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勇者と魔王
過去編:戻れない過去を代償に私は……
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だれか、たすけて……!!!
多くはのぞまないの……ただ、静かに
普通の暮らしがしたい
友達がいて、家族がいて……
いつか、好きな人ができて、その人と結婚して
ふつうの、ふつうの暮らしがしたいだけなの!
お金持ちじゃなくていい! 名誉なんて望まない!
ただ、ただ……普通の暮らしがしたいだけなの
それすらもわたしはのぞんではダメ?
ダメ、なんだろうなぁ……
なんでわたしはヒトに魔王と呼ばれるのだろう?
私は何もしていない。
ヒトなんか殺してない。
魔物がヒトを襲うのは私のせいじゃない!
訳が分からない……
だからせめて理由をきいてみよう
「勇者……なんでわたしを殺そうとするの?」
何で私は殺されなくてはいけないの?なんで私を殺そうとするの?考えても答えが出ないから、
目の前で私に殺気のこもった目で睨めつけてくる勇者、かつての親友だったヒトに私は訪ねた。
「なんだと?貴様が闇の力を持っているからだろ!!」
それだけ?確かに私の魔法属性は“闇”だ。今まで確認されなかった私だけの唯一の属性。これが教会で発覚した時、問答無用で異端認定され、殺されかけた。まだ物心がついたばかりだった頃の話。
「それだけ、なの?それだけで私は殺されなければいけないの?」
魔法属性が”闇”だからって、それが何のなの?たったそれだけで、仲良かった私を殺そうとするの?それとも、私だけ?私だけがあなたのことを―――――
「それだけだと?ふざけるな!あれだけ多くのヒトを殺しておきながらよくもそんな口がたたけるな!」
「勇者様、魔王に何を言っても仕方ありませんわ。諸悪の根源は早く絶ってしまわなくては。」
勇者が激高するのを冷静にたしなめるのは王都の姫様だと分かった。私は一度だけ王都で会ったことがある。
私はそこそこの貴族の娘だったので、一緒に遊んだこともあったほどだ。
だが今はどうだろう。私を殺すためだけにかつての親友と一緒に、追いやられて一から頑張って建てた城とも呼べない廃墟のようなこんな場所まで来たの?
そのほかにも5人ほどのヒトが私に憎悪を向けている。
聞けば、この場にいる姫様と親友だった者以外の人は大事なヒトを魔物に殺されたらしい。だからその根源である私を殺すということらしい。
もう、つかれました。
どれだけ願ってもかなうことなどなく。
まるで世界の意思によって排除されているような気分になって。
どうして生きようとしているのかも分からなくなってきて。
潮時かなと、私は思ってみます。
これからもずっと、この孤独感から逃げることができないくらいなら、いっそのこと私は。
「くくく……そうか。ならば勇者よ!私を殺してみよ!できなくば世界中のヒトを殺しつくしてやる!」
言ってやった。言っちゃった。もう、戻れないね。やり直すことも、その必要もなくなった。世界に嫌われてしまったら、私だけじゃ……どうしようもないよ。でも、無抵抗のまま死ぬのも嫌なので、最期まで抵抗して、それから頑張って……
やっぱり本当はもっと、普通に、前みたいにっ……みんなと幸せに、笑っていたかったなぁ。
勇者が聖剣から放った光の奔流を体を横にずらしながら躱す。僅かに躱し切れなかった分の衝撃波で着ている服が破れる。すでにボロボロだったけど。
間髪入れずに真上から武道家らしき人が放ってきたかかと落としが迫ってきて、それを私は腕をクロスさせて受け止める。とても痛い。
勇者の聖剣が水平を凪ぐと同時に私も手に持っている魔剣を相殺させるように水平に振るう。巻き起こる爆風が私と勇者の前髪をかきあげる。ハラハラと目の前を舞っていく私の髪が鬱陶しくて、でもその先に垣間見える勇者、かつての親友の目を見たくなくて思わず目線を下げてしまう。奥底からこみ上げてくる息苦しさがとてもつらくて、とても痛い。
いつの間にか背後をとっていた姫様の“水の魔弾”を空いていた左手で握りつぶす。手が擦り剥けて血が飛び散るけれど、もっと別の場所から吐き気が襲い掛かってくる。それはとても痛くて、思わず私は奥歯を噛み締めていた。
勇者パーティーが放つ攻撃のすべてがとても痛い。大きなダメージを食らっているわけではないけれど。
ただ、同じヒトである彼らが、親友が、共に暮らしたことのあるヒトに向けられる殺気が、攻撃が、心に響いて鈍い痛みを醸し出してくる。反撃しようとしても、なぜかさっきからそのタイミングを自分から逃してしまうくらいに。
彼らは無言で攻撃を絶え間なく放ってくる。わずかに魔法の気配がするので、おそらく頭の中でパーティーメンバー同士、どうやって私を殺すのか、テレパシーみたいな魔法で作戦会議でもしているのだろうか。
そう思うとなぜか、とても胸のあたりがいたい。
いたくて、いたくて……つい目線を下げて自分の胸元辺りを見てしまう。当たり前だけれど、そこには何も無かった。傷も、疑心も、本心すらも。いけないことだと分かっていても、その事実の呆然としてしまった時点で私の運命は変わってしまったに違いない。事実、その無駄な行為は隙を生み、魔剣が弾き飛ばされてしまった。そのまま聖剣を私の胸に向かって突き刺そうと突っ込んでくる勇者の姿を、戦闘が始まってから初めてしっかり視界に捉えてみた。まだお互い小さかった頃、今でもまだ幼いけれど、もっと前のまだ友達だった頃の面影。
「これで、終わりだ!死ね!魔王、ノア!!!!」
これでおわり、かぁ
長かった……のかな?
