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一週間後(そのニ)
しおりを挟む「んんーっっ」
椅子がひっくり返るんじゃないかってくらい、上半身と腕を思い切り伸ばす。
朝からずっとデスクワークをやっているが、ふと時計を見ると、いつの間にか昼十二時になろうとしていた。
(集中すると早いな。ふー、それにしても目も腕も……疲れる)
みんなはまだ帰ってきていない。
「ユリ」
「ひゃいっ!」
びっくりして声が少し裏返る。
見ると上川課長がいる。
そうか、この時間、普段課長はいるんだな。
「食堂で一緒に昼メシ、どうだ?」
「は、はい」
(珍しいな、お昼に誘われるなんて。というか、私がここにいるのが珍しいのか)
課長に連れられ二階の食堂に着くと、早速カウンターのお盆を手に取る。
ここはセルフ方式で、好きなおかずをお盆に取っていく。ご飯とみそ汁はおかわり自由、値段は一律五百円。
丼物や手の込んだものは少しお値段アップで、食堂の人が用意をしてくれる。
(わあ、どれもおいしそう)
ひじきの煮物、卵焼き、漬物、デザートをお盆に載せる。そして散々迷った挙句、メインはアジフライにした。
最後にご飯とみそ汁をよそうと、お盆はいっぱいだ。
外回りのときはおにぎりやパンなど、簡単に食べられるもので済ますことが多い。
そんなわけで、久しぶりの食堂にウキウキ感が止まらず迷ってしまった。
課長はすでに空いている席に座り、食べ始めている。
「すみません、時間かかっちゃって」
「おう、先に食ってるぞ」
課長のお盆を見ると、カツ丼がすでに残り半分となっている。
慌てて座ると、早速食べ始める。
おみそ汁はあったかいし、ご飯はふっくらだ。
卵焼きうんまーい。ひじきも。漬物コリコリ、ぬか漬けだあ。
んー、アジフライはサックサク。選んで正解。
いろいろなおかずに感動しつつ食べていると、課長が笑う。
「くくっ。ユリ、お前は本当にうまそうに食うよな」
「ん、んぐっ。ーー課長、それはほめてるんですか? けなしてるんですか?」
「ああ、悪かった。もちろんほめてるよ。食欲があるのはいいことだ」
* * * * * *
食事が進み、デザートのプチ杏仁豆腐に手が伸びると、食後のお茶を飲んでいる課長が突然切り出した。
「ユリ、なにかあったのか?」
手が止まる。
「なにかって、なにがですか?」
「いや、休み明けからずっとお前、変だろう? 休み中になにがあった?」
「別に……なにも、ですよ?」
「引ったくり事件のとき、成田警視正に会ったんだろう? あのときは悪かったな。不在にしていて。結局、お前とアイツーーいや、警視正を会わせることになってしまった」
ーー課長はこれが言いたかったのか。
なにかしら言いたげな雰囲気は、休み明けからずっとあった。
でも課長も呼び出しがあったり、私も出ずっぱりだったし、事件の報告は済んでいるからまあいいかと思っていた。
それに……引ったくり事件のことで、ヤブヘビで怒られるのは嫌だなあと思ってしまっていた……、はは。
でも今日は珍しく部屋に残れと、そしてこうして昼ご飯に誘ってくれたのは、こういうことだったのか。
いつも……心配をかけてしまうな。
「課長、大丈夫ですよ。彼のことは、もう終わったんです。本当です。もう、大丈夫なんです」
嘘はない。本当に終わった。決着がついたのだ。春輝があれからどう思っているのかわからないけれど……
あ、そうか、もしかして。
「課長、もしかしたら春輝ーーいえ、警視正から私のことでなにか、連絡があったんですか?」
「う、あー、いや、まあ……」
課長はこういうところが可愛いと思う。嘘がつけないのだ。仕事上は別として、だが。
「課長。では、警視正に伝えてください。私は大丈夫だって。それだけ言えば、伝わりますから。……それから、元気でやってほしいと」
杏仁豆腐をツルンッといただくと、席を立った。
「私、先に戻りますね」
「え、おい、ユリ」
まだなにか言いたげな課長に一礼をすると、食堂を後にした。
私の後ろ姿が見えなくなると、課長が呟いた。
「ーーじゃあなんでアイツ、あんながむしゃらに仕事をしてるんだ?」
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