
性別問わず誰もが注目を向けるカリスマ。
生徒間で学校の顔とまで謳われる
まごうことなき偶像アイドル的存在。

茶の入った艶のあるボブカット。
好みの是非をモノともしない洗練されたプロポーション。
かくあれとデザインされたように整った黄金比の顔つき。
たおやかな仕草に毅然とした気品。
それでいて万人に好かれる愛想の良さと
学校で上位に数え上げられる知性。

この穣泉じょうせん高校において
満場一致で崇められるマドンナこそ
珠樹たまき綾莉あやり、そのひとなのである。


おぉ~いぃ、とっとと席に着けぇ!


始業ベルと同時にクラスに入ってくる担任教師。
蜘蛛の子を散らすように席に着くクラスメイト。
ようやくの安息に一息ついて、ーーー

「馬鹿言え…手が届かないから
アイドルなんじゃないか…」

浮き足だった青い少年らを一括りにして
ぽつりと、嘲笑うように呟いた。


それじゃあ授業はおわり。
みんな、学期末テスト控えてるんだから
あんましハメを外さないように。
以上、学級委員よろしく。

休み時間。
起立、礼、着席。
一旦の休息を告げる通過儀礼。
授業が終わったんだから、席に着く。
当たり前のことだ。恥ずべきことなど何処にもない。
ーーー、にもかかわらず。

ざわざわと一際沸き立つ教室内。
その大半が立ち話に興じている。

「………」

弁当もあるけれど。
朝食のアレと過度のプレッシャーで
すっかり消化器官は食事を受け付けない。


「はぁぁああ…」

皮肉にも此処は
どうにもこうにも俺にはお手上げである。
脱力。
突っ伏して昼下がり。
体育終わりの疲労感が背面にそって滲んでいく。

そうだ。眠ってしまえばいい。
目覚めの清々しさでもって。
恋人のためのバレンタインなど
微睡みとともに消え去ればいい。

それがいい…それでいい…
結局のところ…
俺みたいなはぐれものには縁のない…
すてきでしあわせなイベントなんだから…

………
………
………


「ヤミネ君…ちょっと、いい?」
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