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貴方の想い人
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そもそもの始まりは、私があのカフェ『infinity』を、初めて訪れた日――。
まだ印刷所に勤めていた、今からおよそ一年前のこと。
その日は仕事でちょっとしたミスをして、私はすっかり落ち込んでしまっていた。
お客様にも同僚にも迷惑をかけてしまって……。
あまりにも落ち込みすぎたのか、自宅最寄り駅からの帰り道、いつも曲がるべき道をひとつ間違えたことにさえ気付いていなくて。
……ふと顔を上げると、そこは完全に見知らぬ世界だった。
「――え? ここ、どこ……?」
目の前にあったのは、控えめな看板の掛かった、落ち着いた雰囲気のカフェ。
このお店を更にもう少し歩くと、バーやスナックなんかが多い界隈だ。
ほとんどお酒を飲まない私には用事のないエリアだったから、こんなこじんまりとしたオシャレなカフェがあるなんて、気づきもしなかった。
引き寄せられるようにふらりと足を踏み入れると、店構えと同じく落ち着いていて優しい雰囲気の男性が「いらっしゃいませ」と控えめに挨拶をしてくれて……。
外から見たままの、やっぱり優しくて穏やかな雰囲気の店内に思わずホッとする。
入ってすぐの所にあるカウンターから「おひとりですか?」と低く心地の良い声で話しかけられた。
「はい……」
「よろしければ、こちらにどうぞ」
勧められたのは、その男性のすぐ目の前のカウンター席だった。
私は勧められるままに、そこへ腰を下ろす。
私に声を掛けてくれたその人は、恐らくここのマスターなのだろう。
年の頃は、私の父と同じぐらいだろうか。
にこりと笑うその目元の笑い皺が、とても優しい印象を与えていた。
そして、伊吹さんに出会ったのも、この日、この直後――。
カウンターでマスターが淹れてくれたコーヒーを飲みながらお話をしていると、不意に、マスターは私と話をしながらコーヒーをドリップする準備を始めた。
どうやら私はマスターとの会話に夢中になってしまい、お客様が入ってきたことに気付かなかったらしい。
「あ、お客様がいらっしゃったんですね。すみません、おしゃべりしすぎました」
謝ると、マスターは「大丈夫ですよ。彼は気にしていないと思います」と優しい笑顔で返してくれたけれど、お客様に“いらっしゃいませ”の挨拶もさせなかった事に罪悪感が湧き上がる。
たとえそのお客様がかなりの常連の方だったとしても……。
慌てて口を噤んだ私を見たマスターは、やっぱり私に優しい笑みを向けて、「気にしないで下さいね」ともう一度念を押した。
ドリップし終えたコーヒーをお盆に乗せてその常連客が座る窓際の席へと運んでいくのを、私はぼうっと眺めていた。
常連客のその人はマスターを見上げて、ふと微笑む。
マスターとしばらく言葉を交わして、その人はこちらに少し視線を向けた、そんな気がして……。
思わず私の心臓が、ドキリと音を立てる。
その人は、とても綺麗な横顔を、ほんの少しだけこちらに向けて。
流し目のように、瞳だけがこちらに少し向けられて……。
私は慌てて視線を手元に逸らした。
コーヒーカップを持つ手が、思わず震える。
心臓がドキドキと大きく脈打つ。
――私、一体どうしちゃったんだろう。
こんなこと、今まで一度もなかった。
そんなことが私に起こるわけなんて、なかったから――。
気のせいだ。
私が誰かをこんな風に思うのは、きっと、初めて来たお店で少し緊張しているからだ。
だけど、…………。
まだ印刷所に勤めていた、今からおよそ一年前のこと。
その日は仕事でちょっとしたミスをして、私はすっかり落ち込んでしまっていた。
お客様にも同僚にも迷惑をかけてしまって……。
あまりにも落ち込みすぎたのか、自宅最寄り駅からの帰り道、いつも曲がるべき道をひとつ間違えたことにさえ気付いていなくて。
……ふと顔を上げると、そこは完全に見知らぬ世界だった。
「――え? ここ、どこ……?」
目の前にあったのは、控えめな看板の掛かった、落ち着いた雰囲気のカフェ。
このお店を更にもう少し歩くと、バーやスナックなんかが多い界隈だ。
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引き寄せられるようにふらりと足を踏み入れると、店構えと同じく落ち着いていて優しい雰囲気の男性が「いらっしゃいませ」と控えめに挨拶をしてくれて……。
外から見たままの、やっぱり優しくて穏やかな雰囲気の店内に思わずホッとする。
入ってすぐの所にあるカウンターから「おひとりですか?」と低く心地の良い声で話しかけられた。
「はい……」
「よろしければ、こちらにどうぞ」
勧められたのは、その男性のすぐ目の前のカウンター席だった。
私は勧められるままに、そこへ腰を下ろす。
私に声を掛けてくれたその人は、恐らくここのマスターなのだろう。
年の頃は、私の父と同じぐらいだろうか。
にこりと笑うその目元の笑い皺が、とても優しい印象を与えていた。
そして、伊吹さんに出会ったのも、この日、この直後――。
カウンターでマスターが淹れてくれたコーヒーを飲みながらお話をしていると、不意に、マスターは私と話をしながらコーヒーをドリップする準備を始めた。
どうやら私はマスターとの会話に夢中になってしまい、お客様が入ってきたことに気付かなかったらしい。
「あ、お客様がいらっしゃったんですね。すみません、おしゃべりしすぎました」
謝ると、マスターは「大丈夫ですよ。彼は気にしていないと思います」と優しい笑顔で返してくれたけれど、お客様に“いらっしゃいませ”の挨拶もさせなかった事に罪悪感が湧き上がる。
たとえそのお客様がかなりの常連の方だったとしても……。
慌てて口を噤んだ私を見たマスターは、やっぱり私に優しい笑みを向けて、「気にしないで下さいね」ともう一度念を押した。
ドリップし終えたコーヒーをお盆に乗せてその常連客が座る窓際の席へと運んでいくのを、私はぼうっと眺めていた。
常連客のその人はマスターを見上げて、ふと微笑む。
マスターとしばらく言葉を交わして、その人はこちらに少し視線を向けた、そんな気がして……。
思わず私の心臓が、ドキリと音を立てる。
その人は、とても綺麗な横顔を、ほんの少しだけこちらに向けて。
流し目のように、瞳だけがこちらに少し向けられて……。
私は慌てて視線を手元に逸らした。
コーヒーカップを持つ手が、思わず震える。
心臓がドキドキと大きく脈打つ。
――私、一体どうしちゃったんだろう。
こんなこと、今まで一度もなかった。
そんなことが私に起こるわけなんて、なかったから――。
気のせいだ。
私が誰かをこんな風に思うのは、きっと、初めて来たお店で少し緊張しているからだ。
だけど、…………。
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