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仕事も住処も
1.
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翌日、仕事を終えて印刷所を出ると、マナーモードにしていたスマホがブルブルと振動して、メッセージの着信を知らせている。
見ると、カフェのマスターからだった。
【今日の夜、店に来られますか?】
私はすぐに【はい、いま退社したので、これからお邪魔する予定です】と返すと、すぐに【お話があるのでお待ちしています】と返ってきた。
……話、って、何だろう?
もしかすると、もう何か仕事を見つけてくれた、とか……?
いや、まさか。だって、昨日の今日だ。
とにかく私はカフェへと急いで向かった。
「結麻さん。昨日の、お仕事の件ですけどね」
「はい」
「僕の知り合いに、役員秘書の補佐を探している人がいて」
「秘書の補佐、ですか……」
私の反応を見たマスターが、ふわりと微笑んだ。
「主な役員にはひとりずつ秘書が付いているんですが、多忙すぎて事務処理などが滞りがちと言うことで、それらの事務仕事を補佐する人を募集していると言うことらしいんですけど。……どうでしょうか?」
「それは、ありがたいですけど……私なんかで大丈夫でしょうか……?」
「問題ないと思いますけど、不安でしたらぜひ直接聞いてみて下さい」
「えっ、あ、はい? 直接……?」
私があたふたと適当な返事を返すうちに、マスターは店内にいる誰かに向かって手を上げた。
それを見た人物が、座っていた窓際のテーブル席からこちらへと向かって歩いてくる。
――え?
うそ、でしょ……?
待って。
そんな、私、まだ心の準備、出来てない……。
そんなことって、あるの……?
きっと、違う。
きっとこれは、都合の良すぎる夢。
きっときっと、絶対、夢だ……。
その人が目の前まで歩いてくるほんの数秒で、私の心臓は驚くほど速く大きく激しく鼓動し始める。
ドキドキしすぎて、もはや、心臓が痛い……。
「こんばんは。はじめまして」
「こん、ばんは……」
まさか、密かに心を寄せるその人が目の前で私に向かって微笑むなんて、そんなことが起こるとは思ってもみなかった。
今までこんな近くでその人を見る事は、一度もなくて。
そして、正面から視線を合わせたことも、もちろんなくて。
声だって、ちゃんと聞いたこともなくて……。
無いことずくめだったのに、いきなりその全てが一気に私の前にやってきた。
あり得ない、これは、夢……なのかも……。
その人は名前を“篠宮 伊吹”と名乗り、とても洗練された優雅な仕草で私に一枚の名刺を差し出した。
おずおずとそれを受け取った私は、手渡された小さな紙に目を落とす。
大手商社として広く知られる篠宮商事の専務取締役をしている、らしい。
篠宮家の御曹司と言うこと、だよね……?
どうりで上等な身なりなうえに優雅な身のこなしなはずだ。
「マスターから聞いたと思いますが、役員秘書のお手伝いをしてくれる人を探しています。いかがですか? 何か条件があるようでしたら、出来る限り考慮します」
条件……?
いやいや、条件なんてそんなことを私から言うだなんて、おそれ多すぎる!
「住む場所も同時に確保したかったんですが……。そちらは少しだけ待ってもらっても良いですか?」
「あっ、はいっ。と言うか、住む場所まで探して下さってるんですか?」
「マンションの下の階で空き部屋が出そうなので、当面はそちらを、と思っています」
「えっ、あの……」
「はい?」
「えっと……その、家賃がお高いのでは……?」
篠宮家の御曹司が住むマンションだ、きっと高級マンションに違いない。
そんなマンションの一室の家賃を想像して、私は思わず気が遠くなった。
そんな私の想像をよそに、篠宮さんは「ああ、家賃ですか」と、大したことなさそうな声で返す。
「リフォーム無しで入っていただけるなら、割り引けるそうです。もちろん清掃してから入って頂きますのでご安心下さい」
「は、い、もちろんリフォームなんて、必要ないですけど……」
「ただ、まだ入居中で交渉している最中なので、少しだけお待ち頂くことになるかも知れません」
「はい、それは多分大丈夫です」
少しの間だけなら、どこか格安で宿泊できるところを探せば良い。
お給料が保証されているなら少しの出費は仕方がないよね。
それに、これを逃せばこんな大きな会社で働ける機会なんて、私にはきっと一生ないに違いない。
色々考えた末、篠宮さんの紹介してくれた仕事を引き受けさせて頂くことにした。
この先、あんなとんでもない事になってしまうとは、夢にも思わずに――――。
見ると、カフェのマスターからだった。
【今日の夜、店に来られますか?】
私はすぐに【はい、いま退社したので、これからお邪魔する予定です】と返すと、すぐに【お話があるのでお待ちしています】と返ってきた。
……話、って、何だろう?
もしかすると、もう何か仕事を見つけてくれた、とか……?
いや、まさか。だって、昨日の今日だ。
とにかく私はカフェへと急いで向かった。
「結麻さん。昨日の、お仕事の件ですけどね」
「はい」
「僕の知り合いに、役員秘書の補佐を探している人がいて」
「秘書の補佐、ですか……」
私の反応を見たマスターが、ふわりと微笑んだ。
「主な役員にはひとりずつ秘書が付いているんですが、多忙すぎて事務処理などが滞りがちと言うことで、それらの事務仕事を補佐する人を募集していると言うことらしいんですけど。……どうでしょうか?」
「それは、ありがたいですけど……私なんかで大丈夫でしょうか……?」
「問題ないと思いますけど、不安でしたらぜひ直接聞いてみて下さい」
「えっ、あ、はい? 直接……?」
私があたふたと適当な返事を返すうちに、マスターは店内にいる誰かに向かって手を上げた。
それを見た人物が、座っていた窓際のテーブル席からこちらへと向かって歩いてくる。
――え?
うそ、でしょ……?
待って。
そんな、私、まだ心の準備、出来てない……。
そんなことって、あるの……?
きっと、違う。
きっとこれは、都合の良すぎる夢。
きっときっと、絶対、夢だ……。
その人が目の前まで歩いてくるほんの数秒で、私の心臓は驚くほど速く大きく激しく鼓動し始める。
ドキドキしすぎて、もはや、心臓が痛い……。
「こんばんは。はじめまして」
「こん、ばんは……」
まさか、密かに心を寄せるその人が目の前で私に向かって微笑むなんて、そんなことが起こるとは思ってもみなかった。
今までこんな近くでその人を見る事は、一度もなくて。
そして、正面から視線を合わせたことも、もちろんなくて。
声だって、ちゃんと聞いたこともなくて……。
無いことずくめだったのに、いきなりその全てが一気に私の前にやってきた。
あり得ない、これは、夢……なのかも……。
その人は名前を“篠宮 伊吹”と名乗り、とても洗練された優雅な仕草で私に一枚の名刺を差し出した。
おずおずとそれを受け取った私は、手渡された小さな紙に目を落とす。
大手商社として広く知られる篠宮商事の専務取締役をしている、らしい。
篠宮家の御曹司と言うこと、だよね……?
どうりで上等な身なりなうえに優雅な身のこなしなはずだ。
「マスターから聞いたと思いますが、役員秘書のお手伝いをしてくれる人を探しています。いかがですか? 何か条件があるようでしたら、出来る限り考慮します」
条件……?
いやいや、条件なんてそんなことを私から言うだなんて、おそれ多すぎる!
「住む場所も同時に確保したかったんですが……。そちらは少しだけ待ってもらっても良いですか?」
「あっ、はいっ。と言うか、住む場所まで探して下さってるんですか?」
「マンションの下の階で空き部屋が出そうなので、当面はそちらを、と思っています」
「えっ、あの……」
「はい?」
「えっと……その、家賃がお高いのでは……?」
篠宮家の御曹司が住むマンションだ、きっと高級マンションに違いない。
そんなマンションの一室の家賃を想像して、私は思わず気が遠くなった。
そんな私の想像をよそに、篠宮さんは「ああ、家賃ですか」と、大したことなさそうな声で返す。
「リフォーム無しで入っていただけるなら、割り引けるそうです。もちろん清掃してから入って頂きますのでご安心下さい」
「は、い、もちろんリフォームなんて、必要ないですけど……」
「ただ、まだ入居中で交渉している最中なので、少しだけお待ち頂くことになるかも知れません」
「はい、それは多分大丈夫です」
少しの間だけなら、どこか格安で宿泊できるところを探せば良い。
お給料が保証されているなら少しの出費は仕方がないよね。
それに、これを逃せばこんな大きな会社で働ける機会なんて、私にはきっと一生ないに違いない。
色々考えた末、篠宮さんの紹介してくれた仕事を引き受けさせて頂くことにした。
この先、あんなとんでもない事になってしまうとは、夢にも思わずに――――。
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