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二日目(その五)

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「……おかえり。錬」

 息も荒く足早に部屋に入ってきた錬の目に入ったのは、ソファに横たわって動かないキャミソール姿のユリだった。

「ハアッ、環……これ、どういう状況だ?」

 環は大きくため息をつくと、恨めしげに錬を見て答えた。

「どういう状況かって? ……見てわからない?」

 ソファの前で正座をし、ガックリと肩を落としている環の様子に錬はホッとする。

「環……、ハアッ、手ェ出すなって、言ったろ?」
「錬、帰るの早くない? もしかして帰る時間、わざと遅めに言った?」
「ああ」
「あー、もう……やられた!」

 環は、今度は悔しそうに天井を見上げる。

「ふっ、お前の考えることは、お見通しだよ」

 そう言いながら、環の横に来てしゃがむ錬。

「……そんなにユリちゃんのことが、心配だった?」
「……ああ」
「ふーん、やけに素直じゃん」
「……」
「まあ、いいや」

 環はゆっくりと立ち上がる。

「ユリちゃんには、キスしかしてないよ。それから……薬は三十分くらいで切れると思う。それまで側についててやってよ。僕はもう……二階に行くから」
「いいのか? そんな簡単に俺に任せて」
「……もういいよ。これ以上ここにいても続きをしたくなるだけだし。それにーー」
「それに?」

 環は、ユリの顔を見つめる。

「はあ。こんなことして……ユリちゃんの顔見てるの辛いし。今更だけど」
「なんだ、後悔してんのか?」
「一応ね」
「ふーん」

 階段へと歩き出した環に、錬が続ける。

「そういう気持ちがあるなら、ユリも怒ったりしないんじゃねーの? 例え知ったとしても。……まあ、わざわざ言う必要もないと思うけど」

 環はその言葉に口をギュッと結ぶと、一瞬下を向く。そして振り返って錬を見ると、悔しいとも、嬉しいとも取れる表情で言った。

「……錬ってさ。時々すっごく優しいよね」
「時々かよ」
「うん、時々」
「くっくっ」
「ふふ」

 そう言って笑い合うふたり。

「あー、環、薬は……」
「……安心してよ、市販の薬だから。危ないものには、手を出さないよ」
「そうか……そうだな、わかった」
「それから、ふたりきりにしたからって、なにかしていいってわけじゃあないからね。そこんとこ、よ、ろ、し、く。じゃあねー」

 ユリが起きていたら『古っ!』と突っ込まれるであろう言葉を残して、環はさっさと二階へ上がっていったのだった。


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