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一ヶ月後(その三)

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「ふーっ」

 みんながまだ盛り上がる中トイレに立つと、その帰りに少し外に出る。
 いわゆる勝手口という奴があり、お店での酔い醒ましに時々使わせてもらっている。
 もちろん店員さんの許可を得て、である。

(今日はいい天気だったから、少し星が見えるなあ)

 いくつか置いてあるイスにちゃっかり座らせてもらいながら、ボーッと空を見上げる。

(そうか、春輝が捜査一課の課長かあ。んー、別に問題ないか。しばらくはーーまあ、なにか言う人もいるかもしれないけれど……。特に、某田中課長とか、ね)

 そんなことを考えていると、勝手口の扉がカチャッと開く。
 店員さんかと振り返ると、そこには春輝が立っていた。

「ごめん。課長に聞いたらたぶんここだって言われて。少し、いいか?」
「うん」

 座っているイスを空け、隣に移る。

「あー、久しぶり」
「うん、ひと月ぶり?」
「元気だったか?」
「うん」

 少し沈黙が流れる。

「あー、あの……」
「大丈夫だよ」
「えっ?」
「引ったくり事件のときか、もしかしたらその前から、こんな話が出てたんでしょ?」
「あ、ああ」
「上川課長は有能だもの。いつ本庁に行ってもおかしくなかったから……。春輝はーー警視正は、大丈夫なんですか? こんな小さな署に来ちゃって」
「警視監に経験をしてこいって言われた。本庁じゃなく、所轄の現場で皆に指示を出す立場の経験を積め、と。いい機会だからって」
「そっか」

 春輝の話を聞きながら、また空を見上げる。

「あの、ユリ。いや、木花。俺……」
「別にユリでもいいよ」
「えっ、そうか。ユリ……その、あのときは本当にすまなかった!」

 こちらに体を向けると、春輝は急に頭を下げた。


   * * * * * *


「あのとき……久しぶりにユリに会えて、この機会になんとかしなきゃとそればかり考えてた。自分勝手な行動で、ユリを傷つけた。本当にごめん!」

 膝の上で両方の拳をギュッと握りしめ、頭を深く下げたまま動かないでいる。
 
(春輝は春輝で、あれから悩んだんだね……)
「うん。それも、もういいよ」

 そう言って立ち上がる。

「課長から聞いたんでしょ? 私からの伝言」
「ああ、聞いた。でも、ここに来ることにもなったし、またそれはそれでお前に迷惑をーー」

 顔を上げた春輝は、申し訳なさそうな表情をしている。

「思ってないよ。迷惑だなんて」

 そう笑顔で言った。

「私は仕事をやるだけだから。ただ、それだけのことだもの」
「……そう、だよな。……俺は、関係ないもんな」
「あっ、違うよ。そういう意味じゃなくて」

 伏目がちの春輝を見て、誤解をさせたと思い慌てて釈明する。

「春輝のことが嫌だけど、仕事だから我慢するとかじゃなくて」
「そうか、嫌だよな……」
「あー、違うの! そうじゃなくて。相手が誰であれ仕事をするだけって言うか」
「そうだよな。誰でもいいよな……」
「えー……あの、ほんとに、違うからね。変な意味じゃないから。私、春輝のこと、別に嫌ってないから」
「⁉︎」

 春輝は一瞬驚いた顔をすると、その後少し安心したような表情で「そうか」と言った。


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