いいのかもしれない。どうせ生きていたって私の居場所なんてない。だからこれはしょうがない。私の運命だ。変えることはできない。
迫ってくる聖剣の先端をぼんやりとどこか他人事のように見つめる自分がいる。
思えば私は自分が分からない。小さいころから異端認定され、殺されかけて。誰にも信じてもらえず、誰も住めない場所まで追いやられて。生きるために魔物を殺してその血肉を食べてなんとか空腹感を紛らわせて生きてきた、のに。
魔物が見つからなかったときは自分の指を切って食べて、闇魔法で何とか修復して。
へとへとになっても魔物が徘徊しているから何日も眠れない夜を過ごした。
そんな生活をする羽目になった私ははヒトを恨んでもいいんじゃないか?
なんで今までヒトを殺さなかったのだろう?復讐を一時でさえ考えなかったのだろう?殺すのが怖かっただけなのだろうか?
そこまで考えて、しかし答えが案外簡単だったことに私は思わず笑ってしまう。
ヒトが……好きだった。どうしても憎めなかっただけ。苦しい生活の中、過去の楽しかった思い出だけを胸に抱きしめて。もう一度、もう一度と何度願っても、結局私は自分の”闇”さえ嫌うことができなかった。
一日一日を、ただ明日を迎えるためだけに命をつないできた。かけがえのない私だけの人生。誰も認めてくれなくたって、誰の記憶にも残らないとしても、私だけは私の人生を否定したくない。今の私は、きっと良い顔をしているはずだから。昨日までの私より、きっと今日の方が――――
もう胸に届く。
少女は目を閉じた。今までの想いがすべて詰まった熱い涙が少女のきれいな瞼から一筋零れ落ちる。少女は最後の最後に5年ぶりの笑顔をもって死を受け入れた。受け入れようとした。
「”世界の鼓動の停止”」
その時、唐突に世界は色を失う。中性的で、何処か幼い声音が私の鼓膜を優しく揺らす。
気づけば隣に視たことがないヒトがいた。年は15歳くらいだろうか。綺麗な銀髪で紅と蒼のオッドアイ。右手には漆黒の細い剣を携えた少年が立っていた。いつの間にか立っていた。いつからいたのかさえ分からず困惑していると、見かねたのか少年がまっすぐこちらの目を見返しながら話しかけてきた。
「初めまして。ノワールという者だ。こんな姿だが結構長生きをしている。精霊と呼ばれている珍しい相棒もいたりする」
勝手に名乗ってきた長生きらしい少年?自己紹介。その何年かぶりの行為に驚いて、思わず私は目をぱちくりさせながら答えてしまう。きっと間抜けな顔をしているんだろうなぁ。
「あ、はい。私は魔王をしている……リグレクト・ノア・テノールライト、です」
ってちがう!反射的に答えてしまったが少年には聞きたいことが山ほどあった。
「これは……どうなっている、んですか?」
実際に年上なのか、年下なのか分からないし、おかしな状況も相まって恥ずかしい口調になってしまった。切実にやり直したい……。
それにしても見渡す限りの景色が異常だった。隣の少年と私以外のすべてが灰色で、これではまるで
「この世界の時間を止めた。僕と君以外の」
こともなげに吐かれるその言葉に絶句した。そんなことが可能なのか?だが少年の雰囲気が、なぜだろうか、とても儚く感じる自分がいる。なんというかこう……何でも出来ちゃうような、不思議な雰囲気。あまりにも自然な口調だからだろうか。実際はとんでもないことが起きているはずなのに当たり前に思えてしまう。
そう思っているとまたも少年がちょっと困った顔をしながら話しかけてきた。
「そんなことはどうでもいいんだ。君はこれからどうしたい?このまま死にたい?それともまだ生きたいか?」
