嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

文字の大きさ
16 / 75
嘘の恋人

5.

しおりを挟む
 車から降り立つ時に手を取った状態のまま、テーマパークの中を歩いて行く。
 日曜日なので、園内は家族連れやカップルで賑わっていた。

 ……私と伊吹さんも、端から見ればあんな風にカップルに見えるのかも知れない。

 仕事だなんて思ってみても、繋がれた手から伝わる伊吹さんの手の温もりがどうしても気になってしまって、とても仕事と思い込む事なんて無理だった。

「……なんだか難しい顔をしてるけど、大丈夫? 気分でも悪いですか?」
「えっ? あ、いえ、違います、ごめんなさい大丈夫ですっ。ちょっと、色々考えちゃって……」
「いろいろ……? どうしたの?」
「えっと……」

 まさか頭の中で考えていたことを口に出すわけにはいかず、苦笑いするしかなかった。

「大丈夫です、なんでもありません」
「ならいいけど……。今日はデートだから、楽しんで」
「はい」

 ……罪深い人だ。
 デートであるはずなんてないのに。

 だって、伊吹さんは――

「寒くない?」
「はい、大丈夫です」
「夜はイルミネーションも綺麗らしいよ」
「そうなんですか? 楽しみです」

 ――こうして始まった“お仕事デート”。

 仕事だと頭では思いながらも、伊吹さんのさり気ない気遣いやちょっとした仕草にさえドキッとしたりキュンとしたりして、やっぱりどうしても仕事だなんて思えてなくて……。
 ずっと手を繋いだまま、って言うのも、ドキドキの原因で……。
 結局、終始ドキドキきゅんきゅんしっぱなしだった。

「イルミネーション、観覧車から見ると綺麗らしいよ」

 伊吹さんに手を引かれ。
 帰る間際、最後の最後に乗った観覧車から見たイルミネーションは、私きっと、一生忘れないと思う。
 心から好きな人と何かを共有できると言う経験を、私は人生で初めて経験した。

「ほんと、綺麗ですね……」
「……うん、そうだね」

 二人きりのゴンドラの中、眼下には色とりどりの光が広がっていて――。
 あまりの美しさと、伊吹さんと二人きりというシチュエーションに、なぜか熱いものが込み上げてきて……。

「……結麻さん?」

 きっとこれから先、こんな事は起きないんだろうな。
 私の人生の中で、誰か異性とこうやって二人きりにで過ごすことなんて、恐らくもう二度と起きたりしないだろう。
 一生に一度の経験を、好きな人と――たとえ相手が私を好きではないとしても――出来た事は、とても貴重で、とても嬉しい経験だった。

 気付けば、私の頬を涙が伝っていて……。

「結麻さん、どうしたの? 大丈夫?」
「あ……、ごめんなさい、なんでもないです、あまりにも綺麗だから……」

 流れる涙のわけを、私はそう言って誤魔化した。

 女の子らしくて可愛らしい涙の拭い方なんて、とうの昔に忘れてしまった。
 伊吹さんと繋いでいない方の手で、涙を雑に拭う。
 涙でぼやけるからますますイルミネーションが美しく感じるんだ、と自分に言い聞かせて。
 涙が流れる本当の理由から、目を背けて。

「結麻さん……」

 何か言いたげな伊吹さんの声を、遮断して。
 こうなる事は覚悟していたはずなのに、やっぱりまだ、何一つ覚悟できていなかったのだと、今更気付いて……。

 ――そうやって、お仕事であるはずのデートは、涙で幕を閉じた…………。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

ホウセンカ

えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー! 誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。 そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。 目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。 「明確な理由がないと、不安?」 桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは―― ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。 ※イラストは自作です。転載禁止。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

契約結婚!一発逆転マニュアル♡

伊吹美香
恋愛
『愛妻家になりたい男』と『今の状況から抜け出したい女』が利害一致の契約結婚⁉ 全てを失い現実の中で藻掻く女 緒方 依舞稀(24) ✖ なんとしてでも愛妻家にならねばならない男 桐ケ谷 遥翔(30) 『一発逆転』と『打算』のために 二人の契約結婚生活が始まる……。

2月31日 ~少しずれている世界~

希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった 4年に一度やってくる2月29日の誕生日。 日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。 でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。 私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。 翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

処理中です...