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プロローグ ロア
しおりを挟む闇は原始だ。
全ては闇の中にあり、
光が届く範囲が、可視出来るに過ぎない。
鮮やかとも言える闇の中、身の内から聞こえる声。
ーーー強く。
誰よりも、強く。
故に、剣を振る。
ただひたすら、剣を振る。
その先にあるものなど、考えもしなかった。
ーーーーーーーーーー
そこは薄暗い部屋で、扉から1番遠い壁の天井近くに小さな明かり取りの穴が、ポツンと空いているだけだった。
壁は土壁で、床にはボロボロだが床板や布が敷いてあった。
部屋には人が何人かいた。
蹲る者、
こちらに手を伸ばす者、
逃げる者、
目線だけを寄こす者、
体を起こす者。
饐えた匂い、篭もる空気。
盗賊に囚われた者は、輪わされ、売られる。
遅いか早いかの違いだ。
囚われている者の中に生かす価値の無いものはいない。
奴らにとって価値の無い者は、その場で殺されるからだ。
もちろん、囚われた者でも運が悪ければ殺されるが、おとなしくしていれば其れ程酷い事にはならない。
「自分で歩けるか?外にでろ、馬車がある。」
彼等にそう声をかけたのは、誰だったか。
泣き崩れる者、
座り込む者、
安堵の息を吐く者。
たった今討伐した盗賊に囚われていた者達は、様子も様々に部屋を出て行った。
ロアは残党がいないか確認しようと、部屋を回っていた。
その部屋に一歩踏み入ったのも、囚われた者達の中に残党が混ざっていないか警戒するためだ。
内側に開くドアをもう少し開け、薄暗い部屋を見回す。
何もない。
それを確認し、外に出ようとしたーーー
ーーーその時、
視界の端に白いものが映った。
薄暗い部屋の入口からは半分死角になっている場所に、水瓶が置かれていた。
その陰からチラリと白いものが見える。
一歩近寄れば、白いものは脚だとわかった。
意識がないのか動く気配はない。
もう一歩近づく。
覗けば、水瓶の側の壁にもたれて横たわる、白い人影が見えた。
あまりにも血の気の無い死人にも見える青白い肌を、乱れた長い髪が覆っている。
土か血か、汚れ、破れた服から覗く胸は平で男だとわかった。
投げ出された脚は細く、汚れや打撲跡はあるが酷い傷は見当たらない。
ロアは、しばらくそうして見ていたが、動く気配は無い。
生死を確認しようとかがむと、濃い血の臭いがした。
嗅ぎなれたはずの臭い。
だが、何処か甘い匂いに、ロアは何故か酷い焦燥を覚えた。
「おい、…おい!」
声をかけたが返事は無く、つかんだ肩は生きているとは思え無いほど冷たかった。
急いで首すじの脈をとる。
…トク…トク…トク…
弱く、ゆっくり、だが、安定した命の音に安堵の息が漏れた。
出血の場所を探るため体を横たえる。
背中の皮膚と服の背中と思われる部分に、乾いた血がこびりついていた。
濃い血の臭いは、その下。
かろうじて隠れた脚の間から放たれていた。
尻の辺りに血だまりができ、排水の溝にまで流れたようだ。
ロアの常時刻まれている眉間のシワが濃くなる。
いたたまれない気分だった。
こんな状況はむしろ慣れている方だ。
女なんかはもっと酷い。
なのに、何故か見ているのが辛い。
どちらにしろ、ここでできることは無い。
ロアは自分の羽織っていたマントで意識の無い体を包み、そっと抱き上げる。
「 …! 」
軽さに驚く。
細くはあるが小柄では無い男だ。
まあ、いい。
ロアは腕の中のものを揺らさないように、そっと歩き、やがて明るい場所に出た。
なんとなく顔を見て、その訳を知る。
エルフだ。
エルフの体は軽い。
羽があった古の時代の名残だという。
もう羽根は無いが、長く大きな耳が乱れた髪の隙間から見えていた。
髪は薄い黄色か。
青白い整った顔に、目元の打撲と切れて腫れた唇がヤケに紅い。
抱いている手に低い体温が伝わってきて、ロアの冷えた手に沁みた。
「綺麗ですね。慰みもんだったんでしょう、かわいそうに。」
「生きてるんすか?」
「エルフか、捕まるなんて珍しいな。」
「初めて見たぜ。」
討伐メンバーから声がかかる。
気心の知れたメンバーだ。
もともと無口で無愛想なロアは、返事を返さずとも気にされることは無い。
ロアは190を超す長身に実戦的な筋肉がつき、浅黒い肌には大小の傷痕、黒い硬質な髪は結ぼうと思えば結べるくらいの長さにまで伸びていた。
