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貴方の想い人
2.
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店の扉を開け、店内に足を踏み入れると同時に、マスターから「結麻さん!」と声がかかる。
「こんばんは、ご無沙汰してます」
「いらっしゃい! 元気でしたか?」
「はい、おかげさまで」
「ああ、どうぞこちらに座って下さい。仕事は慣れましたか?」
「はい、なんとか。あの、その節はお仕事を紹介していただき、ありがとうございました。お礼に伺うのが遅くなってしまって、申し訳ありません」
本当ならもっと早くお礼を言いに来ようと思っていたんだけど、なかなか来られなくて、礼を失してしまったと思う。
座らずに頭を下げる私に、「あはは、大丈夫です、事情は大体分かってますから。まぁ座って下さい」と笑った。
マスターは本当に寛大な方だ。
「どうせ伊吹くんが結麻さんを独占してるんだろうと思ってたから、大丈夫ですよ」
「えっ。いえ、独占とかでは、ないと思うんですけど……」
「そう? でも、なるべく早く帰ろうとするでしょ? 結麻さんの夕飯目当てに」
「そう言えば、お帰りは案外早いですね」
「彼は今日はまだ仕事?」
「はい。取引先の方との会食なんです」
「残念がってたでしょ」
「うーん、どう、かな……」
今朝家を出る時、「結麻さんの手料理の方が百倍ぐらい美味しいんですけどね」なんて言われたけど、私は言葉通り受け取っているわけではない。
どう考えたって、レストランや料亭で出される料理より私の家庭料理の方が上なわけがないから。
そこまで話して、昨日買ったお土産をマスターに渡すのを忘れていたことを思い出した。
マスターに手渡すと、お土産について多くを語らない私を見て、にっこりと笑った。
「……楽しかったですか? デート」
「えっ? あ、あの、えっと」
「伊吹くんと行ったんでしょ?」
「えっと、まぁ、はい……」
「あ、そうだ。結麻さん、今日の夕飯は? 帰ってから作るの?」
急に話題が変わってびっくりしてる私に、マスターは笑顔を崩さずに言葉を続けた。
「夕飯まだだったら、何か作るからここで食べて帰りませんか?」
「えっ? でも、夜はフード類は出してませんよね……?」
「確かに夜のメニューにはケーキとか甘いものしかないけど、……実はいま、裏で昼のスタッフが新しいランチの試作をしてて。彼に何か作らせるから、食べて行って下さい」
「でも、試作って事は、その方もお仕事中ですよね?」
「趣味の延長だから、大丈夫です」
マスターは私の苦手な食べ物だけを聞いて、私が特に無いと答えると「ちょっと待ってて下さいね」と言って店の奥へと消えていった。
このカフェは、昼前の11時に開店して、閉店は夜11時だ。昼は15時までランチを出していて、それ以降の食べ物はケーキなど甘いものしか置かない。
私は夜にしか来たことがなくて、いつもコーヒーを一杯飲むだけだった。
よく考えると売り上げに全く貢献しない客だったと思う。
「お待たせしました」
マスターと共に出て来た若い男性が、美味しそうなプレートを差し出してくれて、思わず「わぁ、美味しそう!」と感嘆の声を漏らしてしまった。
「はじめまして。噂には聞いてたけど……きみが結麻ちゃんかぁ」
「はい、若月結麻です、はじめまして」
年齢は、私より少しだけ上、ぐらいだろうか。
とても優しそうな人だ。
マスターの周りにはやっぱり同じように優しい空気を纏った人が集まってるんだなって、感心してしまった。
「こらこら楓くん。まず名乗りなさい」
「あぁ、ごめんね結麻ちゃん。名前かぁ……まぁ、苗字はいらないよね? 自分の苗字嫌いなんだ。カエデです。木偏に風って書く、アレね。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
随分気さくな人で、楓さんの柔らかい笑顔に私はすっかり安心してしまう。
「冷めちゃうから、食べて食べて。後で感想聞かせてくれると嬉しい」
「あ、はい。いただきます」
楓さんの作ってくれたお料理はどれもとても美味しくて、腹ぺこだった私はあっという間にペロリと平らげてしまった。
ランチタイムに出すプレートの試作とのことだけど、このままランチに出しても何の問題も無さそうだ。
むしろ、こんなに美味しいランチを食べられるなら、毎日ランチタイムにこのお店に来たいぐらい。
その感想をそのまま伝えると、楓さんはとても喜んでくれた。
「会社抜け出しておいでよ~」
「こらこら楓くん。そんな悪い勧誘しちゃだめです」
「あはは、冗談ですってば」
「それより楓くん、結麻さんをちゃんと送ってあげて下さいよ?」
「はいはい、それは任せて」
「結麻さん、今日は来て下さってありがとう。また伊吹くんの夕飯が要らない時は寄ってくれると嬉しいです。事前にメッセージくれたら、食べるものも用意しておきますから」
マスターのありがたすぎる申し出に私は何度も何度もお礼を述べて、お店を後にした――。
「こんばんは、ご無沙汰してます」
「いらっしゃい! 元気でしたか?」
「はい、おかげさまで」
「ああ、どうぞこちらに座って下さい。仕事は慣れましたか?」
「はい、なんとか。あの、その節はお仕事を紹介していただき、ありがとうございました。お礼に伺うのが遅くなってしまって、申し訳ありません」
本当ならもっと早くお礼を言いに来ようと思っていたんだけど、なかなか来られなくて、礼を失してしまったと思う。
座らずに頭を下げる私に、「あはは、大丈夫です、事情は大体分かってますから。まぁ座って下さい」と笑った。
マスターは本当に寛大な方だ。
「どうせ伊吹くんが結麻さんを独占してるんだろうと思ってたから、大丈夫ですよ」
「えっ。いえ、独占とかでは、ないと思うんですけど……」
「そう? でも、なるべく早く帰ろうとするでしょ? 結麻さんの夕飯目当てに」
「そう言えば、お帰りは案外早いですね」
「彼は今日はまだ仕事?」
「はい。取引先の方との会食なんです」
「残念がってたでしょ」
「うーん、どう、かな……」
今朝家を出る時、「結麻さんの手料理の方が百倍ぐらい美味しいんですけどね」なんて言われたけど、私は言葉通り受け取っているわけではない。
どう考えたって、レストランや料亭で出される料理より私の家庭料理の方が上なわけがないから。
そこまで話して、昨日買ったお土産をマスターに渡すのを忘れていたことを思い出した。
マスターに手渡すと、お土産について多くを語らない私を見て、にっこりと笑った。
「……楽しかったですか? デート」
「えっ? あ、あの、えっと」
「伊吹くんと行ったんでしょ?」
「えっと、まぁ、はい……」
「あ、そうだ。結麻さん、今日の夕飯は? 帰ってから作るの?」
急に話題が変わってびっくりしてる私に、マスターは笑顔を崩さずに言葉を続けた。
「夕飯まだだったら、何か作るからここで食べて帰りませんか?」
「えっ? でも、夜はフード類は出してませんよね……?」
「確かに夜のメニューにはケーキとか甘いものしかないけど、……実はいま、裏で昼のスタッフが新しいランチの試作をしてて。彼に何か作らせるから、食べて行って下さい」
「でも、試作って事は、その方もお仕事中ですよね?」
「趣味の延長だから、大丈夫です」
マスターは私の苦手な食べ物だけを聞いて、私が特に無いと答えると「ちょっと待ってて下さいね」と言って店の奥へと消えていった。
このカフェは、昼前の11時に開店して、閉店は夜11時だ。昼は15時までランチを出していて、それ以降の食べ物はケーキなど甘いものしか置かない。
私は夜にしか来たことがなくて、いつもコーヒーを一杯飲むだけだった。
よく考えると売り上げに全く貢献しない客だったと思う。
「お待たせしました」
マスターと共に出て来た若い男性が、美味しそうなプレートを差し出してくれて、思わず「わぁ、美味しそう!」と感嘆の声を漏らしてしまった。
「はじめまして。噂には聞いてたけど……きみが結麻ちゃんかぁ」
「はい、若月結麻です、はじめまして」
年齢は、私より少しだけ上、ぐらいだろうか。
とても優しそうな人だ。
マスターの周りにはやっぱり同じように優しい空気を纏った人が集まってるんだなって、感心してしまった。
「こらこら楓くん。まず名乗りなさい」
「あぁ、ごめんね結麻ちゃん。名前かぁ……まぁ、苗字はいらないよね? 自分の苗字嫌いなんだ。カエデです。木偏に風って書く、アレね。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
随分気さくな人で、楓さんの柔らかい笑顔に私はすっかり安心してしまう。
「冷めちゃうから、食べて食べて。後で感想聞かせてくれると嬉しい」
「あ、はい。いただきます」
楓さんの作ってくれたお料理はどれもとても美味しくて、腹ぺこだった私はあっという間にペロリと平らげてしまった。
ランチタイムに出すプレートの試作とのことだけど、このままランチに出しても何の問題も無さそうだ。
むしろ、こんなに美味しいランチを食べられるなら、毎日ランチタイムにこのお店に来たいぐらい。
その感想をそのまま伝えると、楓さんはとても喜んでくれた。
「会社抜け出しておいでよ~」
「こらこら楓くん。そんな悪い勧誘しちゃだめです」
「あはは、冗談ですってば」
「それより楓くん、結麻さんをちゃんと送ってあげて下さいよ?」
「はいはい、それは任せて」
「結麻さん、今日は来て下さってありがとう。また伊吹くんの夕飯が要らない時は寄ってくれると嬉しいです。事前にメッセージくれたら、食べるものも用意しておきますから」
マスターのありがたすぎる申し出に私は何度も何度もお礼を述べて、お店を後にした――。
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