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第32話 麦の味

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「お待たせしました、料理をお持ちしました」

「お、お待たせしました!」

「おお、これはいい匂いじゃ!」

「ほお~こりゃうまそうじゃな!」

 俺とフィアナはドワーフのお客さんたちへ料理を持ってきた。フィアナはまだ少し緊張しているようだな。向こうのエルフのお客さんの料理はポエルとロザリーに任せている。

「……あっちのはやつはすごいな。あれは魔道具か何か?」

「いえ、従業員の召喚魔法ですので、ご安心ください」
 
 一番年齢が高そうなドワーフのおじいさんが気になっているのはロザリーの召喚したゴーレムだ。ポエルとロザリーではエルフのお客さん4人分の料理と水を全部持てなかったので、一郎と二郎にも手伝ってもらっている。

「ふ~む、そんな便利な魔法もあるのじゃな」

「ちゃんと術者の思った通りに動いてくれるみたいで大助かりですよ。お飲み物はお酒でよろしいですか? 今だけですが、当温泉宿の施設や料理やお酒の感想を教えていただければ、おすすめのビールというお酒が一杯無料となっております」

「もちろん酒を頼むぞ! 感想を言うくらいお安い御用じゃ、まずはそのおすすめのビールという酒を頼むわい!」

「承知しました。フィアナ、ビールを3杯頼む」

「か、かしこまりました!」

 ビールサーバーの使い方はすでに従業員全員が使えるようになっている。意外とビールサーバーでのビールの注ぎ方もコツがいるからな。ちゃんと練習はしてもらっている。

「いやあ~それにしてもあの温泉とやらは最高じゃったな!」

「うむ! 鉱山での採掘作業は土まみれになるからのう。土まみれのまま野営するのとは天と地ほど差があるわい」

「それにしんどかった腰と肩が一気に楽になったように感じたのう」

「温泉を楽しんでいただけたようでなによりです。身体が楽になったのは、温泉にある体力回復や魔力回復などの効果のおかげだと思います」

「温泉の説明にも書いてあったが、まさかあそこまで効果があるとは思ってもいなかったぞ!」

「昨日怪我をしてしまったワシの手のひらの傷まで治ってしまったからのう。もしかすると普通の回復魔法なんかよりも効果が高いかもしれんぞ!」

「そ、それは良かったです……」

 あの温泉ってそんなに回復効果があるのか……

 実際のところ疲労が取れることは体感できたが、怪我がどれくらい治るかの確認はできていないんだよな。わざわざ傷を負ってまで実験するようなことはしなかったし。

 しかし、単純温泉でそれだけ効果があるのなら、他の種類の温泉はどんな効果があるのか気になるところである。

「それにしてもこの宿の建築様式や細部の装飾などは非常に凝っておるから見ていて飽きんわい! 浴場にあった水やお湯の出るバルブなんかも始めて見たのう」

「ああ。それと客室にあったベッドの仕組みやこのテーブルなんかもワシらの国の造りとはだいぶ異なっておって勉強になったぞ!」

「なるほど、参考になります」

 ふむふむ、どうやらドワーフのみなさんはこの建物や家具などの造りに興味があるようだ。こちらの世界の職人さんは武器を打ったりするだけでなく、建築をしたり、家具を製作したりするのかもしれないな。

「お待たせしました、ビールになります!」

 ドワーフのお客さんから話を聞いているとフィアナがビールを持ってきてくれた。練習した甲斐もあって見事な泡の割合だし、それに十分早いな。これならまだ料理が冷めてしまうこともないだろう。

「ほお~こいつは見事なジョッキじゃ!」

「うむ、先がはっきりと見えるほど透き通ったガラスに、3つともまったく同じ加工がされておる! これは見事な仕事じゃわい!」

 ビールが届くとまじまじとガラス製のジョッキを見定めるドワーフの3人。その顔は真剣そのものである。やはり元の世界では何気なく使っているひとつ数百円のガラス製のジョッキはこちらの世界でだいぶ価値がありそうだな。

「それにこいつはかなり冷やされておる。魔法か魔道具でわざわざ冷やしてあるのか!」

「ふむ、エールよりも薄い色合いじゃが、とても澄んだ色をしておるのう」

「別の国の酒か、こりゃ楽しみじゃわい!」

「それじゃあ早速乾杯といくぞ! 乾杯!」

「「乾杯!」」

 ガラス製のジョッキの軽くぶつかる音がして、そのあとにはゴクゴクゴクという酒が喉を通っていく気持ちの良い音だけが聞こえてきた。

「ぷはああああ! なんじゃこの酒は!」

「スッキリとしているが、見事な麦の味じゃ! こいつはうまいわい!」

「かああああ! 風呂で温まった身体に沁みるわい! 冷えた酒っちゅうもんはこんなにもうまいものなのか! おい、このビールって酒をもう1杯頼む!」

「ワシもおかわりじゃ!」

「もちろんワシもじゃ!」

 中ジョッキほどの量を一気に飲み干すドワーフのお客さん。その清々しい飲みっぷりは見ていて気持ちがいい。……というかフィアナが横でビールを飲むドワーフたちをとても羨ましそうに眺めている。

 俺も気持ちはわかるが、今は仕事中だからな。

「はい、ビール3杯で銀貨2枚と銅貨4枚になります」

「おっと、先払いじゃったな。こんなうまい酒は何杯も飲むじゃろうし、先に多めに渡しておくとするか」

「待て待て! 確かにこのビールっちゅう酒はものすごくうまいが、こうなると俄然他の酒も気になってくるぞ!」

「そうじゃな。ビールはもう1杯にしておいて、次は別の酒を頼むとしよう。ほれ、銀貨2枚と銅貨4枚じゃ」

「はい、ありがとうございます。フィアナ、ビールのおかわりを頼む」

「あ、ああ。了解だ!」

「おお~い、こっちもビールのお代わりを頼む!」

「は~い、ただいま!」

 別のテーブルで食事をしている冒険者パーティからもビールのお代わりだ。こっちは俺が持っていくとしよう。ポエルとロザリーのほうも今のところエルフのお客さんにちゃんと接客ができているようだ。
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