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結局、朝食会場に瀬戸は現れなかった。時間に幅があるものだしそういうこともあるだろう。別に会いたいというわけではないし、と橙矢が頭を振った。
今日は母の陽子と観光する予定だ。いくつか行きたいところをピックアップしている。気持ちを切り替え、身支度に時間をかけている陽子を急かした。
「よく食べたし、たくさん買い物したわー!」
「さすがに買いすぎだろ」
「あんただって珍しく服とか買ってたじゃない。あんなの瀬戸さんみたいには着こなせないわよ?」
「う、るさい!別にあれはそういうわけじゃないから!」
買ったものを自宅に宅急便で送るのにホテルのフロントで手続きを済ませ、橙矢が母に向き直った。
今日買ったグレーのセットアップは、別に昨日の瀬戸を意識したわけではない。断じて。
「橙矢、このあとの夕食はどうする?せっかくだし瀬戸さんも誘う?」
「忙しくないかな」
「そんなの連絡してみないとわからないじゃない。お母さん、今日はお肉がいいなあ。瀬戸さんにおすすめのお店がないか聞いてみてよ」
昨日あんなことがあって橙矢から連絡するのは少し恥ずかしかったが、母がそう言うのだから仕方がない。なぜか何度も打ち間違ってしまい、訂正しながら橙矢がメッセージを送った。
『母が今晩一緒に晩ごはん食べないかって言ってる。来れる?』
すぐに「行くよ」と返事が来た。陽子に伝えると歓声を上げ大袈裟に喜んでいる。
『肉がいいらしいんだけど、どっかいい店知ってる?』
『それなら鉄板焼きとかどうかな?カジュアルなところだけどいい店だよ』
『そこにしよ!ありがと』
待ち合わせ場所を決め、陽子とそこに向かった。今から瀬戸に会うと思うとなんだかドキドキする。昨日までとは違う変な緊張感に落ち着かなかった。
「わー!素敵なお店ね!」
「そうでしょう。ここ、肉だけじゃなく酒も美味しいのが揃っているので、ぜひ」
「じゃあ私ワイン頂いちゃおうかしら」
「いいですね。僕も今日は車じゃないし、お付き合いしますよ」
(なんで俺は瀬戸さんと母さんがイチャイチャしているのを見せられているんだ)
橙矢は二人のやりとりを睨むように伺い見る。当然隣に座るだろうと思っていた瀬戸は、陽子を真ん中に挟んで反対側に座っていた。橙矢が少し疲れた様子の瀬戸を心配そうに見ていても、目も合わない。
「橙矢も飲む?」
「う、ああ、飲む飲む」
やっと声をかけてくれたことに驚き、話も聞かずに慌てて頷いた。スマートに注文を済ませる瀬戸を、母越しに覗き見る。今日の瀬戸はジーンズを履いていて少しラフだ。どんな格好でも似合うなんてイケメンはずるい。
「それでね、橙矢ったら、今日瀬戸さんを意識してグレーのツーピースの服とか買っててね?」
「母さん!!マジでやめて、そんなんじゃないから!」
「ははは・・・」
突然恥ずかしいことを言い出した陽子に橙矢が慌てて否定すると、瀬戸は困ったように笑っていた。気持ち悪がられただろうか。そらされる瀬戸の視線に橙矢の胸がズキズキと痛んだ。
肉は間違いなく美味しかった。ワインの味はわからなかったけれど、母と瀬戸に蚊帳の外にされ、腹いせにたらふく飲んでしまった。頭がふわふわして気持ちいい。
「あんまり喋んないと思ったら随分飲んでたのね」
「うるひゃい、母さんは黙っててぇ」
「橙矢、大丈夫?」
店を出ると足がもつれる。瀬戸が肩を支えてくれ、少しだけ気分が良くなった。近くなった瀬戸から肉の香りではないいい匂いがする。
