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一日目(その十七)
しおりを挟む「あはは、逃げられちゃったね」
「くっくっ、ああ」
「それにしてもさー、ユリちゃん、嫌がってるように見えた?」
「どうだかな」
「ま、いっかー。まだ一日目だし」
「そうだな」
「ところで今、ユリちゃんのメガネ外してなかった?」
「ん? ああ」
「どんな感じだった?」
「……目が」
「目が?」
「……くりっとしてた」
「くりっとしてたの?」
「……ん」
「錬……、やっぱりユリちゃんのこと好きでしょ?」
「……さあな」
「ふふ、素直じゃないなー」
「……」
「ユリちゃんさ、……ちょっとだけ母さんに似てない?」
「そうか?」
「背格好とか、んー、雰囲気とか、さ」
「……どうかな」
「あっ、そういえば錬、明日出かけるんだっけ?」
「ああ、ちょっと教授に呼ばれてる。朝出てって他にも少し用があるからーーそんなに遅くはならないと思うけど、帰りは夕方くらいか」
「了解。じゃあ昼間は僕とユリちゃん、ふたりっきりだね♡」
「……手ェ出すなよ」
「ふふ、わかった♡」
「……連絡する」
* * * * * *
部屋に入って時間が経つと、やっと少し落ち着きを取り戻す。
ベッドに腰掛けると、ボディバッグからお泊まりグッズ一式を取り出し並べ始める。
歯磨きセット、化粧水、オイル……
(ダメ! 落ち着けないって! まだ……顔から火が出そうだもの)
あんなこと、あんなこと、あんなことー!
(私、なにやってるの⁉︎ さっきのはなし! ノーカウントよ、あれは。……あー、もー、ほんとにおバカよ、私。あんな若い子と。ありえない……はあ)
まだ少し、いや、かなり熱い顔に両手でパタパタと風を送る。
(ふー、とにかくシャワーにいこう)
この部屋にはシャワールームがあるため、普段は錬、環くんともによく使っているらしい。
後は空いている部屋を適当に選んだり、錬は一階のリビングのソファでそのまま寝たりすることも多いと言っていた。
部屋がたくさんあって掃除はどうしているのかと尋ねると、定期的にプロの掃除が入るとのことだった。
雰囲気から察するに、やっぱりお父様が用意したマンションだと感じた。
(こんな広い家、若い男の子ふたりでなんて……持て余すだろうに)
お母様が亡くなっていることを思うと、少し切ない気持ちになった。
(いかん、シャワーだってば、シャワー)
お泊まりグッズに再度手を伸ばすと……ふと、頭をよぎる。
春輝……
久しぶりだった。四年ぶり。
なんで電話を代わったんだろう。まさか、今更声が聞きたかった訳でもあるまいし。一体なにを考えているのか。
けれどまあ、これで話すこともないだろう。
そう、もうこれで、終わり。
とにかく今日はいろいろありすぎて、頭の中がパニック状態だ。
ベッドの上に並べた一式を再度バッグにしまうと、急いでシャワールームに向かった。
* * * * * *
洗面台でヘアバンドをつけ、シャコシャコと歯を磨き、口をブクブクとすすぐ。
メガネを外すとオイルで化粧をさっと落とし、石けんを泡立てると優しく洗う。仕上げに化粧水をパパッとつけてはい、終わり!
髪をブラッシングすると、タオルを一枚借りて中に入る。
シャワーのハンドルをひねると、飛び出すお湯が心地いい。
壁に設置された棚にはシャンプー、ボディソープなどがひととおり綺麗に並べられていて、まずはシャンプーを借りることにする。
フタをカチッと開けると上品な香りが鼻を包む。
(あー、好きな匂いだこれ。たぶん白檀、かな?)
優しい匂いに包まれながら髪を洗い終わると、タオルで頭を巻き、次はボディシャンプーを手に取る。
(これは柑橘系、かな?)
爽やかな匂いにくすぐったい気持ちになりながらも、体を洗うと外に出る。
肌触りの良いタオルで体を拭くと、持ち歩いている新しいショーツを身につける。
そして、錬が貸してくれたトレーナーとスウェットを着るのだが……
あんなことがあった後だけに少し……いや、とーっても照れるがそこは仕方ない。
「……って、でかっ!」
トレーナーはお尻を十分すぎるほどスッポリと隠し、スウェットパンツはウエストと裾を何重にも折り畳んでみるものの、まだ床を引きずる状態だ。
まあでも、寝るだけだしね。
髪の毛の水分を拭きとると、オイルを少しだけ髪につけ、ドライヤーを借りて手早く乾かす。
こういうときにメガネをかけられないのがちょっと不便だと思う。
乾かし終わると緩めに髪をまとめて、よし、これでオッケー。
メガネをかけてシャワールームから出ると、速攻ベッドに潜り込んだ。
(はあー、今日は本当にいろいろあったなあ。疲れた、寝よう)
メガネを外して枕元のライトの横に置くと、ゴロンと寝転び明かりを消す。
(……化粧水は、もう少し丁寧につければよかったかなあ)
(……そういえば、ムダ毛は永久脱毛しておいて……よかった、かも)
(……それから、おへその……)
くだらないことを考えながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。
* 一日目 終わり *
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