時の記憶に触れる者

時々

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勇者と魔王

過去編:彼女たちはひどく似ていた

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 だれか、たすけて……!!!

 強い願望を乗せた思念が大気中の霊力を駆け巡って僕の耳に届く。体内の魔力を使って現象を引き起こす魔法が主流のこの世界で、霊力を感じることができるのはおそらく僕だけだろう。
“霊力”という言葉も実際、僕が勝手にそう呼んでいるだけであり、記憶の力のことをそう呼んでいるだけのことだ。
 世界中のあらゆるものには“記憶”が存在している。例えば僕が歩くために今踏んでいる地面。この地面にはたった今“僕が踏んだ”という記憶が宿った。その前にもさまざまな人や物、動物など多くの物体がこの地面を踏んだり、滑ったり蹴ったりしただろう。そうした現象、出来事はすべてこの地面に“記憶”として残る。
 僕の前髪を揺らしている暖かい風。この風にも記憶は当然残っている。この風が僕の前に触れた人、どこから発生してどのくらいの間大気を漂っていたのか。すべてこの風は記憶している。そうして積み重なった記憶は“思念”となり力を持つ。

 僕は前の世界で使用した禁じられた魔法の影響で体の時間が止まり、世界中を支配している時間の概念の影響を一切受けなくなると同時に、“時間の経過”によって積み重なる世界中の記憶を感じ取れるようになった。
 これはただ単に自分が時の概念から外れたことにより、自分の外の記憶の概念に敏感になっただからであると考えた。誰であっても自分にない者には敏感になるものだと勝手に理解した。
 だからといって物や人の記憶をすべて知ることなんてできない。ただあらゆるものに宿っている記憶そのものを思念という力として体内に取り込むことができるようになった。修得までに様々な過程はあったが。
ただ強すぎる思念は力としてではなく、現象という形で知ることもできてしまう。

 たった今風に乗って僕に届いた“だれか、たすけて……!!!”という思念。尋常ではない。こんなにはっきりと届くとはどれほどの思いを込めて想ったのだろうか。まだまだ幼い少女のような声色だったが。

「アイ。少し様子を見てくる。少し気になったことがあるだけだ。すぐ戻る。」

「……?わかった!気を付けてね。」

 まだ思念を正確には感じ取ることのできないアイであったが、マスターであるノワールには全幅の信頼を寄せている。少し首をかしげながらもマスターの背にすぐ返事をした。


 しばらく歩くと武器を構えた数十人の傭兵、または冒険者といった格好をした者たちがまだ十歳にも満たない少女を取り囲んでいた。はっきり言ってどっちが正しいかなんて判断できない。現象として知ることのできるほどの記憶も存在していない。

 ノワールははっきり言って少女を助ける気は全くなかった。可哀そうだとは思うが、それだけだ。前の世界でも瀬奈を守るために汚いことを多く経験し、大切なものを守るためだけに力を求めてきたノワールは、見ず知らずの少女のことなんてどうでもよかった。
 その時、踵を返してアイの元に戻ろうとしたノワールは見た。逃げようとする少女に傭兵だと思われる男の剣が背中から突き刺さろうとするのを。
 景色が重なる。大切なヒトの背から剣が貫いている景色が。無意識で、まるでその再現から逃げ出すように、気づけば世界は灰色になっていた。少女とノワールを残して。

 僕は何をやっているんだろう。少女が何をしたのかは知らないが、あんなに大人数で狙われているなら数日逃げてもすぐに死ぬだろう。何で僕は今、あの子を逃がしたんだ?特に自分には関係のないことなのに。
 僕はそう思いながらアイのもとに帰っていった。
 そのような出来事から数年の月日が過ぎた。


♦♦♦


 今日は僕がこの世界に転移してきた日。一年の中でこの日だけは夢を見る。あの日の夢を。
 眠れない。気を紛らわそうと別のことを考えるように努めると、ふと気になった情報が脳裏をかすめた。

 最近、王都やその近郊の町や村で噂になっている魔王という存在。聞くところによると魔王は闇属性の魔法を使い、魔物をけしかけて甚大な被害を引き起こしているらしい。そして魔王を滅ぼすために勇者一行が魔王の住処に明日到着する予定だという。

