19 / 75
貴方の想い人
3.
しおりを挟む
カフェからマンションまではそう遠い道のりではないので、送っていただく必要は無いって何度も断ったけれど聞き入れて貰えず……。
カフェを出ると、道を挟んだ向かい側にある小さなお花屋さんが目に入る。
明るくライトアップされた美しい花々で溢れるそのお店は、まるでキラキラと輝く宝石のようだ。
花屋の店員である女性が、今から花束でも作るのだろうか、花を何本も選んで手に取っている。
私は思わず彼女から目を逸らした。
――見なければ良かった、見えないふりをすれば、良かったのに……。
彼女の姿を見ると、思い出したくない記憶が次々に蘇る。
「……結麻ちゃん? どうしたの?」
楓さんに声を掛けられ、私はハッと我に返った。
「ご、めんなさい、なんでも、ないです」
「……そう?」
「はい」
様子のおかしい私の顔を、楓さんが心配そうに覗き込む。
「なんでもない、です。行きましょう」
私はなんとか気持ちを切り替えて、足を踏み出した。
歩きながら、お互い名前以外のほんの少しの自己紹介をし合うと、楓さんは私より一歳年上だと言う。
「歳もほぼ変わらないんだし、敬語じゃなくていいよ?」
そう言って笑う彼は、やっぱりマスターが纏う雰囲気とよく似ていた。
楓さんは昼間の責任者らしいから、マスターが安心して任せられる人をと思って選ぶ時、自らと同じ雰囲気の人を、と思ったのかも知れない。
マスターと同じくとても優しい雰囲気だから、やっぱり話しやすいし、なぜだか安心できる。
ついつい話しすぎてしまいそうになるほど、マスターも楓さんも、聞き上手だ。
だけど――。
私は一度敬語で接してしまうとそれ以降は言葉を崩すのは苦手で、それを説明すると楓さんは「そっか。まぁ強要するようなことはしたくないから」と言ってくれた。
私が敬語で話すのは、本当はそれだけが理由じゃないけれど……。
マンションが見えてきた。
「送って下さって、ありがとうございました」
「どういたしまして。おやすみ、結麻ちゃん」
「はい。おやすみなさい」
深々と頭を下げる私に、楓さんは笑いながら手を振った。
エントランスをくぐりながら振り返ると、楓さんはまだ手を振っている。
私はもう一度、ペコリと頭を下げた。
――玄関でパンプスを脱ぎながら、ふぅ、と小さく息を吐き出す。
楓さんと一緒じゃなかったら、私は、きっと……。
携帯をポケットから取り出し、まだ伊吹さんからの連絡がないことを確認する。
同居させてもらうことになった時に、お互いの帰宅時間を知らせ合うことを取り決めていた。
いつも私が先に帰っていて、夕飯の支度をしながら伊吹さんからの連絡を待つのが同居を始めてからの日常だった。
今はまだ8時すぎ。
取引先との会食なら、帰宅するのはまだまだ先だろう。
リビングのソファにドサリと腰を下ろし、ソファのふかふかの背もたれに背中を預ける。
優しく包み込むようなこのソファは、少し伊吹さんに似ている。
伊吹さんの持ち物は、どれも全部、どこか優しい。
伊吹さんが意識して選んでいるからなのか、それとも、伊吹さんが選んだ物だから私が勝手にそう感じてしまうのか……。
最早どちらなのか分からないけれど……。
そして……。
つい数十分前の出来事と同時に、何ヶ月も前のことを、頼んでもいないのに勝手に思い出してしまう私の頭の中を、誰かどうにかして欲しい……。
何度思い出して、何度こんな切なくつらい気持ちになればいいのか……。
楓さんがいなければ、カフェからの帰り道、私はきっと……いや確実に、泣いてた――。
――私の中でもまだ、ここ二週間ほどの急激な状況の変化には戸惑うばかりだった。
カフェを出ると、道を挟んだ向かい側にある小さなお花屋さんが目に入る。
明るくライトアップされた美しい花々で溢れるそのお店は、まるでキラキラと輝く宝石のようだ。
花屋の店員である女性が、今から花束でも作るのだろうか、花を何本も選んで手に取っている。
私は思わず彼女から目を逸らした。
――見なければ良かった、見えないふりをすれば、良かったのに……。
彼女の姿を見ると、思い出したくない記憶が次々に蘇る。
「……結麻ちゃん? どうしたの?」
楓さんに声を掛けられ、私はハッと我に返った。
「ご、めんなさい、なんでも、ないです」
「……そう?」
「はい」
様子のおかしい私の顔を、楓さんが心配そうに覗き込む。