「瀬戸しゃん、いいにおい・・・」
「橙矢、帰ろうか」
「んんん」
瀬戸がタクシーを捕まえ、ホテルまで送ってくれた。そのまま部屋まで連れて行ってくれる。
「瀬戸しゃ、部屋入るー?」
「いや、やめておくよ」
「なんれ・・・おれのこと、きらいになった?おれ、きもちわるかった?」
橙矢をソファーに座らせた後こちらを見もせずに去ろうとする瀬戸に、霞んだ思考のまま問いかけた。無性に悲しくて、奥底に留めていた気持ちが勝手に口からあふれていく。
「ごめんらしゃ、きもちわるくて、おれと、もう、はなししたくない?・・・んんん」
瀬戸が駆け寄り、橙矢をぎゅうと強く抱きしめた。そのまま首元に顔を埋められる。
「橙矢、大好きだよ。気持ち悪くなんかない」
「ほんと?」
「本当。でもこのままだとまた変なことしちゃうから、もう部屋に戻るね」
「ぁ・・・」
「酔いが覚めたらちゃんとシャワーを浴びて、ベッドで寝るんだよ。わかった?」
「わかったぁ」
瀬戸のぬくもりが離れていくのがなんだか名残惜しい。部屋を出ていく後ろ姿をぼうっと見送り、ソファーに三角座りをした。すぐに橙矢の口角が上がり、にこーっと満面の笑みになる。
「瀬戸しゃん、おれのこと、好きらって~。えへへ」
三角座りのまま左右にゆらゆらと体を揺らす。店での寂しさや悲しみは消え失せていた。抱きしめられたぬくもりと瀬戸の匂いを思い出し、橙矢はぷるぷると体を震わせる。
「あえ?おれ、また勃ってう・・・」
力の入らない手でズボンの上からそこをさする。深い酔いのせいかそれは完勃ちとはならず、緩く頭を擡げる程度だ。
「ん、ん、はぁ」
まだ柔らかい先端を手のひらで押さえつけ揉みながら、ジーンと腰に響く快感に浸る。上下に擦ると先端から滲み出た先走りが下着に滲むのがわかった。
「瀬戸しゃ、んん、は、は」
少しだけ硬さを増したそれを、手のひらに押し付けながら腰を揺する。酔いと快感で頭がクラクラした。
「あ、あ、でそ、う、ああ・・・っ」
腰を突き出し手のひらで亀頭を揉み込むと、半勃ちのそれから精液がとぷとぷとあふれた。下着が濡れて気持ち悪い。陰部にまとわりつく冷たさに体を震わせ、橙矢はふらふらと浴室に向かった。
朝食後、チェックアウトの手続きをしていると、ロビーに瀬戸が見えた。ドキドキと橙矢の心臓が早鐘を打つ。
(俺、昨日酔っ払って変なこと言ってたよな・・・マジで恥ずい、消えたい)
橙矢は酔っても記憶が消えないらしい。赤くなっているであろう顔を伏せながら、母と話している瀬戸の方へ近寄った。
「橙矢、チェックアウトできた?瀬戸さんが空港まで送ってくださるって!」
「あ、瀬戸さん、ありがとう・・・。あと、昨日はごめん。飲みすぎた」
「気にしないで。ちゃんと寝られた?まだ眠かったら車で寝ていいからね」
「う、ん」
優しい声色に顔を上げると、瀬戸の目の下に薄く隈ができているのが見える。思わず頬に手をあて隈に指を這わせると、瀬戸の肩がびくっと跳ねた。
「橙矢?!」
「寝られてない?昨日も元気なかった。大丈夫?」
「あはは、バレちゃったか。これは、次の新作ケーキのことを考えすぎて、ちょっと寝不足になっただけ。大丈夫だから、ありがとう」
目を泳がせながら、瀬戸が橙矢の手を外す。そのままさっさと車の方へ向かって行ってしまった。
母と二人後部座席に座り、外の景色をぼんやりと眺める。陽子は寝息を立てて眠ってしまっていた。
「瀬戸さん、今育ててる早生みかん、収穫したら少し送っていい?」
陽子を起こさないよう、小声で瀬戸に話しかける。
「いいの?」
「早生は数が結構あるんだ。今年はいいのが育ってるし、瀬戸さんにも食べてもらいたい」
「楽しみだな。また店で使いたくなったら契約してよ」
「うん。契約してもらえるようにがんばる」
仕事のことだと瀬戸は普通に話してくれた。そのまま瀬戸の店について尋ねると、弟子の柴田さんのこと、次の新作の予定のこと、雑誌やテレビの取材のことなど、なんでも答えてくれる。
「俺の誕生日、4月14日なんだけど、瀬戸さんの作ったケーキ食べたいな」
「任せてよ。でもその時期はみかんじゃないね」
「みかんは死ぬほど食べてるから、瀬戸さんおすすめのフルーツのがいい」
「わかった。その時期だと苺とかメロンかな。橙矢、食べられる?」
「うん、俺フルーツはなんでも好き」
たわいもない会話をしていると、あっという間に車は空港に着いてしまった。寝入っていた母を起こし、トランクから荷物を取り出す。三人でロビーに向かいながら、橙矢はだんだんと胸が締め付けられるのを感じた。
「そろそろね、行くわよ橙矢」
「あ、うん」
ロビーでしばらく話していたが、時計を見て陽子が立ち上がる。橙矢も立ち上がりながら、瀬戸に向き直った。
「えーと、瀬戸さん、本当に色々ありがとう。今度はうちに泊まりにきてよ。まだ、話したいし」
「そうよ、ぜひ収穫の様子とか見にきてね。私の手料理でいっぱいおもてなしもするから!」
「ははは、二人ともありがとう。ぜひ行かせてもらうね」
「約束な。・・・じゃあまたメッセージ送る」
「うん。気をつけてね」
「瀬戸さんも、あんまり無理しないで」
手を振り、出発ロビーに向かう。思わず何度か振り返るが、瀬戸はずっと手を振ってくれていた。なんだか泣いてしまいそうだ。
「瀬戸さん、いい人だねぇ」
「うん」
「早生、いいやつ作らないとね」
「うん」
陽子に気づかれないよう小さく鼻を啜り、飛行機に乗り込んだ。
瀬戸は飛び立つ飛行機を見送りながら、橙矢たちが無事に家に帰れますようにと願った。別れてすぐなのに、もう会いたくてたまらない。
「僕の方がどんどん沼に嵌っていってるんだよなあ・・・」
橙矢を振り向かせることよりも、橙矢を襲わないよう抑えなければ、自分が何をしでかすかわからなかった。切なく喘ぎながら瀬戸にしがみついて腰を揺らす橙矢の姿が目に焼きついて離れない。自分を嫌いになったのかと問うてきた昨日の蕩けた顔もたまらなかった。あのまま押し倒さずに部屋を出たことを褒めてもらいたいとさえ思う。
寝不足を心配されたが、橙矢をおかずにおさまらない熱を吐き出し続けたせいだなんて、当然言えるはずもない。思い出して緩く勃った股間を鞄で隠しながら、瀬戸は空港のロビーを後にした。
翌日から二人は自身の日常に戻っていく。
橘農園の極早生みかんを使ったチーズケーキは連日即完するほどの人気商品となった。パウンドケーキも、橙矢の言う通りメープルシロップをつけて販売することで人気が爆発した。雑誌の特集が組まれ、なんと橘農園自体も取材されることとなる。作業風景だけでなくインタビューもされるらしいと橙矢からSOSのメッセージが届き、瀬戸は橙矢に色々とアドバイスをした。先ほど記者から送られてきた見本誌を見ると、少し緊張した笑顔の橙矢と陽子が写っている。
(インタビューの服、グレーのセットアップだ・・・陽子さんが揶揄ってたのはこれかな。めちゃくちゃ可愛い)
橙矢に『服、似合ってた』と送ると、すぐに『もう見たの?!マジで恥ずい』と返ってきた。あんなことをしたのに服装を真似してくれるなんて、思ったより慕われているかもしれない。それが恋愛感情ではなくても嬉しい。
見本誌を大切にカバンに入れ、記者に訂正はないと連絡を入れる。その後で、写真のデータを送ってほしい、と付け加えた。
Gâteau d’Orと雑誌の影響はすごかった。地元の情報誌にまで載せられ、橘農園はこれまでに経験したことがないほどの問い合わせを受けている。元々人気だった早生みかんの問い合わせも相当数来ているが、ひとまず瀬戸に味を確かめてほしかった。彼がケーキに使わないというのであれば新規の顧客に売ってもいいと思っている。一部の早めに熟した実を収穫しながら、橙矢は瀬戸の反応を想像して微笑んだ。
発送を終え、橙矢がスマートフォンを開く。
『早生、早く熟れたやつがあるからちょっとだけ送った』
『ありがとう!すごく楽しみ』
『あんま期待しないでよ、がっかりされんの嫌だから』
『橙矢の作ったみかんにがっかりなんてしないでしょ。収穫、いつくらいになりそう?』
『本格的な収穫は2週間後くらいを予定してる』
『じゃあそれくらいにそっちに行ってもいい?手伝いたい』
『わかった。母さんに言っとく』
天候や気温によって収穫日はどうなるかわからないが、こまめに連絡をとって調整することになった。愛情込めて育てたみかんを瀬戸と一緒に収穫するのはとても楽しみだ。
翌日の夜、瀬戸からの着信が鳴る。電話なんて珍しいと橙矢が通話ボタンを押すと、瀬戸の興奮した声が橙矢の挨拶をかき消した。
「もしもし、橙矢?!早生みかん食べたよ!あれすっごい美味しいね!雑味もなくめちゃくちゃ甘くて、でもちゃんと酸味もあって、やっぱりすごくバランスがいい!皮も柔らかくて使えると思う!あれでタルトとかムースを作りたいな!」
あまりの勢いに橙矢が噴き出す。ケラケラと笑い続ける橙矢に、瀬戸があわあわと慌て始めた。
「ご、ごめん、美味しすぎて興奮しちゃって」
「あははは、ありがとう・・・っ、そんなに、喜んでくれて、嬉しい、ぷぷっ」
「橙矢、笑いすぎだよ」
「ごめんごめん。で、契約してくれるってことでOK?」
「もちろん!むしろうちでいいの?雑誌に載ってから結構問い合わせが来てるって言ってたけど」
「ん、まあ。でも普通に考えて、こんだけ喜んでくれる瀬戸さんを優先するでしょ」
「橙矢・・・嬉しい」
急に柔らかくなった瀬戸の声にぞくりとしたものが背中を走る。
「なに・・・」
「また橙矢と仕事ができて嬉しい。こうやって声聞けるのも。また新作できたら招待させてほしい」
「う、ん」
「その前に収穫の手伝いに行けるのも楽しみ。早く熟さないかな」
「まだ、もうちょっとかかる」
「待ち遠しいよ」
「ぅ・・・」
この前空港で別れた時のよそよそしさはなくなっていた。単純に橙矢への恋慕が声に乗って伝わってくる。恥ずかしさで熱くなってきた顔を手でパタパタと仰いだ。
そこからはお互いの仕事の話や他愛もない話をし、おやすみを言い交わして通話を終えた。
橙矢がスマートフォンを机に置き、そっと下肢を見る。そこにはズボンを突き破りそうなほど勃ち上がった陰茎があった。
(通話だけでこれとか、俺マジで瀬戸さんのこと・・・)
ベッドに横たわり、ガチガチになったそれを扱く。思い浮かべるのは快感に歪む瀬戸の顔で。あっという間に限界を迎えた橙矢がティッシュに精を吐き出し、ぐったりと力を抜いた。
早く収穫したいと思っているのは、橙矢も同じだった。
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