嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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永遠を

5.

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「失礼します。コーヒーをお持ちしました」

 コーヒーをこぼさないように細心の注意を払って、お辞儀をする。
 ゆっくりと頭を上げると、専務室の応接セットのソファには、伊吹さんと、もうひとりの姿があった。きっとこの方が社長の弟である篠宮取締役なのだろう。

 あまりじろじろ見るのは失礼なので、すぐに小さく会釈をして、コーヒーをテーブルに置く。
 下がる前に一度きちんと姿勢を正してお辞儀をし終えたところで、伊吹さんに声を掛けられた。

「あ、待って待って、結麻さん。忙しいところ申し訳ないけど、ちょっとだけ待って下さい」

 い、伊吹さん……じゃなくて、専務っ、呼び方っ……!

 篠宮取締役を前に、私を下の名前で呼ぶものだから、私は焦って伊吹さんのほうを見た。
 すると、伊吹さんは楽しそうに笑っている。

 えっと、笑いごとではないと思いますっ。

 ……そう必死に目で訴えるけど、伊吹さんはますますクスクスと笑うだけだ。

「……伊吹くんも人が悪いな」
「あはは、すみません、だって結麻さんがなかなか気づかないから、つい」
「まぁ、確かにね」

 ……え?

 篠宮取締役の声や話し方になぜか聞き覚えがあり……私は思わず取締役の方へ顔を向けた。

「……えっ? あ……、マスター……?」
「あはは、やっと気づいた。こんにちは、結麻さん」
「……え、えええっ?」

 役員を前にして、失礼かつ間抜けな声を出してしまったけれど、大目に見て欲しい。
 だって、お会いしたことがないと思っていたはずの篠宮取締役は、カフェ『infinity』のマスターだったのだから……。

「普段は滅多にこっちに来ないからね。黙っててすみません」
「い、いえっ、あの、私も気づかなくて……。申し訳ありませんっ」
「改めまして……取締役の篠宮和樹しのみやかずきです」

 篠宮取締役の言葉に、私は慌てて頭を下げた。

 それにしても、カフェのマスターが、取締役……?
 いや逆か、取締役が、カフェのマスター……?

 いまだ状況を理解できないで混乱していると、伊吹さんが「結麻さんも座って。あ、こっちにね」と、自らの隣を指し示す。
 思わず躊躇してしまった私を見た伊吹さんは、やわりと腕を引き、私を自身の隣へと座らせた。

「和樹さんには普段は子会社の方に行ってもらっていて、そこが試験的に起ち上げたのがあのカフェなんだよ」
「まだ大々的に公表できるほどじゃないから、細々とね。楓くんにも手伝ってもらって」
「結局いちばん楽しんでるのは楓だな。和樹さんにはいつもご迷惑をおかけして、すみません」
「ははは、迷惑だなんて。むしろ助かってるよ。楓くんの出すランチ、人気だから」

 ふたりの会話を、私はぼんやりと聞いていた。
 だってまだ実感が湧かない、篠宮取締役がマスターと同一人物だったなんて……。

「それからね、結麻さん。僕はあなたに謝らなければいけないらしい」
「え? なにを、ですか……?」
「僕の娘のことです」
「娘さんのこと……?」
「そう」

 私は意味が分からなくて、少し首を傾げて考えを巡らした。
 すると、隣に座っている伊吹さんがクスクスと笑い出し、思わず彼を仰ぎ見る。

「……従妹いとこのことだよ」
「え、あ……っ」

 そう、そうだった、伊吹さんの婚約者だと思っていたあの花屋の女性は、伊吹さんの従妹だった。
 たしか、社長の弟さんの、娘さん、だったはずだ。

「……あっ」

 やっと結論に辿り着いた私を、彼女の父親である篠宮取締役が少し申し訳なさそうに笑いながら見ていた。

「そう、あれは、僕の娘なんですよ。結麻さんに勘違いさせてしまったみたいで……申し訳ないです」
「えっ、いえ、あの、悪いのは、勝手に勘違いしていた私ですからっ」
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