「なんでもない、です。行きましょう」
私はなんとか気持ちを切り替えて、足を踏み出した。
歩きながら、お互い名前以外のほんの少しの自己紹介をし合うと、楓さんは私より一歳年上だと言う。
「歳もほぼ変わらないんだし、敬語じゃなくていいよ?」
そう言って笑う彼は、やっぱりマスターが纏う雰囲気とよく似ていた。
楓さんは昼間の責任者らしいから、マスターが安心して任せられる人をと思って選ぶ時、自らと同じ雰囲気の人を、と思ったのかも知れない。
マスターと同じくとても優しい雰囲気だから、やっぱり話しやすいし、なぜだか安心できる。
ついつい話しすぎてしまいそうになるほど、マスターも楓さんも、聞き上手だ。
だけど――。
私は一度敬語で接してしまうとそれ以降は言葉を崩すのは苦手で、それを説明すると楓さんは「そっか。まぁ強要するようなことはしたくないから」と言ってくれた。
私が敬語で話すのは、本当はそれだけが理由じゃないけれど……。
マンションが見えてきた。
「送って下さって、ありがとうございました」
「どういたしまして。おやすみ、結麻ちゃん」
「はい。おやすみなさい」
深々と頭を下げる私に、楓さんは笑いながら手を振った。
エントランスをくぐりながら振り返ると、楓さんはまだ手を振っている。
私はもう一度、ペコリと頭を下げた。
――玄関でパンプスを脱ぎながら、ふぅ、と小さく息を吐き出す。
楓さんと一緒じゃなかったら、私は、きっと……。
携帯をポケットから取り出し、まだ伊吹さんからの連絡がないことを確認する。
同居させてもらうことになった時に、お互いの帰宅時間を知らせ合うことを取り決めていた。
いつも私が先に帰っていて、夕飯の支度をしながら伊吹さんからの連絡を待つのが同居を始めてからの日常だった。
今はまだ8時すぎ。
取引先との会食なら、帰宅するのはまだまだ先だろう。
リビングのソファにドサリと腰を下ろし、ソファのふかふかの背もたれに背中を預ける。
優しく包み込むようなこのソファは、少し伊吹さんに似ている。
伊吹さんの持ち物は、どれも全部、どこか優しい。
伊吹さんが意識して選んでいるからなのか、それとも、伊吹さんが選んだ物だから私が勝手にそう感じてしまうのか……。
最早どちらなのか分からないけれど……。
そして……。
つい数十分前の出来事と同時に、何ヶ月も前のことを、頼んでもいないのに勝手に思い出してしまう私の頭の中を、誰かどうにかして欲しい……。
何度思い出して、何度こんな切なくつらい気持ちになればいいのか……。
楓さんがいなければ、カフェからの帰り道、私はきっと……いや確実に、泣いてた――。
――私の中でもまだ、ここ二週間ほどの急激な状況の変化には戸惑うばかりだった。
4
あなたにおすすめの小説
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
思い出のチョコレートエッグ
ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。
慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。
秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。
主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。
* ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。
* 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。
* 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
契約結婚!一発逆転マニュアル♡
伊吹美香
恋愛
『愛妻家になりたい男』と『今の状況から抜け出したい女』が利害一致の契約結婚⁉
全てを失い現実の中で藻掻く女
緒方 依舞稀(24)
✖
なんとしてでも愛妻家にならねばならない男
桐ケ谷 遥翔(30)
『一発逆転』と『打算』のために
二人の契約結婚生活が始まる……。
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる