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“そう言う女”
7.
しばらくすると美味しそうな料理が目の前に差し出され、楓さんに「毒味をお願いします」と言われる。
「毒味だなんて……。美味しそうです。いただきます」
「死んでも文句言いっこナシだからね」
「ええ? 死にませんよ」
ふたりして笑いながら、私は魚介のマリネを口に含む。
「わ。美味しいっ」
反射的に顔を上げて楓さんを見ると、満足そうに笑っていた。
「結麻ちゃんは反応が良いから、作りがいがあるなぁ」
「だって、本当に美味しいんですもん」
楓さんは謙遜して、「まぁ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどね」と苦笑い。
本当なんだけどな、本当に美味しいんだけどな、と、モグモグしながら思う。
――そのとき。
バタン、と大きな音を立てて、カフェの扉が開いた。
振り返るとそこには、伊吹さんが息を切らせて立っていて…………。
「いぶき、さん、どうして……」
「楓から連絡もらった」
「え……? あの、」
どう言うこと……?
楓さんと伊吹さんは、携帯の連絡先を知っているような知り合い、ってこと?
じゃあ、さっき楓さんにかかってきた電話は、伊吹さんから……?
わけが分からずグルグルと考えていると、いつの間にかすぐ隣までやって来ていた伊吹さんにギュッと抱き締められて……。
「……っ」
「どうして勝手に出て行ったの」
「あ、の……」
「楓が偶然見かけてなかったら、どうなってたか……」
「伊吹さん、わたし、」
「結麻さん。帰ろう」
伊吹さんの言葉に、私は首を横に振る。
帰れない。
私は、もう、伊吹さんとは一緒にいられない。
だって……
「どうして?」
「……」
「理由がないなら、帰れるよね?」
私が無言で小さく首を振ると、伊吹さんは「なんで?」と言って私の顔をじっと覗き込んだ。
「……だって、伊吹さんには……」
私を見つめる伊吹さんの瞳に、私の揺れる瞳が映っている。
言葉にしたら、きっと、私の瞳を揺らしている正体が溢れ出てしまう。
「伊吹さんには……、婚約者がいる、から……」
ギュッと目を瞑ると、やっぱり目の端からほんの少し涙が零れ出て、頬の真ん中らへんで止まった。
「え? は? 婚約者……?」
そう声に出したのは、伊吹さんではなくて、楓さんだ。
「ええ? 意味分かんないんだけど。伊吹、いつ誰と婚約したの?」
「してない」
「だよね? するなら結麻ちゃんとでしょ?」
「当たり前だ」
……え?
ふたりの会話に驚いて、パチリと目を開けて顔を上げると、眉間に皺を寄せた伊吹さんが私を見つめていた。
伊吹さんが私の頬で止まったままの涙を、長くて綺麗な指でそっと拭う。
「え……? あの、でも……」
「どこからそんな誤解が生じたのか分からないけど、俺には結麻さんしかいないから」
「……え、え?」
えっ、待って、じゃあ、あの花屋の女性は……???
「なんか……ふたりでちゃんと話し合った方が良いんじゃない?」
「そうみたいだな……」
楓さんの言葉に、伊吹さんは苦笑しながら、私の頬を優しく撫でた。
楓さんは「じゃあ僕、帰るね。伊吹、戸締まりしといて」と伊吹さんに鍵を託して、さっさと帰ってしまった。
え。戸締まりって、伊吹さんが、この店の、戸締まり……?
分からないことが多すぎて、私は目が回りそうだった。
カウンター前の席から、手を引かれてソファ席へと移る。
伊吹さんの大きな手が、私の手をキュッと包み込んだまま、話が始まった。
「……結麻さん。いま思ってること、全部話して」
「え、っと……」
「俺が、婚約してるって……?」
「あ、の、」
「どうしてそう思ったの?」
伊吹さんの口調は、いつも優しい。
今だって、私を責めるような話し方ではない。
「毒味だなんて……。美味しそうです。いただきます」
「死んでも文句言いっこナシだからね」
「ええ? 死にませんよ」
ふたりして笑いながら、私は魚介のマリネを口に含む。
「わ。美味しいっ」
反射的に顔を上げて楓さんを見ると、満足そうに笑っていた。
「結麻ちゃんは反応が良いから、作りがいがあるなぁ」
「だって、本当に美味しいんですもん」
楓さんは謙遜して、「まぁ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどね」と苦笑い。
本当なんだけどな、本当に美味しいんだけどな、と、モグモグしながら思う。
――そのとき。
バタン、と大きな音を立てて、カフェの扉が開いた。
振り返るとそこには、伊吹さんが息を切らせて立っていて…………。
「いぶき、さん、どうして……」
「楓から連絡もらった」
「え……? あの、」
どう言うこと……?
楓さんと伊吹さんは、携帯の連絡先を知っているような知り合い、ってこと?
じゃあ、さっき楓さんにかかってきた電話は、伊吹さんから……?
わけが分からずグルグルと考えていると、いつの間にかすぐ隣までやって来ていた伊吹さんにギュッと抱き締められて……。
「……っ」
「どうして勝手に出て行ったの」
「あ、の……」
「楓が偶然見かけてなかったら、どうなってたか……」
「伊吹さん、わたし、」
「結麻さん。帰ろう」
伊吹さんの言葉に、私は首を横に振る。
帰れない。
私は、もう、伊吹さんとは一緒にいられない。
だって……
「どうして?」
「……」
「理由がないなら、帰れるよね?」
私が無言で小さく首を振ると、伊吹さんは「なんで?」と言って私の顔をじっと覗き込んだ。
「……だって、伊吹さんには……」
私を見つめる伊吹さんの瞳に、私の揺れる瞳が映っている。
言葉にしたら、きっと、私の瞳を揺らしている正体が溢れ出てしまう。
「伊吹さんには……、婚約者がいる、から……」
ギュッと目を瞑ると、やっぱり目の端からほんの少し涙が零れ出て、頬の真ん中らへんで止まった。
「え? は? 婚約者……?」
そう声に出したのは、伊吹さんではなくて、楓さんだ。
「ええ? 意味分かんないんだけど。伊吹、いつ誰と婚約したの?」
「してない」
「だよね? するなら結麻ちゃんとでしょ?」
「当たり前だ」
……え?
ふたりの会話に驚いて、パチリと目を開けて顔を上げると、眉間に皺を寄せた伊吹さんが私を見つめていた。
伊吹さんが私の頬で止まったままの涙を、長くて綺麗な指でそっと拭う。
「え……? あの、でも……」
「どこからそんな誤解が生じたのか分からないけど、俺には結麻さんしかいないから」
「……え、え?」
えっ、待って、じゃあ、あの花屋の女性は……???
「なんか……ふたりでちゃんと話し合った方が良いんじゃない?」
「そうみたいだな……」
楓さんの言葉に、伊吹さんは苦笑しながら、私の頬を優しく撫でた。
楓さんは「じゃあ僕、帰るね。伊吹、戸締まりしといて」と伊吹さんに鍵を託して、さっさと帰ってしまった。
え。戸締まりって、伊吹さんが、この店の、戸締まり……?
分からないことが多すぎて、私は目が回りそうだった。
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伊吹さんの大きな手が、私の手をキュッと包み込んだまま、話が始まった。
「……結麻さん。いま思ってること、全部話して」
「え、っと……」
「俺が、婚約してるって……?」
「あ、の、」
「どうしてそう思ったの?」
伊吹さんの口調は、いつも優しい。
今だって、私を責めるような話し方ではない。
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