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勇者と魔王
時の魔法の残滓
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頬を伝わる一筋の涙はすぐに乾いた。
声が出ない。その光景は僕の望んだものじゃない。認めたくない。
彼女はいた。必死に抵抗したのだろう。力ずくで破られた服の破片があたりに散らばっている。彼女はうつぶせになって力尽きたように倒れている。
なにより僕の目を引いたのが彼女の体に生えている武骨な剣。
彼女を取り囲んでいる男たちが、言葉を失い呆然とその場に突っ立っている僕に気づき、そして馬鹿にしたように笑いながら話しかけてきた。その中には、僕たちをだました無害そうな青年も混じっていた。
「お!今頃来たのかぁ。ずいぶんとおそかったなぁ。俺様たちがせっかく犯してから奴隷にいてやるっつったのに抵抗しやがるから思わず殺っちまったぜ」
「おいらたち貴族の奴隷にしてやるんだから、感謝されてもよかったくらいなんだぁ」
貴族だと思われる男たちが好き勝手に話す中、ある一人が僕を見て何かに気づいたように目を丸くしながら言ってきた。
「お前……もしかして落ちこぼれじゃあねぇか!この女知り合いかぁ?傑作だな!騙されたあげく女一人守れねぇとは。あんまり笑わせてくれるなよ……なあ、弟よ!」
そう言いながら近寄ってくるのは僕の“元家族”である兄だった。その粘り突くような声を聞いていたくなかった。
「コイツ、きれいな肌してたなぁ。もっといじめてやりたかったぜ!」
ノイズ。雑音が世界を支配する。色づき、鮮やかだった世界はその色を無くしていき、再びモノクロの世界に戻っていく。その感覚で瀬奈との思い出まで全て失ってしまいそうで、気が……気がおかしくなってしまいそうだ。
「恫喝しても何一つ文句も言わねぇ。気丈な顔を見ているだけでそそられたぜぇ。こういう女を無理やり従わせるのが一番おもしろいんだよなぁ!お前ら!」
「ああ。最高だったぜ!ただあんまりにも強情だったせいで勢いで殺したのは間違いだったかもしれねぇな!」
「ぎゃはは!その通りだぜぇ!」
心の奥底に眠っていた憎しみ。思い出したくもなかった家族の顔。音を立てて砕け散っていく瀬奈との楽しかった思い出。もう訳が分からなくなって胸が張り裂けそうだ!
「何が、可笑しいんだよ。瀬奈はなぁ、本当に町のことを心配していたんだぞ?それを、平気な顔をして裏切りやがって……!」
瀬奈のいない世界なんて。瀬奈がいなくなってしまった世界なんて……もう、価値が無い。
「ぎゃはははは!!馬鹿な女だよなぁ!!あんな嘘に騙されるなんてよぉ!お前もそう思うだろ?出来損ない君よぉ?ぎゃははは……は?」
笑っていた男たちの顔がそのままの表情で首から飛んでいく。瀬奈の周りにいた男たちと僕の兄だったものの体から真っ赤な血が飛び出てくる。いつの間にか僕の手にある黒い刀。
紅いシャワーが僕と瀬奈に降りかかる。瀬奈にそっと近づき、その体を上に向けさせ腕で抱える。服ははだけていてほぼ全裸。髪は光沢を失い乱れている。
僕がもっと早く来ていれば、瀬奈を守れたはずだった。悔恨ばかりが胸を締め付けてくる。そんな僕をあざ笑うかのように降り出す雨。僕の目から出てくる滴は雨かそれとも……。
うつむいている僕の頬に触れる柔らかい感触。驚いて視線を向ける僕に移る笑顔。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!
僕の最愛のヒトをこんな姿にしたこの世界が!!!!
こうしてただ憎しみのまま暴れまわれたら楽だったのに。
彼女は僕の憎しみを簡単に取り払ってしまう。代わりに僕を支配してくるのはあふれ出さんばかりの”後悔”と”悲しみ”だった。
「けほっ。こわい顔、しないのっ。あなたには……似合わないよ?」
せき込んでつらいはずなのに、やさしく僕に向けられる慣れ親しんだ笑顔。
「僕の!せいでっ。君は……なんで?なんで、君が、こんな……!」
悔しくて言葉がつながらない。彼女になんて声をかければいいのか分からない。僕は君を守れなかった。君は僕を救ってくれたのに。敵は弱かった。あんなに簡単に殺せた。僕が瀬奈のそばにいさえすれば。僕があの男の嘘に気づけていれば。僕が、僕にもっと……もっとぉぉぉぉ!!
「それでも、来てくれてうれしかったぁ。最期を……私の一番好きなヒトに見られるのは少し恥ずかしいけどね?」
彼女から流れ出る血が止まらない。
「――――と一緒に旅するのたのしかったぁ。私いつも一人だったから、ね?――――がいつも隣にいてくれて。一緒に笑って。一緒においしいもの食べて、さ。だから心残り、ないんだよ……」
今にも消えてしまいそうに、苦しそうに言葉を続ける瀬奈。しかし僕には絶対に笑顔を崩さないように振舞う彼女を見て僕の目から透明な滴が流れ落ちる。心の中で祈る。決して届かないと知りながら。
……やめてよ。もうしゃべらなくていいよ。これが最期みたいに言うなよ。頼むから。
間に合わなかった僕を責めてよ……。
そう口に出来たらどんなに楽だっただろう?そう口にできる勇気があったらどんなに楽だっただろう?でもそれが彼女の苦しみになるなら、僕は自分を騙してみせる。
「あ……やっぱりちょっとだけ心残り、あったよ!今まで言うタイミングがなくて。でもなんでだろ、ね?恥ずかしかったのに……こんな時に限って言える気がする」
「なっ、なに?僕にできることならなんだってするから!」
「耳、貸して?」
僕は彼女の口元に耳を当てる。かすかな……しかしか か細い吐息が彼女の“時間”が僅かなのだと、僕に教えているようで。震えそうになる体を無理やり押さえつける。
「あなたと出会ってから、ずっと好きだった。結婚したいって思えるほど、大好きになった。もっと一緒にいたかった……!!でもあなたが生きていてくれて、うれしい!あなたの幸せを心から応援しているから。またいつの日か、あなたと出会えますように」
そんなことを言われたら……未練、残ってしまうじゃないか。また僕を覚えている君ともう一度話したいっていう、叶わない願望を抱いてしまうじゃないか。
彼女の瞼が落ちる。僕の腕の中で増す重さ。僕は消えていく一つの命を感じながらずっと言えなかった思いを口にする。
「僕も瀬奈のことがずっと好きだったよ。君が僕のことを忘れても僕の心には君が永遠に残る」
♦♦♦
彼女をお姫様抱っこして、誰もいない草原に僕は来ていた。背後には僕が独りで過ごしてきた森がある。
僕は彼女の死を拒絶する。今まで多くの人の死を目の当たりにしてきたのに、瀬奈にだけこれを使うのは僕の我が儘なのだろう。
「アイオーン。“死の反転”をつかう」
僕は契約精霊であるアイオーンに話しかける。“死の反転”という魔法は“時魔法”の中で深淵に位置する禁じられた魔法の一つ。蘇生魔法であり、奇跡の魔法でもあるが代償が伴う魔法。
「マスター。よろしいのですか?それを使ってもマスターの記憶は彼女にはありません」
痛みを伴う声が頭に念話を通して響いてくる。そんなことは言われなくても知っている。それでも僕には迷う理由が無い。世界の秩序を犯す行為だろうが、命を弄ぶ好意だろうが、そんなことはどうでもいい。蘇生魔法は神が行使することを許さない魔法の代表例。研究することすら禁止されている。それでも僕にとっては、どうでもいいことだ。人々を救いもしないくせに、こんな時だけ出てくる神なんかよりも瀬奈の方が数億倍大切だ。
「たとえ僕の記憶がなくても、もう一度彼女の笑顔がみたい。もう一度話したい」
「分かりました。そのほかにどんな影響がマスターに及ぶか分からないとか、忠告しても無駄なのでしょう? 私も何年もマスターと一緒にいるからわかります。」
「いつも苦労を掛けてすまないな。ごめん」
「謝らないでくださいマスター。私はマスターのものなのですから。あなたと一緒の道を歩めれば、私は幸せです」
アイオーンと僕は一つの魔法を発動させる。僕にだけ使える魔法。”時の魔法”を極めたものにだけ許される奇跡。
「時は無限。示される“生”と“死”。我、汝の境界線を破壊する “死の反転”!!」
瞬間、腕の中の瀬奈の体が淡く光りだす。彼女の“時”が戻っていく。服も傷も何もかも彼女のありとあらゆる時間が巻き戻っていく。
やがて呼吸を取り戻した彼女がゆっくりと目を開く。僕にお姫様抱っこされたままの体制で。
「きゃああ!あなた誰!?」
びっくりした様子で僕の腕から飛びのく彼女を見ながら、こみ上げる気持ちを必死に隠して声をかける。
「はじめまして。あなたが森で倒れていたので入り口まで運ばせてもらいました」
そう。ここは彼女と初めて会った場所。僕の運命が変わった場所。
「そうなの?じゃあ助けてくれたんだ!ありがとっ」
僕はこの笑顔が見たかったんだ。それだけ。それだけでいい。これ以上望んではいけない。僕にそんな資格は、ない。
「あなたの名前を、教えてくださいますか?」
あの時とは逆の立場。今度は僕が名前を尋ねる番。
「そっか。まだ名乗っていなかったね!私の名前は瀬奈っていうの。姓は士同だよっ!よろしくね!ここで君は何してたの?」
彼女の中に僕がいない。僕の中には彼女がいる。覚悟していたけど。
大切な想い。伝えられなかった想い。伝えることの許されない想い。抱くだけの想いならば、”思い出”の中にそっと封じ込めてしまえばいい。
「実は僕の大切な、とても好きなヒトに告白してきた帰りだったのです」
「わあ。そうなんだぁ!ロマンチックだねー!私も告白されてみたいな~」
僕としてはもう一度チャンスが欲しかったけれど。残念ながら僕には時間がない。
「でも彼女、恥ずかしかったみたいで。またいつか返事するって言いながら走って行ってしまいました。僕の手の、届かないところへ」
「そうなんだ!もったいないなーその子。こんなにかっこいい男の人に告白されて逃げちゃうなんて!私だったら一発OKだよ!」
彼女の冗談にちょっとドキッとする僕。未練たらたらじゃないか。
「でもいつかまた、会えると信じているので。それまで、ちょっとの間離れるだけですから」
目の前の瀬奈でない誰かに話しかけるように話す僕にちょっと不思議な顔をしながら目の前の瀬奈が顔を寄せてくる。
「う~ん……。どっかで会ったことないかなぁ、私たち。似ている気がするんだよね~。あの森であった少年に……。あれ?あの森ってどこだったっけ?あれ?思い出せない!?あれ?」
突然そんなことを言いながら混乱しだす瀬奈。不意に彼女の目から涙がこぼれる。
「あれ?なんでわたし、涙なんか……?」
僕はそっと自分の気持ちに嘘をつき混乱する彼女に近寄った。
肩をそっと抱きしめて。
「まだ、本調子ではないのでしょう。森で倒れていたので。ここから北に1時間も歩けば町が見えます。悪いけど僕は一緒に行けないから」
そう言って彼女に背を向ける。これ以上彼女と話していたらきっと。
「うん!助けてくれてありがとう!また会おうね――――!」
呼びかけられる僕の名前。僕は彼女に名乗っただろうか?驚いて振り向く僕に、まぶしくて、やさしくて、大好きな彼女の笑顔。手を振りながら遠ざかる彼女をその背が見えなくなるまで見送った。
♦♦♦
「マスター。もう彼女はいません」
アイオーンが擬人化しながら僕の前に現れ、そっと抱きしめてきた。
「よく、我慢しましたね。もう泣いてもいいのですよ?」
精霊でも女性に抱かれて泣くのは恥ずかしい。だけどもう我慢の限界だ。この選択に後悔はしてない。してはいけないし、する資格が僕にはない。あの時、間に合わなかった僕はこれ以上を望んではいけない!頭ではわかっている。理解もしている。だから我慢していた。だが、どうやらアイオーンにはバレバレだったらしい。こんな意思の弱い自分が嫌いになってくる。弱みなんて瀬奈と出会ってからただの一度も見せたことなんてないのに。
情けなくて、みっともなくて、顔すら上げられない。
でもそんな僕をやさしく抱きしめてくる、その温かさに。不覚にも僕は温もりを感じてしまって甘えてしまう。
「……ぅぐ……ぅぅ…!!」
声を必死で押し殺して泣いた。今までで一番泣いた。もう叶うことがない想いを胸に抱きながら。
そんな僕をいつまでも見ていてくれる精霊をそばに感じながら。
♦♦♦
もうすっかり時間がたって夜遅く。森の入り口で僕はアイオーンと向かい合っていた。
僕の体は禁じられた魔法を使った影響か、うっすらと透けている。
「僕はどうなるのかな?」
「おそらくは別の世界に強制転移させられると思います。いえこの場合は追放、ですかね?」
「そっか。」
たとえ君の心に僕がいなくても……
僕の心に君はずっといるから
だからさみしくない
いつか……また会える日まで
アイオーンは強制転移だと言っていたが、実際の代償は不明。本当はこのまま消えてしまうだけなのかもしれない。だから僕は一人の少女を思いながら最後の想いを口にする。
「僕も君が応援してくれたように君の幸せを心から応援している。さよなら瀬奈」
煌めく“時の魔法の残滓”。その天に届くほどの……しかしどこか儚い奇跡の光ははたして彼女の目に届いたのだろうか。
声が出ない。その光景は僕の望んだものじゃない。認めたくない。
彼女はいた。必死に抵抗したのだろう。力ずくで破られた服の破片があたりに散らばっている。彼女はうつぶせになって力尽きたように倒れている。
なにより僕の目を引いたのが彼女の体に生えている武骨な剣。
彼女を取り囲んでいる男たちが、言葉を失い呆然とその場に突っ立っている僕に気づき、そして馬鹿にしたように笑いながら話しかけてきた。その中には、僕たちをだました無害そうな青年も混じっていた。
「お!今頃来たのかぁ。ずいぶんとおそかったなぁ。俺様たちがせっかく犯してから奴隷にいてやるっつったのに抵抗しやがるから思わず殺っちまったぜ」
「おいらたち貴族の奴隷にしてやるんだから、感謝されてもよかったくらいなんだぁ」
貴族だと思われる男たちが好き勝手に話す中、ある一人が僕を見て何かに気づいたように目を丸くしながら言ってきた。
「お前……もしかして落ちこぼれじゃあねぇか!この女知り合いかぁ?傑作だな!騙されたあげく女一人守れねぇとは。あんまり笑わせてくれるなよ……なあ、弟よ!」
そう言いながら近寄ってくるのは僕の“元家族”である兄だった。その粘り突くような声を聞いていたくなかった。
「コイツ、きれいな肌してたなぁ。もっといじめてやりたかったぜ!」
ノイズ。雑音が世界を支配する。色づき、鮮やかだった世界はその色を無くしていき、再びモノクロの世界に戻っていく。その感覚で瀬奈との思い出まで全て失ってしまいそうで、気が……気がおかしくなってしまいそうだ。
「恫喝しても何一つ文句も言わねぇ。気丈な顔を見ているだけでそそられたぜぇ。こういう女を無理やり従わせるのが一番おもしろいんだよなぁ!お前ら!」
「ああ。最高だったぜ!ただあんまりにも強情だったせいで勢いで殺したのは間違いだったかもしれねぇな!」
「ぎゃはは!その通りだぜぇ!」
心の奥底に眠っていた憎しみ。思い出したくもなかった家族の顔。音を立てて砕け散っていく瀬奈との楽しかった思い出。もう訳が分からなくなって胸が張り裂けそうだ!
「何が、可笑しいんだよ。瀬奈はなぁ、本当に町のことを心配していたんだぞ?それを、平気な顔をして裏切りやがって……!」
瀬奈のいない世界なんて。瀬奈がいなくなってしまった世界なんて……もう、価値が無い。
「ぎゃはははは!!馬鹿な女だよなぁ!!あんな嘘に騙されるなんてよぉ!お前もそう思うだろ?出来損ない君よぉ?ぎゃははは……は?」
笑っていた男たちの顔がそのままの表情で首から飛んでいく。瀬奈の周りにいた男たちと僕の兄だったものの体から真っ赤な血が飛び出てくる。いつの間にか僕の手にある黒い刀。
紅いシャワーが僕と瀬奈に降りかかる。瀬奈にそっと近づき、その体を上に向けさせ腕で抱える。服ははだけていてほぼ全裸。髪は光沢を失い乱れている。
僕がもっと早く来ていれば、瀬奈を守れたはずだった。悔恨ばかりが胸を締め付けてくる。そんな僕をあざ笑うかのように降り出す雨。僕の目から出てくる滴は雨かそれとも……。
うつむいている僕の頬に触れる柔らかい感触。驚いて視線を向ける僕に移る笑顔。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!
僕の最愛のヒトをこんな姿にしたこの世界が!!!!
こうしてただ憎しみのまま暴れまわれたら楽だったのに。
彼女は僕の憎しみを簡単に取り払ってしまう。代わりに僕を支配してくるのはあふれ出さんばかりの”後悔”と”悲しみ”だった。
「けほっ。こわい顔、しないのっ。あなたには……似合わないよ?」
せき込んでつらいはずなのに、やさしく僕に向けられる慣れ親しんだ笑顔。
「僕の!せいでっ。君は……なんで?なんで、君が、こんな……!」
悔しくて言葉がつながらない。彼女になんて声をかければいいのか分からない。僕は君を守れなかった。君は僕を救ってくれたのに。敵は弱かった。あんなに簡単に殺せた。僕が瀬奈のそばにいさえすれば。僕があの男の嘘に気づけていれば。僕が、僕にもっと……もっとぉぉぉぉ!!
「それでも、来てくれてうれしかったぁ。最期を……私の一番好きなヒトに見られるのは少し恥ずかしいけどね?」
彼女から流れ出る血が止まらない。
「――――と一緒に旅するのたのしかったぁ。私いつも一人だったから、ね?――――がいつも隣にいてくれて。一緒に笑って。一緒においしいもの食べて、さ。だから心残り、ないんだよ……」
今にも消えてしまいそうに、苦しそうに言葉を続ける瀬奈。しかし僕には絶対に笑顔を崩さないように振舞う彼女を見て僕の目から透明な滴が流れ落ちる。心の中で祈る。決して届かないと知りながら。
……やめてよ。もうしゃべらなくていいよ。これが最期みたいに言うなよ。頼むから。
間に合わなかった僕を責めてよ……。
そう口に出来たらどんなに楽だっただろう?そう口にできる勇気があったらどんなに楽だっただろう?でもそれが彼女の苦しみになるなら、僕は自分を騙してみせる。
「あ……やっぱりちょっとだけ心残り、あったよ!今まで言うタイミングがなくて。でもなんでだろ、ね?恥ずかしかったのに……こんな時に限って言える気がする」
「なっ、なに?僕にできることならなんだってするから!」
「耳、貸して?」
僕は彼女の口元に耳を当てる。かすかな……しかしか か細い吐息が彼女の“時間”が僅かなのだと、僕に教えているようで。震えそうになる体を無理やり押さえつける。
「あなたと出会ってから、ずっと好きだった。結婚したいって思えるほど、大好きになった。もっと一緒にいたかった……!!でもあなたが生きていてくれて、うれしい!あなたの幸せを心から応援しているから。またいつの日か、あなたと出会えますように」
そんなことを言われたら……未練、残ってしまうじゃないか。また僕を覚えている君ともう一度話したいっていう、叶わない願望を抱いてしまうじゃないか。
彼女の瞼が落ちる。僕の腕の中で増す重さ。僕は消えていく一つの命を感じながらずっと言えなかった思いを口にする。
「僕も瀬奈のことがずっと好きだったよ。君が僕のことを忘れても僕の心には君が永遠に残る」
♦♦♦
彼女をお姫様抱っこして、誰もいない草原に僕は来ていた。背後には僕が独りで過ごしてきた森がある。
僕は彼女の死を拒絶する。今まで多くの人の死を目の当たりにしてきたのに、瀬奈にだけこれを使うのは僕の我が儘なのだろう。
「アイオーン。“死の反転”をつかう」
僕は契約精霊であるアイオーンに話しかける。“死の反転”という魔法は“時魔法”の中で深淵に位置する禁じられた魔法の一つ。蘇生魔法であり、奇跡の魔法でもあるが代償が伴う魔法。
「マスター。よろしいのですか?それを使ってもマスターの記憶は彼女にはありません」
痛みを伴う声が頭に念話を通して響いてくる。そんなことは言われなくても知っている。それでも僕には迷う理由が無い。世界の秩序を犯す行為だろうが、命を弄ぶ好意だろうが、そんなことはどうでもいい。蘇生魔法は神が行使することを許さない魔法の代表例。研究することすら禁止されている。それでも僕にとっては、どうでもいいことだ。人々を救いもしないくせに、こんな時だけ出てくる神なんかよりも瀬奈の方が数億倍大切だ。
「たとえ僕の記憶がなくても、もう一度彼女の笑顔がみたい。もう一度話したい」
「分かりました。そのほかにどんな影響がマスターに及ぶか分からないとか、忠告しても無駄なのでしょう? 私も何年もマスターと一緒にいるからわかります。」
「いつも苦労を掛けてすまないな。ごめん」
「謝らないでくださいマスター。私はマスターのものなのですから。あなたと一緒の道を歩めれば、私は幸せです」
アイオーンと僕は一つの魔法を発動させる。僕にだけ使える魔法。”時の魔法”を極めたものにだけ許される奇跡。
「時は無限。示される“生”と“死”。我、汝の境界線を破壊する “死の反転”!!」
瞬間、腕の中の瀬奈の体が淡く光りだす。彼女の“時”が戻っていく。服も傷も何もかも彼女のありとあらゆる時間が巻き戻っていく。
やがて呼吸を取り戻した彼女がゆっくりと目を開く。僕にお姫様抱っこされたままの体制で。
「きゃああ!あなた誰!?」
びっくりした様子で僕の腕から飛びのく彼女を見ながら、こみ上げる気持ちを必死に隠して声をかける。
「はじめまして。あなたが森で倒れていたので入り口まで運ばせてもらいました」
そう。ここは彼女と初めて会った場所。僕の運命が変わった場所。
「そうなの?じゃあ助けてくれたんだ!ありがとっ」
僕はこの笑顔が見たかったんだ。それだけ。それだけでいい。これ以上望んではいけない。僕にそんな資格は、ない。
「あなたの名前を、教えてくださいますか?」
あの時とは逆の立場。今度は僕が名前を尋ねる番。
「そっか。まだ名乗っていなかったね!私の名前は瀬奈っていうの。姓は士同だよっ!よろしくね!ここで君は何してたの?」
彼女の中に僕がいない。僕の中には彼女がいる。覚悟していたけど。
大切な想い。伝えられなかった想い。伝えることの許されない想い。抱くだけの想いならば、”思い出”の中にそっと封じ込めてしまえばいい。
「実は僕の大切な、とても好きなヒトに告白してきた帰りだったのです」
「わあ。そうなんだぁ!ロマンチックだねー!私も告白されてみたいな~」
僕としてはもう一度チャンスが欲しかったけれど。残念ながら僕には時間がない。
「でも彼女、恥ずかしかったみたいで。またいつか返事するって言いながら走って行ってしまいました。僕の手の、届かないところへ」
「そうなんだ!もったいないなーその子。こんなにかっこいい男の人に告白されて逃げちゃうなんて!私だったら一発OKだよ!」
彼女の冗談にちょっとドキッとする僕。未練たらたらじゃないか。
「でもいつかまた、会えると信じているので。それまで、ちょっとの間離れるだけですから」
目の前の瀬奈でない誰かに話しかけるように話す僕にちょっと不思議な顔をしながら目の前の瀬奈が顔を寄せてくる。
「う~ん……。どっかで会ったことないかなぁ、私たち。似ている気がするんだよね~。あの森であった少年に……。あれ?あの森ってどこだったっけ?あれ?思い出せない!?あれ?」
突然そんなことを言いながら混乱しだす瀬奈。不意に彼女の目から涙がこぼれる。
「あれ?なんでわたし、涙なんか……?」
僕はそっと自分の気持ちに嘘をつき混乱する彼女に近寄った。
肩をそっと抱きしめて。
「まだ、本調子ではないのでしょう。森で倒れていたので。ここから北に1時間も歩けば町が見えます。悪いけど僕は一緒に行けないから」
そう言って彼女に背を向ける。これ以上彼女と話していたらきっと。
「うん!助けてくれてありがとう!また会おうね――――!」
呼びかけられる僕の名前。僕は彼女に名乗っただろうか?驚いて振り向く僕に、まぶしくて、やさしくて、大好きな彼女の笑顔。手を振りながら遠ざかる彼女をその背が見えなくなるまで見送った。
♦♦♦
「マスター。もう彼女はいません」
アイオーンが擬人化しながら僕の前に現れ、そっと抱きしめてきた。
「よく、我慢しましたね。もう泣いてもいいのですよ?」
精霊でも女性に抱かれて泣くのは恥ずかしい。だけどもう我慢の限界だ。この選択に後悔はしてない。してはいけないし、する資格が僕にはない。あの時、間に合わなかった僕はこれ以上を望んではいけない!頭ではわかっている。理解もしている。だから我慢していた。だが、どうやらアイオーンにはバレバレだったらしい。こんな意思の弱い自分が嫌いになってくる。弱みなんて瀬奈と出会ってからただの一度も見せたことなんてないのに。
情けなくて、みっともなくて、顔すら上げられない。
でもそんな僕をやさしく抱きしめてくる、その温かさに。不覚にも僕は温もりを感じてしまって甘えてしまう。
「……ぅぐ……ぅぅ…!!」
声を必死で押し殺して泣いた。今までで一番泣いた。もう叶うことがない想いを胸に抱きながら。
そんな僕をいつまでも見ていてくれる精霊をそばに感じながら。
♦♦♦
もうすっかり時間がたって夜遅く。森の入り口で僕はアイオーンと向かい合っていた。
僕の体は禁じられた魔法を使った影響か、うっすらと透けている。
「僕はどうなるのかな?」
「おそらくは別の世界に強制転移させられると思います。いえこの場合は追放、ですかね?」
「そっか。」
たとえ君の心に僕がいなくても……
僕の心に君はずっといるから
だからさみしくない
いつか……また会える日まで
アイオーンは強制転移だと言っていたが、実際の代償は不明。本当はこのまま消えてしまうだけなのかもしれない。だから僕は一人の少女を思いながら最後の想いを口にする。
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本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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