私はその言葉に現状を思い出して、うつむくことしかできなかった。
「もし君が生きたいと望むなら、とりあえずここから逃げるか?一緒に」
一緒に。その言葉に、私はしてはいけないことだと分かっていても怒りが湧き上がり、八つ当たりをするように怒鳴ってしまう。けれどもう私は覚悟していた後だった。今頃は死んで、何もかも終わっているはずだった。もう苦しみから解放されているはずだった。
「今更……!!どこに逃げればいいんだ!!もう、もう私の居場所なんてない!!だったらもう死ぬしかないじゃないか!私はこの世に存在してはいけないんだ!!!」
そういって少年を突き飛ばしてしまう。なんて自分勝手で思い上がった発言だろうか。言っている途中で私はまだ生きていることに安堵している自分に気づき、恥ずかしくなってまた見知らぬ少年に怒鳴ってしまう。少年は特に何も言わず、黙って私の醜い八つ当たりを聞き続けた。
しばらくたったころ、おもむろに少年が変わらぬ声音で私に話しかけた。
「この世に存在してはいけない人なんていないよ。もし君が生きたいと望み、すべての人に拒まれるのなら、僕が守ってあげよう。3日間世界の時を止めておく。僕はここから1日ほど歩いた湖のほとりで待っている。その時答えを聞かせてくれ。あと無理して魔王風のしゃべり方なんてしなくていいよ。まだ君は子供でしょ?見た目は10歳くらいの女の子。まだまだ甘えていいお年頃なんだから」
魔王風のしゃべり方。そう指摘された私は次の瞬間、自分の言葉を失くした。思い出せなくなった。嫌で嫌でたまらなかった魔王という役割。もう演じなくてよくなった肩書は、静かに心の奥底へと眠っていく。
最後、冗談のような口調で言いたいことだけを言って、笑いながら少年は消えた。私の頬に伝っていた涙はとっくに乾いた後だった。
♦♦♦
それから私は考えた。時の止まった灰色の世界で久しぶりの平穏に身を任せながら。少年が何者かなんてどうでもよかった。
ただどうして助けてくれたのか分からなかった。こんな自分に価値なんてないはずなのに。
これまでほかの人とは誰一人としてまともに会話が成立したためしがない。すべての人が問答無用に殺そうと襲い掛かってきた。大の大人に犯されそうになったこともあった。家族も親友も、誰も私を助けてはくれなかった。すべての人が敵だった。まるで何かに取りつかれたかのように私に襲い掛かってきた。優しく接してくれるヒトもいたけれど、全てが嘘だった。優しさは敵で、疑心と害意だけが私の味方だった。だから上辺だけの言葉にはもう靡かない。心が揺れることは無い。絆されない。そう思っていた……はずだった。
―僕が守ってあげようー
―まだまだ甘えていいお年頃なんだからー
何であんな言葉にほっとしてしまったのだろう。今まで何度も聞いたことのあるような言葉じゃないか。
でも、そっか。あの少年は私を人間扱いしてくれたんだ。
まだ甘えてもいいんだ。
もう一度だけ信じてみよう。これで最後でいい。あの少年が嘘つきでも構わない。もう一度、もう一度だけ。これで最後だから。
静かな、とても静かな灰色の世界。少し冷静になったせいか、ふとこの光景に既視感を覚えた。
そうだ。なぜ気づかなかったんだろう。あの日、逃げ場のない悪意の包囲網の中、私が逃げることができたのは……
記憶にある湖のほとりに銀髪の少年がたっている。
2日かけてここまで歩いてきた。言うべき言葉はもう決まっている。
「“にぃに”ってよんでもいい?」
わたしは頬が赤くなるのを、うつむいた拍子に垂れ下がった髪で隠しながら少年にあの日の答えを返した。恥ずかしくないもん。甘えていいて言ったのはそっちだからね!
