43 / 75
“そう言う女”
1.
しおりを挟む私は、きっと、“そう言う女”、なんだ――。
――それは、高校二年生の夏休みのことだった。
私の家は、両親に一人っ子の私の、三人家族。
父はいつも夜遅くならなければ帰宅しないし、母もフルタイムで働いていて留守がちと言う、共働きの家庭に私は育った。
そんな夏休みのある日、母の知人の古田という男性が尋ねてきた。
母から何度か聞いたことがある名前だった。
「結麻ちゃんのお母さんと約束があって。今日は早退して帰ってくるらしいから、家に上がって待っていたいんだけど、いいかな?」
母が私に連絡事項を言い忘れて出掛けてしまうことは日常茶飯事だったので、この日もあまり気に留めていなかった。
きっと、言い忘れただけなんだろう、と。
リビングのソファでくつろぐ古田さんに冷たいお茶を出すと、お礼よりも先に「結麻ちゃん、可愛いね」と言われ……。
私は当たり障りなく「ありがとうございます」と答えて、お盆を仕舞うためにキッチンへと踵を返しかけた、その時――。
「……結麻ちゃん、もっとこっちにおいでよ」
声と共に、腕を掴まれて、強く引っ張られた。
私は体勢を崩し、ドサリとその人の上に倒れ込む。
自分が仕掛けたくせにその人は「随分積極的だねぇ?」といやらしい顔でニヤニヤと笑いながら、私の身体を撫で回した。
私は何度も「やめて下さい!」と言って抵抗したけれど、大人の男性の力に抗えるはずも無く、体勢を入れ替えるようにして私の上に覆い被さったその人に身体じゅうをまさぐられ、無理矢理唇を奪われ、着ていたTシャツをまくり上げられ……。
高校生ともなれば、このあと自分がどんなことをされるのかはさすがに容易に想像がついた。
私は恐怖でガタガタと震え、「やめてください」と、震えて掠れる声で懇願するのが精一杯だった。
こんな男に好きなようにされるぐらいなら、いっそ、いまここで死んだ方がましだ……。
この状態で自分で自分を傷付けて殺せる方法は、ひとつしかない。
舌を、噛み切ってしまえば……。
それをしたら、どれぐらい痛いんだろう……?
どれぐらい、血が流れるんだろう……?
分からない、怖い、死ぬのも、……この男に犯されるのも……。
その時――
「結麻ぁ、ただいまぁ」
だるそうな声でそう言いながら、母がリビングの扉を開けた。
すぐにソファでもみ合う私たちに気付き、吃驚の声を上げた。
「あっ、あなたたち、何を……っ!!!」
「こ、これは、ち、違うんだっ! 結麻ちゃんが僕を誘惑してきて……!!」
私の上に跨がるようにのしかかっていた古田は、慌てて私の上から飛び退きながら、こう叫んだ――
「その淫乱な女が誘ってきたんだ、俺は何も悪くない! 子供のくせに、このあばずれめ!!」
私は何度も「違う、私はそんなことしてない!!」と言ったけど母は聞く耳を持たず、私の髪を掴んでソファから引きずり下ろした。
母は「なんて子なの!?」と言って私を何度も叩き、「私のものを盗るなんて! 泥棒猫!!」と錯乱したように叫ぶ。
「ちがう、私は、そんなこと、してない!!」
母に叩かれながら、何度もそう叫んだ気がする。
それももう、よく分からない。
叩かれすぎて、顔中と言わず身体中が腫れて赤くなり、掴まれて振り回された髪は何本も、何十本も抜けて床に散らばり、着ていた服はヨレヨレに伸びきっていた。
そこへ、更なる不幸が重なる――。
父が、大切な書類を家に忘れたとかで、帰宅したのだ。
リビングで起きている惨状を目にして、「……なんだ、これは……?」と呟く声を、私は床に転がったまま聞いた気がする。
般若のような形相で私を叩く母、今にも立ち去ろうとする母の知人の古田、床に転がり母に叩かれ続け朦朧とする私、それを見て茫然と立ちつくす父……。
地獄絵巻きとは、まさにこの状況のことなのかも知れない――。
その後、父にことの経緯を問い詰められた母が、古田という男性と不倫関係にあることを渋々認めた。
母は、その日は出社後に急に微熱が出て体調が悪くなり、早退して来たらしい。
体調不良で早退したのは本当にたまたまで、古田とは何も約束をしていなかったのだと言う。
古田が私を襲うために訪ねてきたところに、偶然母が早退して帰ってきて、またしても偶然に父が忘れ物を取りに帰ってきた――。
全てが、偶然の産物だった。
3
あなたにおすすめの小説
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
君に恋していいですか?
櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。
仕事の出来すぎる女。
大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。
女としての自信、全くなし。
過去の社内恋愛の苦い経験から、
もう二度と恋愛はしないと決めている。
そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。
志信に惹かれて行く気持ちを否定して
『同期以上の事は期待しないで』と
志信を突き放す薫の前に、
かつての恋人・浩樹が現れて……。
こんな社内恋愛は、アリですか?
思い出のチョコレートエッグ
ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。
慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。
秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。
主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。
* ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。
* 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。
* 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。
ホウセンカ
えむら若奈
恋愛
☆面倒な女×クセ強男の不器用で真っ直ぐな純愛ラブストーリー!
誰もが振り返る美しい容姿を持つ姫野 愛茉(ひめの えま)は、常に“本当の自分”を隠して生きていた。
そして“理想の自分”を“本当の自分”にするため地元を離れた大学に進学し、初めて参加した合コンで浅尾 桔平(あさお きっぺい)と出会う。
目つきが鋭くぶっきらぼうではあるものの、不思議な魅力を持つ桔平に惹かれていく愛茉。桔平も愛茉を気に入り2人は急接近するが、愛茉は常に「嫌われるのでは」と不安を抱えていた。
「明確な理由がないと、不安?」
桔平の言葉のひとつひとつに揺さぶられる愛茉が、不安を払拭するために取った行動とは――
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※イラストは自作です。転載禁止。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
契約結婚!一発逆転マニュアル♡
伊吹美香
恋愛
『愛妻家になりたい男』と『今の状況から抜け出したい女』が利害一致の契約結婚⁉
全てを失い現実の中で藻掻く女
緒方 依舞稀(24)
✖
なんとしてでも愛妻家にならねばならない男
桐ケ谷 遥翔(30)
『一発逆転』と『打算』のために
二人の契約結婚生活が始まる……。
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる