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16話 狙われたステラ
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「おはようございますコンラッド教授」
「ああ、おはようハーディング研究員。今日は北の医務室勤務だよー」
ウィル様が遠征に出てから一週間。
私は問題なく平穏な日々を送っていた。
時々マリア様や親衛隊のご令嬢達のチクチクした視線は感じるけどこちらに絡んでくることも無いし、内心ほっとしていた。
なんだかちょっとウィル様と婚約する前の日常に戻ったみたいで変な感じだけど平穏はありがたい。幸いにもレナルド殿下と顔を合わせることも無かったし。
「……」
ちらりと見下ろした先には腰のベルトにぶら下がったピンクのウサギのキーホルダー。実は遠征前に家まで送ってもらった日の別れ際、ウィル様に渡されたのだ。私があげた2つセットのウサギのキーホルダー。せっかく2つのあるのだからお揃いって、ウィル様は黄色のウサギを機嫌良さそうに持っていたのを思い出して赤くなってしまう。
……お、お揃いってなんだかすごく恥ずかしいなあ。
ウィル様が帰ってくるまであと三日だ。
今日は北の医務室勤務だ。
元々あまり人の来ない場所だけど今は騎士団の半分以上が遠征に出ているから開店休業状態だ。そのおかげで魔法薬の整理や掃除がはかどるのだけど。
『あなた最近顔が浮かれてるわよ。ウィル様が帰ってくるのが待ち遠しいのね』
ふと昨日の夕食時を思い出して薬品棚を整理する手が止まってしまった。
もうすぐウィル様が帰って来るし……昨日はアメリア姉様に出迎えの時に何を着て行けばいいか相談していたのだ。そうしたらアメリア姉様には揶揄われるし、両親には喜ばれるしでちょっと恥ずかしかった。
ちなみにセオドア兄様はウィル様と一緒に遠征中だ。
まあ揶揄われはしたけど、今日帰ったらドレス選びを手伝ってくれるって言ってたし。いや、私が着飾ったところでなあ……とは思うんだけど。
でもちょっとはウィル様の婚約者としてふさわしい恰好になっておきたいというか。
「……すぐにウィル様は飽きるって思ってたのになあ」
まさかこんなことになるとは、と私は不思議な気分だ。
だってウィル様は騎士団の期待のホープで老若男女問わず人気が高い爽やかキラキラの騎士様で、一生縁が無い人だと思ってた。勢いに押されて婚約した時だって、すぐに私に飽きるだろうって思ってたのに。
『だから、やっぱり俺は君がいい』
ウィル様の言葉を思い出してぼんっと顔が赤くなった。
いやいや、だってあれは私がウィル様の趣味を肯定したからってだけだ。あれだ、生まれたての鳥の雛みたいなものだ。初めて可愛い物好きを肯定したのが私だったから私に懐いてしまったというか。ううん、そう考えるとなんだかウィル様に悪いような気がしてきた。
「ああもう、仕事に集中!」
こんな考え事ばっかりしてたらいくら暇だからって仕事が終わらない。
頭をぶんぶん横に振ってモヤモヤを振り払った。
――今日は天気が悪いのね。
薬の在庫を倉庫から運ぶ途中、廊下の窓から薄暗い空が見えた。分厚い雲がかかって今にも雨が降り出しそうだ。北の医務室周辺は常時使われている部屋があまり無いから人通りも少ない。今も長い廊下を私一人がぽつんと歩いていた。
その時、背後でカツンと靴の音が響いた。
「――ステラ様」
「マ、マリア様」
そこにいたのはマリア・アドキンス伯爵令嬢だった。
紫の勝気な瞳でこちらを睨んでいるように見えた。
前回絡まれたから、どうしても苦手意識があって逃げ腰になってしまうのは仕方ない。
けれどマリア様はにっこりと優しく微笑んだ。
「ステラ様! 捜しましたわ。北の医務室にいらっしゃると伺ったのですけれど」
「あ、えっと、今戻るところでした。……マリア様、私に何か御用でしょうか?」
マリア様とはあれ以来、王城で会うこともあったけど会話はしていない。睨まれたり無視されたりしていたから。それが一体どういう風の吹きまわしだろう。
こちらへやって来たマリア様は私の手を掴んだ。
「ステラ様にどうしても話したいことがありますの。一緒に来てくださいませ」
「え? 今ですか。私、仕事中で」
「……すぐ済みますわ」
本当に一体なんだろう?
マリア様に手を引かれて私は仕方なく歩き出した。
向かったのは近くにある人気のない中庭だった。空は真っ暗で今にも雨が降り出しそうだ。早く終わるといいなあと思いながら私はマリア様の背中を見つめた。
「あの、マリア様」
「……連れてきましたわ」
「え……むぐ!?」
突然背後から腕が伸びて来て口を塞がれてしまった。羽交い絞めにされていて息ができない。振りほどこうともがいたけどがっちりと捕まえられていて身動きできなかった。
な、何これ一体どういうこと!?