少年は出会ってから初めて呆気にとられた表情を見せた後、小さく笑いながら手を頭に当ててきてちょっと乱暴になででくれた。
優しくて、暖かい人間の手のひら。その体温は私の凍てついていた心を溶かしていってくれているようで。いつまでもずっと、今度はもっと先の未来を誰かと一緒に見てみたい……そう私は願うことにした。
♦♦♦
それから少年は世界中の人々から魔王、リグレクト・ノア・テノールライトの記憶を抹消した。
魔王、リグレクト・ノア・テノールライトはただの“ノア”となった。
多くはのぞまないの……ただ、静かに
普通の暮らしがしたい
友達がいて、家族がいて……
いつか、好きな人ができて、その人と結婚して
ふつうの、ふつうの暮らしがしたいだけなの!
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ただ、ただ……普通の暮らしがしたいだけなの
それすらもわたしはのぞんではダメ?
ダメ、なんだろうなぁ……
なんでわたしはヒトに魔王と呼ばれるのだろう?
私は何もしていない。
ヒトなんか殺してない。
魔物がヒトを襲うのは私のせいじゃない!
訳が分からない……
だからせめて理由をきいてみよう
「勇者……なんでわたしを殺そうとするの?」
何で私は殺されなくてはいけないの?なんで私を殺そうとするの?考えても答えが出ないから、
目の前で私に殺気のこもった目で睨めつけてくる勇者、かつての親友だったヒトに私は訪ねた。
「なんだと?貴様が闇の力を持っているからだろ!!」
それだけ?確かに私の魔法属性は“闇”だ。今まで確認されなかった私だけの唯一の属性。これが教会で発覚した時、問答無用で異端認定され、殺されかけた。まだ物心がついたばかりだった頃の話。
「それだけ、なの?それだけで私は殺されなければいけないの?」
魔法属性が”闇”だからって、それが何のなの?たったそれだけで、仲良かった私を殺そうとするの?それとも、私だけ?私だけがあなたのことを―――――
「それだけだと?ふざけるな!あれだけ多くのヒトを殺しておきながらよくもそんな口がたたけるな!」
「勇者様、魔王に何を言っても仕方ありませんわ。諸悪の根源は早く絶ってしまわなくては。」
勇者が激高するのを冷静にたしなめるのは王都の姫様だと分かった。私は一度だけ王都で会ったことがある。
私はそこそこの貴族の娘だったので、一緒に遊んだこともあったほどだ。
だが今はどうだろう。私を殺すためだけにかつての親友と一緒に、追いやられて一から頑張って建てた城とも呼べない廃墟のようなこんな場所まで来たの?
そのほかにも5人ほどのヒトが私に憎悪を向けている。
聞けば、この場にいる姫様と親友だった者以外の人は大事なヒトを魔物に殺されたらしい。だからその根源である私を殺すということらしい。
もう、つかれました。
どれだけ願ってもかなうことなどなく。
まるで世界の意思によって排除されているような気分になって。
どうして生きようとしているのかも分からなくなってきて。
潮時かなと、私は思ってみます。
これからもずっと、この孤独感から逃げることができないくらいなら、いっそのこと私は。
「くくく……そうか。ならば勇者よ!私を殺してみよ!できなくば世界中のヒトを殺しつくしてやる!」
言ってやった。言っちゃった。もう、戻れないね。やり直すことも、その必要もなくなった。世界に嫌われてしまったら、私だけじゃ……どうしようもないよ。でも、無抵抗のまま死ぬのも嫌なので、最期まで抵抗して、それから頑張って……
やっぱり本当はもっと、普通に、前みたいにっ……みんなと幸せに、笑っていたかったなぁ。
勇者が聖剣から放った光の奔流を体を横にずらしながら躱す。僅かに躱し切れなかった分の衝撃波で着ている服が破れる。すでにボロボロだったけど。
間髪入れずに真上から武道家らしき人が放ってきたかかと落としが迫ってきて、それを私は腕をクロスさせて受け止める。とても痛い。
勇者の聖剣が水平を凪ぐと同時に私も手に持っている魔剣を相殺させるように水平に振るう。巻き起こる爆風が私と勇者の前髪をかきあげる。ハラハラと目の前を舞っていく私の髪が鬱陶しくて、でもその先に垣間見える勇者、かつての親友の目を見たくなくて思わず目線を下げてしまう。奥底からこみ上げてくる息苦しさがとてもつらくて、とても痛い。
いつの間にか背後をとっていた姫様の“水の魔弾”を空いていた左手で握りつぶす。手が擦り剥けて血が飛び散るけれど、もっと別の場所から吐き気が襲い掛かってくる。それはとても痛くて、思わず私は奥歯を噛み締めていた。