眉は案外なだらかなのだが長めの前髪で見える事は無いし、眉間は狭く皺が常に刻まれ、そこから続く高めの鼻と薄い唇とがその顔を冷淡に見せていた。
その上、一重の切れ長の目に黒い小さめの瞳。
総合的に見て威圧的な事この上ない男だったが、本人には悪意は無い。
無口なのもほとんどが面倒だからだ。
周りの喧騒にも関わらず、腕の中のエルフは起きる気配もない。
ロアがどうしたものかと思っていると、
「さて、どうすっかな。」
ダンが言った。
【傭兵団 ランズエンド】 は、ギルドの依頼をこなすうちだんだんとメンバーが固定されていき自然とできた傭兵団で、団長はロアだ。
ロアにはひと言の相談や話、断りすら無かったが、そうなっている。
ロアは上位騎士だった過去があり、一代だが貴族の爵位持ちだからだそうだ。
実際に仕切るのは副団長のダン。
ロアが傭兵稼業を初めてから、1番長く組んでいる男だ。
ダンに言わせると、『使い勝手が良い』らしい。
爵位の事だと思いたい。
今朝の討伐は、中規模の盗賊団の根城だった。
想定よりも多かった見張りを仲間が撃ち漏らし、最後は総力戦となった。
ロアはいつも先頭を切って戦う。
それが仲間を死なせない一番の方法だからだ。
立て篭もる構えを見せ、ジリジリと後退していく盗賊。
…厄介だな。
地の利は奴らにある。
時間を掛ければ、死者が出る。
「………。」
ガガガン!!!!
突然の広範囲の雷撃。
同時にロアは木から飛び降り、風を巻いて弓が届くよりも速く低く走る。
痺れと轟音で混乱する盗賊。
それでも自分から目を離さない数人のうち1人を力で斬り伏せ、突き出された剣を横にいなし、首領の首に斬りつける。
血と炎の尾を引く剣。
魔術と剣を同時に行使し、爆発的な戦闘力をもって相手の中枢を叩き伏せるのだ。
切り掛かって来た盗賊を、1人は足に斬りつけ、1人はくるりとかわしてもう1人には勢いのまま刺突し、風に乗って屋根に登る。
そのまま流れに乗って根城に雪崩れ込み、抵抗する残りの賊の討伐を終えた。
根城の解体と残党の捜索は別チームがやる事になっているが、護衛を多くした方が良さそうだと考えていると、
「おう、お前今日3回死んだからな。ったく、少しは慎重に行けよ。」
何度か繰り出された刃が自分に届かなかったのは、ダンや他のメンバーが後から続いてそれを阻止したからだ。
いつものことだ。
ロアはダンが愚痴るのを聞き流し、水を一口飲んで、残党が潜んでいないかを見て歩いた。
結局、ロアが見つけたのはエルフだけだったが、結果的には結構な物を見つけたとダンの顔が物語っていた。
ダンは茶色の髪で背は高くはないが低くもなく、装備や小物は洒落た物が多い。
本来は人好きのする顔立ちなのだが、今は髭が少し伸びて全体的に草臥れた格好をしている。
そして、見かけによらず剣から斧まで扱える強者だ。
ダンは青と茶色が混ざった二重の目を、荷台とエルフに向けた。
馬車の荷台は随分混み合っていた。
重い怪我人や、解放され座り込む人々であふれ、誰かを寝かせて運べるような隙間は無い。
馬もいるが、意識が無くては落馬の危険があるし、足を怪我した者が優先だった。
「かわいそうだから、そのまま抱いてってやれば?お前ん家、途中だろ。
どうせ誰もいねーし、とりあえずそこまで行ってからまたどーすっか決めよーぜ。」
「 …。」
ロアの意見は、あったとしても大体無視される。
なんで俺がーーという言葉は、数年前から口にしたことはない。
どうせもっと酷い二択を迫られ、それでも嫌だといえば、正論の出番だ。
ダンに口で勝てる自信は、ロアにはなかった。
大抵のことに無関心なロアは、意見があることなど稀なのだが。
ロアが腕の中に目を落とせば、エルフはいまだ意識も無く死んだように眠っている。
いや、これから本当に死ぬのかもしれない。
安い馬車に悪い道では、その振動は酷い。
あり得る事だ。
「 …フン。」
ロアは一息吐き出し、腕の中の体をそっと縦にして頭を背中側に若干落とした。
胸の辺りを肩にもたれかけさせ、膝裏の上で軽い体を支え、抱き直す。
まだ囚われて間も無いのか、饐えた匂いはしなかった。
血と精と汗の臭いに混じり、甘いような匂いがした。
香油にしては爽やかなそれが、時折鼻を掠める。
その香りに明るい何かを感じながら、寒い風がマントの中の体温を奪わないよう少し腕に力を込め、なるべく揺らさないようにロアは歩き出した。
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