 実のところノワールはこの話の矛盾にすでに気づいている。なぜならノワール自身、戦ってきた魔物に何者の記憶の片鱗すら感じることができなかったからだ。要するに魔物に闇魔法が使われた記憶もなかったのである。だから魔王が魔物を操っていることはあり得ないと思っている。

 対して興味もなかったが、眠れなかったので黒刀になっているアイを腰に下げ、ノワールは魔王と勇者の戦いを見学しに行った。単純に興味があった。人々から悪意を集める者とその逆の存在同士の対比に。


♦♦♦

 僕は今、魔王と呼ばれている者の部屋に姿を消して待機している。気配を頼りに姿を消したまま時空間転移をしてきた。もうすでに勇者御一行と思われる者たちと魔王はお互いに接触していた。

 驚いた。魔王と呼ばれる少女は、あの時僕が逃がしながらも見捨てた少女だった。まさか生きているとは思わなかった。そして小さな罪悪感が胸を軽くつついた。

 戦いは最初は魔王が優勢だった。勇者パーティーの攻撃を軽くいなし、的確にさばいていた。ただ反撃は決して行っていない。
 次第に勇者パーティーの力が上がっていく。あれが噂のチートとかいう力なのだろうか。僕でも理解できない意味不明な力で勇者パーティーの力が魔王の力を上回っていく。これ以上力が上がる前に倒さないといけないのはわかっているはずなのに、それでも魔王は決して反撃を行わなかった。ただただ泣きそうな顔で勇者を見ていた。

 きっと勇者パーティーの誰一人として魔王の少女が浮かべる表情や反撃をしない理由に気づかないだろう。きっと世界中の誰一人として気づかない。僕以外は。

 頭に響いてくる。さっきから少女の記憶が、そして歩んできた道のりが。ガンガン、ガンガン響いてくる。魔王の願いが、思いが、叫びが。 記憶の残滓になって僕に流れ込んでくる。でも、僕には関係ないから。同情。それはする方にとっても嫌悪するべき行為であり、される方にとってはひどく屈辱的なものであるはずだ。

 
 あの時助けるつもりなんてなかった。僕はもう二度と大切なものを失わないように、この世界で大切なものを作らないと決めた。もうあんな思いをするのは嫌だった。だからこの戦いにも干渉しないと決めていた、はずだった。

 勇者の聖剣が魔王の少女の胸に届く。この戦いに決着がつく。
その間際、魔王が笑った。少女らしい、綺麗で可愛いらしい笑顔だった。思わず見惚れてしまうくらいにはその笑顔はとても魅力的だった。

ノワールはこの時初めて気づいた。両手を爪が手のひらに食いこむほど強く握っている自分に。

 ああ、そう言うことか。彼女は彼女に似ているのか。つらい思いをしてきたのに、彼女は世界を嫌いにならず彼女のように、自分の生きた証をこの世界に刻んでここまで生きてきたのか。僕は、逃げて逃げてそれしか出来なくて、今もずっと逃げ続けて生きているのに。彼女は、彼女たちは僕よりもずっと強くて。どんなに世界から嫌われても、その世界から逃げずに必死に生きている。

 僕は、自分のために戦うことはもうやめてしまったけれど、もう一度だけ許されるのなら。彼女たちを導けるような、そんな存在になりたい――――
 
 「“世界の鼓動ビート停止ストップ”」

 気づけば行使していた時の魔法。あの日のように、魔王の少女と僕を残して灰色に染まる世界。今度はまっすぐ彼女と視線を合わせて、僕は彼女に問いかけた。


♦♦♦


湖のほとり。刻一刻と過ぎていく僕と少女だけの時間。

彼女はいったいどちらを選ぶだろうか。このまま死ぬことを選ぶのだろうか。それとも―

三度目の邂逅。少女の出した答えは―

「“にぃに”ってよんでもいい?」

思わず呆気にとられた。つくづく予想を裏切る子だ。彼女のように。

 僕は彼女の頭を少し乱暴になでながら僕も決意を固める。この子がこれほど強い決意を固めたなら“兄”と呼ばれる僕がしっかりしなくては格好がつかない。
まずはこの子の師となり僕の霊術を一通り教え込ませよう。



 少年はこの世界に転移してきて久しく忘れていた想いを自覚する。
 少年は思い出を胸に抱き、新たな地で大切なものを守るため永久に力を振るう覚悟を決めた。
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