勇者パーティーが放つ攻撃のすべてがとても痛い。大きなダメージを食らっているわけではないけれど。
ただ、同じヒトである彼らが、親友が、共に暮らしたことのあるヒトに向けられる殺気が、攻撃が、心に響いて鈍い痛みを醸し出してくる。反撃しようとしても、なぜかさっきからそのタイミングを自分から逃してしまうくらいに。
彼らは無言で攻撃を絶え間なく放ってくる。わずかに魔法の気配がするので、おそらく頭の中でパーティーメンバー同士、どうやって私を殺すのか、テレパシーみたいな魔法で作戦会議でもしているのだろうか。
そう思うとなぜか、とても胸のあたりがいたい。
いたくて、いたくて……つい目線を下げて自分の胸元辺りを見てしまう。当たり前だけれど、そこには何も無かった。傷も、疑心も、本心すらも。いけないことだと分かっていても、その事実の呆然としてしまった時点で私の運命は変わってしまったに違いない。事実、その無駄な行為は隙を生み、魔剣が弾き飛ばされてしまった。そのまま聖剣を私の胸に向かって突き刺そうと突っ込んでくる勇者の姿を、戦闘が始まってから初めてしっかり視界に捉えてみた。まだお互い小さかった頃、今でもまだ幼いけれど、もっと前のまだ友達だった頃の面影。
「これで、終わりだ!死ね!魔王、ノア!!!!」
これでおわり、かぁ
長かった……のかな?
いいのかもしれない。どうせ生きていたって私の居場所なんてない。だからこれはしょうがない。私の運命だ。変えることはできない。
迫ってくる聖剣の先端をぼんやりとどこか他人事のように見つめる自分がいる。
思えば私は自分が分からない。小さいころから異端認定され、殺されかけて。誰にも信じてもらえず、誰も住めない場所まで追いやられて。生きるために魔物を殺してその血肉を食べてなんとか空腹感を紛らわせて生きてきた、のに。
魔物が見つからなかったときは自分の指を切って食べて、闇魔法で何とか修復して。
へとへとになっても魔物が徘徊しているから何日も眠れない夜を過ごした。
そんな生活をする羽目になった私ははヒトを恨んでもいいんじゃないか?
なんで今までヒトを殺さなかったのだろう?復讐を一時でさえ考えなかったのだろう?殺すのが怖かっただけなのだろうか?
そこまで考えて、しかし答えが案外簡単だったことに私は思わず笑ってしまう。
ヒトが……好きだった。どうしても憎めなかっただけ。苦しい生活の中、過去の楽しかった思い出だけを胸に抱きしめて。もう一度、もう一度と何度願っても、結局私は自分の”闇”さえ嫌うことができなかった。
一日一日を、ただ明日を迎えるためだけに命をつないできた。かけがえのない私だけの人生。誰も認めてくれなくたって、誰の記憶にも残らないとしても、私だけは私の人生を否定したくない。今の私は、きっと良い顔をしているはずだから。昨日までの私より、きっと今日の方が――――
もう胸に届く。
少女は目を閉じた。今までの想いがすべて詰まった熱い涙が少女のきれいな瞼から一筋零れ落ちる。少女は最後の最後に5年ぶりの笑顔をもって死を受け入れた。受け入れようとした。
「”世界の鼓動の停止”」
その時、唐突に世界は色を失う。中性的で、何処か幼い声音が私の鼓膜を優しく揺らす。
気づけば隣に視たことがないヒトがいた。年は15歳くらいだろうか。綺麗な銀髪で紅と蒼のオッドアイ。右手には漆黒の細い剣を携えた少年が立っていた。いつの間にか立っていた。いつからいたのかさえ分からず困惑していると、見かねたのか少年がまっすぐこちらの目を見返しながら話しかけてきた。
「初めまして。ノワールという者だ。こんな姿だが結構長生きをしている。精霊と呼ばれている珍しい相棒もいたりする」
勝手に名乗ってきた長生きらしい少年?自己紹介。その何年かぶりの行為に驚いて、思わず私は目をぱちくりさせながら答えてしまう。きっと間抜けな顔をしているんだろうなぁ。
「あ、はい。私は魔王をしている……リグレクト・ノア・テノールライト、です」
ってちがう!反射的に答えてしまったが少年には聞きたいことが山ほどあった。
「これは……どうなっている、んですか?」
実際に年上なのか、年下なのか分からないし、おかしな状況も相まって恥ずかしい口調になってしまった。切実にやり直したい……。
それにしても見渡す限りの景色が異常だった。隣の少年と私以外のすべてが灰色で、これではまるで
「この世界の時間を止めた。僕と君以外の」
