根暗な魔女はキラキラ騎士様の秘密を知ってしまったわけですが

葉月くらら

文字の大きさ
4 / 22

3話 忘れようとしてみたものの

しおりを挟む
「ステラ! こんな時間まで何をしていたの?」

「ごめんなさい。王城の庭で薬草の採取を……」



 ハーディング家の屋敷にたどり着いたのはもうとっぷりと日も暮れた頃だった。

 玄関ではカンカンに怒ったアメリア姉様が待ち構えていた。



「ああもうマントも汚れてるし……。まったく魔法薬師なんて」



 艶やかな長い黒髪に色白美人のアメリア姉様は眉をひそめて私の着ていたマントをはぎ取った。ウィル様の部屋から脱出したときに派手に転んだからそのせいで汚れてしまったんだろう。



「すぐ夕食にしますから着替えていらっしゃい。……お父様もお母様も何も言わないけど、ハーディング家の娘としてあまり恥ずかしくない行動をなさいな」

「はーい……」



 侍女に私のマントを預けて食堂へ行ってしまったアメリア姉様は昔から成績優秀で貴族令嬢としてのマナーも完璧。私とは正反対な人だ。仲は悪くないんだけれど。

 それにしてもウィル様って思っていたのとは全然違う人だったなあ。

 あんな風にぬいぐるみ相手に楽しそうにしている殿方って初めて見たかも……。いや、とりあえず今日のことは忘れよう。うん、私は何も見なかった。

 すっかり疲れてへろへろになりながら私は今日のことは夢として忘れることにした。だってこれからウィル様を見かけるたびに嬉しそうにぬいぐるみ(私)を抱きしめたふにゃっとした笑顔を思い出してしまいそうだったからだ。それにウィル様にとってもあれは本当にプライベートな場所なわけで、きっと私みたいなモブ女には知られたくなかっただろうし。





 変身薬ではからずもウィル様の部屋に入ってしまった日から数日が経った。

 今日はまた北の医務室当番の日だ。

 あれからしばらくはビクビクして過ごしていたのだけれど、騎士団は近隣の街に盗賊団が出たとかで遠征に出ていたからウィル様を見かけることも無かった。

 だから次第に私もいつもの平穏を取り戻していた。



(でも変身薬はまだまだ研究と改良が必要だな。まさかぬいぐるみになってしまうなんて)



 しかもウィル様は可愛いとか言っていたけれど、どうみても間抜けな姿をしていた。

 自分の願った姿になれる薬のはずがまだ私の力量ではぬいぐるみが限界ということなのだろうか。いや、ぬいぐるみっていうのもあまりに予想外すぎて驚いたけれど。

 ううん、と頭を悩ませながら魔法の古文書を読んでいたら扉がノックされた。

 誰だろう。



「はい、どうぞ」



 珍しく患者かと顔を上げたのと同時に私は固まった。扉が開いて入ってきたのはウィル様だったからだ。



「失礼します」

「あ」



 どうしてここに!?

 前回はともかく、今日は絶対偶然じゃない……よね……。

 爽やかな笑顔でウィル様が私の前に立つ。慌てて私も椅子から立ち上がった。



「ステラ・ハーディング伯爵令嬢」

「は、はい?」



 え、どうして私の名前を知っているの?

 いや、これはもう……。



「今日はこれを君へ返しに来たんだ」

「は……」



 おそらく今の私は真っ青になって冷や汗をだらだらかいているみっともない姿をしているだろう。

 ウィル様が差し出したのは、私のアメジストのブローチだった。

 おそらくウィル様の部屋を出て転んだ時に落としたんだ!

 ――神様、私は社会的に死にます。

 国中の人気者の騎士様の部屋に不法侵入した根暗ストーカー女として!



「えっと……あ、あの、こ、これは……」

「ステラ嬢、これは君の物だよね。よくマントにつけていた」



 確かにその通りだ。ここ数日見つからなくて探していた。もしかしてアンダーソン家の屋敷に落としてきたかも……って考えなかったわけじゃないけどたとえ見つかっても私の物だとはわからないだろうって思っていた。



「どうしてそれを……」

「たまに城で見かけた時、つけていたのを覚えていたんだ。人の顔と姿を覚えるのは得意なんだ」



 私みたいな目立たない人間をよく覚えてましたね!?

 さすが優秀な騎士様は違う……って感心してる場合じゃない。

 もう言い逃れできないということだ。



「あの」

「このブローチは君が逃げ出そうとして転んだ時に窓辺で落ちたんだろうな。……君は気づいてなかったけれどあの時、俺は君がぬいぐるみから元に戻る姿を見たんだ」



 私は逃げることに必死で気がついていなかったけれどあの時背後にはウィル様がいたらしい。夕食のために食堂へ行く前に忘れ物をして一度部屋に戻ってきたらしいのだ。扉を開けた瞬間、私がぬいぐるみから人間に戻り窓から逃げ出していくのを唖然として見ていたようだった。



「あのぬいぐるみの姿は一体何なんだ? あのような効果のある魔法薬なんて聞いたことがない。俺の屋敷へ入り込んだことも説明してもらいたい。部屋は特に荒らされた様子はなかったし……密偵にしてもお粗末すぎるしな。……そして俺から君に言いたいことがあとひとつ」



 やっぱりスパイを疑われているんだ。

 それは当然のことだ。無断で屋敷に入り込んだのだから。でも、もちろんあれは不可抗力で私には悪意なんてまったくなかった。だけどそれをどうやって証明すればいいのだろう。このままじゃハーディング家にまで迷惑がかかってしまう。

 私は慌てて早口でまくし立てた。



「あ、あの薬は……私が個人的に研究していた変身薬です。ちょうどあの日試作品が完成したところで」

「変身薬?」

「自分がなりたい姿になれる薬です。……でも、なぜか私はぬいぐるみの姿になってしまって、そこにウィル様が。咄嗟に隠れようとして偶然ウィル様の鞄の中に入って出られなくなってしまって、ああああのあの、本当にごめんなさ」



 本当に決して、神に誓って悪意は無かったのです!

 最早何を言っても時すでに遅しという感じだけれどとにかく今はこれしかない。

 私は床に跪いて土下座しようとした。貴族令嬢の矜持もへったくれもない。元々根暗でぼっちのわたしだもの。

 だけど私が土下座する前に信じがたい光景が目の前で繰り広げられた。



「ステラ嬢! あの日のことは黙っていてください!!」

 

 あのウィル様が土下座したのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。 心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。 そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。 一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。 これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...