振り返ったマリア様がこちらを睨みつけた。
「あなたが悪いのよ。……あなたみたいな地味でつまらない女がウィル様を奪ったせいよ!」
なぜか段々と意識が遠のいてきた。
朦朧とする意識の中で最後に聞いたのはマリア様の言葉だった。
――寒いなあ。
最初に感じたのは固い床の感触と寒さだった。
身体が重いし怠い。きっと捕まった時に睡眠薬を嗅がされたんだ。おそらく体調の感じからそんな強い薬じゃない……、おそらく鎮静効果のあるクワソウあたりだろうか。って分析している場合じゃないな。
手足を動かそうとしたらがちゃりと何かがはまっている。
そこで私ははっと目を開けた。
「え……わ、ぶ!?」
身体を起こそうとして両手がふさがっていたのでバランスを崩して地面に突っ伏してしまった。
私の手足には鎖でできた拘束具がつけられていた。
周囲は薄暗くてよく見えないけれど石造りの牢屋のようだった。
ええ、私捕まってる……。
「目が覚めたようだな」
「……レナルド殿下?」
石造りの床に這いつくばって顔を上げると、牢屋の外にいたのはレナルド殿下とマリア様だった。
何とか起き上った私は二人を困惑して見つめた。
「こ、これは一体……どういうことですか?」
「お前に聞きたいことがある」
聞きたいこと?
私みたいなただの魔法薬師を捕まえて何の得が……と思ったけど、1つだけ思い当たるところはある。ここまでする? とは思ったけど。
やり方が物騒すぎる。いつだったかレナルド殿下は自分の立場に納得がいっていないと聞いたことがある。
それってつまり……。
「ウィル・アンダーソンについてだ。お前達の婚約はずいぶんと急で不自然なものだったそうじゃないか。……何か奴の弱みを握ってハーディング家が無理矢理婚約をさせたんじゃないか?」
……やっぱり。
私とウィル様の婚約は確かに急だったし、周囲から不自然に見えたのだろう。というか実際不自然だったし。レナルド殿下が言うような噂もあるだろうなあと思っていた。
まあ、そうでもなければ私とウィル様が婚約するなんてありえないってことなんだろう。思わず納得しそうになってしまった自分がちょっと悲しい。
とにかくレナルド殿下はウィル様の弱みを知りたいんだ。
「ああ、おはようハーディング研究員。今日は北の医務室勤務だよー」
ウィル様が遠征に出てから一週間。
私は問題なく平穏な日々を送っていた。
時々マリア様や親衛隊のご令嬢達のチクチクした視線は感じるけどこちらに絡んでくることも無いし、内心ほっとしていた。
なんだかちょっとウィル様と婚約する前の日常に戻ったみたいで変な感じだけど平穏はありがたい。幸いにもレナルド殿下と顔を合わせることも無かったし。
「……」
ちらりと見下ろした先には腰のベルトにぶら下がったピンクのウサギのキーホルダー。実は遠征前に家まで送ってもらった日の別れ際、ウィル様に渡されたのだ。私があげた2つセットのウサギのキーホルダー。せっかく2つのあるのだからお揃いって、ウィル様は黄色のウサギを機嫌良さそうに持っていたのを思い出して赤くなってしまう。
……お、お揃いってなんだかすごく恥ずかしいなあ。
ウィル様が帰ってくるまであと三日だ。
今日は北の医務室勤務だ。
元々あまり人の来ない場所だけど今は騎士団の半分以上が遠征に出ているから開店休業状態だ。そのおかげで魔法薬の整理や掃除がはかどるのだけど。
『あなた最近顔が浮かれてるわよ。ウィル様が帰ってくるのが待ち遠しいのね』
ふと昨日の夕食時を思い出して薬品棚を整理する手が止まってしまった。
もうすぐウィル様が帰って来るし……昨日はアメリア姉様に出迎えの時に何を着て行けばいいか相談していたのだ。そうしたらアメリア姉様には揶揄われるし、両親には喜ばれるしでちょっと恥ずかしかった。
ちなみにセオドア兄様はウィル様と一緒に遠征中だ。
まあ揶揄われはしたけど、今日帰ったらドレス選びを手伝ってくれるって言ってたし。いや、私が着飾ったところでなあ……とは思うんだけど。
でもちょっとはウィル様の婚約者としてふさわしい恰好になっておきたいというか。
「……すぐにウィル様は飽きるって思ってたのになあ」
まさかこんなことになるとは、と私は不思議な気分だ。
だってウィル様は騎士団の期待のホープで老若男女問わず人気が高い爽やかキラキラの騎士様で、一生縁が無い人だと思ってた。勢いに押されて婚約した時だって、すぐに私に飽きるだろうって思ってたのに。
『だから、やっぱり俺は君がいい』
ウィル様の言葉を思い出してぼんっと顔が赤くなった。
いやいや、だってあれは私がウィル様の趣味を肯定したからってだけだ。あれだ、生まれたての鳥の雛みたいなものだ。初めて可愛い物好きを肯定したのが私だったから私に懐いてしまったというか。ううん、そう考えるとなんだかウィル様に悪いような気がしてきた。
「ああもう、仕事に集中!」
こんな考え事ばっかりしてたらいくら暇だからって仕事が終わらない。
頭をぶんぶん横に振ってモヤモヤを振り払った。
――今日は天気が悪いのね。
薬の在庫を倉庫から運ぶ途中、廊下の窓から薄暗い空が見えた。分厚い雲がかかって今にも雨が降り出しそうだ。北の医務室周辺は常時使われている部屋があまり無いから人通りも少ない。今も長い廊下を私一人がぽつんと歩いていた。
その時、背後でカツンと靴の音が響いた。
「――ステラ様」
「マ、マリア様」
そこにいたのはマリア・アドキンス伯爵令嬢だった。
紫の勝気な瞳でこちらを睨んでいるように見えた。
前回絡まれたから、どうしても苦手意識があって逃げ腰になってしまうのは仕方ない。
けれどマリア様はにっこりと優しく微笑んだ。
「ステラ様! 捜しましたわ。北の医務室にいらっしゃると伺ったのですけれど」
「あ、えっと、今戻るところでした。……マリア様、私に何か御用でしょうか?」
マリア様とはあれ以来、王城で会うこともあったけど会話はしていない。睨まれたり無視されたりしていたから。それが一体どういう風の吹きまわしだろう。
こちらへやって来たマリア様は私の手を掴んだ。
「ステラ様にどうしても話したいことがありますの。一緒に来てくださいませ」
「え? 今ですか。私、仕事中で」
「……すぐ済みますわ」
本当に一体なんだろう?
マリア様に手を引かれて私は仕方なく歩き出した。
向かったのは近くにある人気のない中庭だった。空は真っ暗で今にも雨が降り出しそうだ。早く終わるといいなあと思いながら私はマリア様の背中を見つめた。
「あの、マリア様」
「……連れてきましたわ」
「え……むぐ!?」
突然背後から腕が伸びて来て口を塞がれてしまった。羽交い絞めにされていて息ができない。振りほどこうともがいたけどがっちりと捕まえられていて身動きできなかった。
な、何これ一体どういうこと!?
振り返ったマリア様がこちらを睨みつけた。
「あなたが悪いのよ。……あなたみたいな地味でつまらない女がウィル様を奪ったせいよ!」
なぜか段々と意識が遠のいてきた。
朦朧とする意識の中で最後に聞いたのはマリア様の言葉だった。
――寒いなあ。
最初に感じたのは固い床の感触と寒さだった。
身体が重いし怠い。きっと捕まった時に睡眠薬を嗅がされたんだ。おそらく体調の感じからそんな強い薬じゃない……、おそらく鎮静効果のあるクワソウあたりだろうか。って分析している場合じゃないな。
手足を動かそうとしたらがちゃりと何かがはまっている。
そこで私ははっと目を開けた。
「え……わ、ぶ!?」
身体を起こそうとして両手がふさがっていたのでバランスを崩して地面に突っ伏してしまった。
私の手足には鎖でできた拘束具がつけられていた。
周囲は薄暗くてよく見えないけれど石造りの牢屋のようだった。
ええ、私捕まってる……。
「目が覚めたようだな」
「……レナルド殿下?」
石造りの床に這いつくばって顔を上げると、牢屋の外にいたのはレナルド殿下とマリア様だった。
何とか起き上った私は二人を困惑して見つめた。
「こ、これは一体……どういうことですか?」
「お前に聞きたいことがある」
聞きたいこと?
私みたいなただの魔法薬師を捕まえて何の得が……と思ったけど、1つだけ思い当たるところはある。ここまでする? とは思ったけど。
やり方が物騒すぎる。いつだったかレナルド殿下は自分の立場に納得がいっていないと聞いたことがある。
それってつまり……。
「ウィル・アンダーソンについてだ。お前達の婚約はずいぶんと急で不自然なものだったそうじゃないか。……何か奴の弱みを握ってハーディング家が無理矢理婚約をさせたんじゃないか?」
……やっぱり。
私とウィル様の婚約は確かに急だったし、周囲から不自然に見えたのだろう。というか実際不自然だったし。レナルド殿下が言うような噂もあるだろうなあと思っていた。
まあ、そうでもなければ私とウィル様が婚約するなんてありえないってことなんだろう。思わず納得しそうになってしまった自分がちょっと悲しい。
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