こともなげに吐かれるその言葉に絶句した。そんなことが可能なのか?だが少年の雰囲気が、なぜだろうか、とても儚く感じる自分がいる。なんというかこう……何でも出来ちゃうような、不思議な雰囲気。あまりにも自然な口調だからだろうか。実際はとんでもないことが起きているはずなのに当たり前に思えてしまう。
そう思っているとまたも少年がちょっと困った顔をしながら話しかけてきた。
「そんなことはどうでもいいんだ。君はこれからどうしたい?このまま死にたい?それともまだ生きたいか?」
私はその言葉に現状を思い出して、うつむくことしかできなかった。
「もし君が生きたいと望むなら、とりあえずここから逃げるか?一緒に」
一緒に。その言葉に、私はしてはいけないことだと分かっていても怒りが湧き上がり、八つ当たりをするように怒鳴ってしまう。けれどもう私は覚悟していた後だった。今頃は死んで、何もかも終わっているはずだった。もう苦しみから解放されているはずだった。
「今更……!!どこに逃げればいいんだ!!もう、もう私の居場所なんてない!!だったらもう死ぬしかないじゃないか!私はこの世に存在してはいけないんだ!!!」
そういって少年を突き飛ばしてしまう。なんて自分勝手で思い上がった発言だろうか。言っている途中で私はまだ生きていることに安堵している自分に気づき、恥ずかしくなってまた見知らぬ少年に怒鳴ってしまう。少年は特に何も言わず、黙って私の醜い八つ当たりを聞き続けた。
しばらくたったころ、おもむろに少年が変わらぬ声音で私に話しかけた。
「この世に存在してはいけない人なんていないよ。もし君が生きたいと望み、すべての人に拒まれるのなら、僕が守ってあげよう。3日間世界の時を止めておく。僕はここから1日ほど歩いた湖のほとりで待っている。その時答えを聞かせてくれ。あと無理して魔王風のしゃべり方なんてしなくていいよ。まだ君は子供でしょ?見た目は10歳くらいの女の子。まだまだ甘えていいお年頃なんだから」
魔王風のしゃべり方。そう指摘された私は次の瞬間、自分の言葉を失くした。思い出せなくなった。嫌で嫌でたまらなかった魔王という役割。もう演じなくてよくなった肩書は、静かに心の奥底へと眠っていく。
最後、冗談のような口調で言いたいことだけを言って、笑いながら少年は消えた。私の頬に伝っていた涙はとっくに乾いた後だった。
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それから私は考えた。時の止まった灰色の世界で久しぶりの平穏に身を任せながら。少年が何者かなんてどうでもよかった。
ただどうして助けてくれたのか分からなかった。こんな自分に価値なんてないはずなのに。
これまでほかの人とは誰一人としてまともに会話が成立したためしがない。すべての人が問答無用に殺そうと襲い掛かってきた。大の大人に犯されそうになったこともあった。家族も親友も、誰も私を助けてはくれなかった。すべての人が敵だった。まるで何かに取りつかれたかのように私に襲い掛かってきた。優しく接してくれるヒトもいたけれど、全てが嘘だった。優しさは敵で、疑心と害意だけが私の味方だった。だから上辺だけの言葉にはもう靡かない。心が揺れることは無い。絆されない。そう思っていた……はずだった。
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でも、そっか。あの少年は私を人間扱いしてくれたんだ。
まだ甘えてもいいんだ。
もう一度だけ信じてみよう。これで最後でいい。あの少年が嘘つきでも構わない。もう一度、もう一度だけ。これで最後だから。
静かな、とても静かな灰色の世界。少し冷静になったせいか、ふとこの光景に既視感を覚えた。
そうだ。なぜ気づかなかったんだろう。あの日、逃げ場のない悪意の包囲網の中、私が逃げることができたのは……
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2日かけてここまで歩いてきた。言うべき言葉はもう決まっている。
「“にぃに”ってよんでもいい?」
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優しくて、暖かい人間の手のひら。その体温は私の凍てついていた心を溶かしていってくれているようで。いつまでもずっと、今度はもっと先の未来を誰かと一緒に見てみたい……そう私は願うことにした。
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